第27話

 サンスクリットは言葉通り夜までに荷造りを終え、辺りが暗くなるとすぐにスフェールへと向かった。

 サーラは闇夜に溶けていく彼の背中を見つめながら、昔の事を思い出す。サンスクリットはいつもどこかに行く時、夜に出発する。子どもの頃すごく不思議に感じていて、直接彼に何故夜に出るのかと聞いた。彼は微笑みながら『私は夜の方が見えやすいからです』と答えた。


(わたしも覚悟してるってことなのかな。こんな昔の事を思い出すなんて)

 サーラは思い出から意識を戻すと苦笑いを浮かべた。


 冷たい風が容赦なくサーラを撫でる。ぶるりと身震いすると、部屋に戻った。

 温かい紅茶を作り、ゆっくり飲んでいると扉が遠慮がちに叩かれた。

「お姫さん起きてるか?」

「えぇ、どうしたの?」

「夜中にすまねぇ。ちょっと話がしたいんだ」

 ブレイブの落ち着いた声にサーラはすぐ扉を開けた。入り口で立っていたブレイブは、神妙な面持ちをしている。

「どうぞ入って」

 サーラは中に案内すると、自身も飲んでいた紅茶を新しい器に入れる。琥珀色の液体が美しい茶器に注がれた。ブレイブは目の前に差し出された茶器を手に取ると、こくりと一口含んだ。


「貴方が夜中に訪れてくる時は決まって大事な話なのよね」

 どう切り出そうか迷っている様子のブレイブを落ち着かせるように、サーラはきゃらきゃらと笑った。サーラにつられるようにブレイブも口の端を上げる。

「分かってるじゃないか。さすがお姫さんだ」

 ブレイブは紅茶をまた一口飲む。

「お姫さんにお願いがある」

 彼は手にしていた茶器を机に置くと、手を膝に置き、頭を下げる。突然のことにサーラは驚いた。

「俺と一緒にエゲリアに行って欲しい」

 そう言い、顔をあげたブレイブ。真剣な眼差しがサーラを突き刺す。


「エゲリアの女帝に協力を仰ぎたいんだ。だが、サビアと肩を並べる大国の女帝が俺達、辺境の異民族に力を貸してくれるとは思えないが、それでも出来る事は全てやりたいんだ。シュトルツ族を守るために俺が出来ることをやりきりたい」

 真っ直ぐにサーラを見つめるブレイブの青い瞳。

 サーラは彼の眼差しを受け止め、笑みを浮かべながら告げた。

「わたしも同じ気持ちよ。一緒に行きましょう。そうと決まれば、まずやらなきゃいけないことから始めましょう」

 ブレイブの顔が輝く。サーラは引き出しから紙と筆を取り出した。流れるような所作で紙に文字を綴っていく。

 不思議そうにブレイブが覗き込みながら問う。

「何を書いているんだ?」

「エゲリアの女帝に謁見を許可を求める手紙よ。答えが出たらすぐに動きましょう」

 書き終わった紙を折り、白紙の紙で包み封蝋をする。窓際に行くと口笛を吹く。

 すると、音もなくキアリが現れた。突然、姿を現したワシミミズクにブレイブは驚かなかった。

 サーラには聞こえていなかった羽音も、ブレイブには届いていたのだろう。


 キアリの足に手紙をくくりつけると、エゲリアの女帝までお願いね、と首もとを撫でる。キアリは気持ち良さそうに撫でられていたが、自分の使命を全うしようと再び闇に向かって飛び去った。


(必ずこの地を、人々を守ってみせるわ)

 サーラは固く拳を握りしめた。


 翌日の朝、賢者の間にはサーラ、ブレイブ、リアンが集まった。ブレイブとリアンは、サンスクリットが不在である事をサーラに聞いてきたが、何を指示したのかは今は言えないと答えた。

 フォルトゥス族が協力してくれると分からない状態でぬか喜びさせたくないと考えたからだ。

「どうかわたしを信じて欲しい」

 サーラの言葉に、ブレイブは頷き、リアンは不服そうな顔を浮かべていたが了承してくれた。

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