第29話
サンスクリットはフォルトゥス族の居住地に続く山をたった数日間で越えていた。昼も夜も歩き続けた先に見えたのは、美しい緑色の海だった。
風が吹くと一斉に草がなびく。風の通り道が目に見えて分かる。
彼は迷うことなく歩みを進めた。やがて、ぽつりぽつりと人影が見えてきた。みな、サンスクリットのように紫色の髪と瞳をしている。フォルトゥス族だ。
「あら! サンスクリットじゃないか!」
フォルトゥス族の1人の女性が声を掛けてくれた。サンスクリットの実家近くに住む女性だ。
「お久しぶりです。族長はいますか?」
「あぁ、家にいるよ」
サンスクリットは彼女に礼を言うと足早に族長の家へと向かう。
フォルトゥス族の子ども達が嬉しそうにサンスクリットに駆け寄ってくる。しかし、急ぎの用事なので相手にしてやれないのが辛かった。
(たまには帰ってきてやらないとな)
サンスクリットはそう思った。
族長の家は、他のフォルトゥス族の家と変わらない大きさだった。家の前で鶏が歩いている。鶏の世話をしていた子どもがサンスクリットの姿に気付いて、家の中にいる人影に向かって彼の訪れを知らせてくれた。
「やぁ、サリム。中に入っても良いかい?」
子どもに話し掛けると、彼は笑顔で頷いた。
「失礼します、サンスクリットです」
声を掛けながら家の中に入ると、奥に老人が座っていた。手前には三十路過ぎの女性がいる。
サンスクリットは老人に向かって頭を下げる。
「お久しぶりです。サハリアーシュ」
サハリアーシュと呼ばれた老人はにこりと微笑むと、嬉しそうに言った。
「久しいのう、サンスクリット。王宮付きは忙しいじゃろうが、たまには帰っておいで。儂の孫もお主の帰りを楽しみにしておる」
サハリアーシュの言葉には、好好爺らしい優しさが溢れていた。
「ありがとうございます」
「うむ。サーラ姫はお元気かの?」
「えぇ、今はシュトルツ族の長に嫁がれています」
サハリアーシュはしわくちゃな顔を更にしわくちゃにする。
「そうか、そうか……。あの子も嫁ぐほど大きくなったのじゃな」
「はい」
「ところでお主、ただの里帰りではないじゃろう」
何か言いたい事があるのだろう、と目で問われたサンスクリットは頷いて話し始めた。
「サーラ様が嫁いだシュトルツ族は、大国サビアに狙われているのです。サビアは2万もの兵で攻めいるようです」
シュトルツ族の人数は少ない事と、戦える人数はもっと少ない事はサハリアーシュも分かっているのだろう。眉をひそめたのが分かった。
「そこでフォルトゥス族にも加勢してもらえないかとお願いしに参りました」
サンスクリットが深々と頭を下げる。サハリアーシュは、しばらく考え込んでいたが低く唸るとゆっくりと言葉を発した。
「……元々、我々フォルトゥス族はスフェールにも迫害されそうになっていた」
サハリアーシュは昔を思い出すように話す。
「サーラ姫の母であるサーシャが王に嫁いだ事で、我らへ干渉はしないとスフェールと合意する事が出来た。戦闘民族である我らでも長引く争いは疲れるからのう」
彼の言葉にサンスクリットは頷いた。サンスクリットも少年の頃、スフェール兵と争った事がある。
「スフェールが我らに干渉しなくなったおかけで我らの故郷は守られた。平穏な暮らしを手に入れる事が出来たのは、サーシャとサーラ姫の存在があったからだ」
今は亡きサーラの母サーシャ。優しく強い彼女は、亡くなった今でもサンスクリットの自慢の主である。
「我々も手を貸そう。我らを救ってくれた恩を返す時が来た」
サハリアーシュは満面の笑みを浮かべ、サンスクリットの手を取る。断られるかもしれないと考えていたサンスクリットは、感謝の意を込めて深く頭を下げた。
「それにサーラ姫は、儂にとって姪孫だからのう。可愛い姪孫が困っていたら助けに行かねば」
サハリアーシュは悪戯っぽく笑う。どことなくサーシャやサーラの笑みに似ていた。
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