第四話
装備屋に訪れたゴンゾウは、店内の壁に掛けられた見事な装備品を前にして、目を輝かせていた。
けっこう年季入ってるが、みんなすげぇ手入れが行き届いてんな。
「手に取って見たいかい?」
不意に後ろから声をかけてきたのは店主のおやっさんだ。腰が少し曲がっており、かなりの年配に見える。
「おー、いいのかい?」
「ああ、好きなだけ見ていっておくれ。こいつらも喜ぶでよ――」
自ら騎士を目指す若者が減ってきている今、徴兵制で軍事戦力を賄う国も増えてきた。軍から直に装備が支給されてしまうため、町場の装備屋は売上が年々下がっている。
そんな移り変わっていく時代の流れに対し、おやっさんもどこか寂しげな表情を浮かべていた。
「ほ~、このパルチザン……こんな切れ味なら鎧まで貫けそうだな。全部おやっさんが研いでるのか?」
「もちろんそうさね。いつか『誰かを守りたいから売ってけれ』なんて粋のいい若いのが現れてくれりゃあ、いくらでも値段なんてマケてやるのになぁ」
そう嘆いたおやっさんは目を糸のように窄めて、優しく微笑んだ。
「それよりおめぇさん、剣にやたら詳しいじゃねぇかい。そんな好きなんかえ?」
「俺の親父が鍛冶屋でな。ガキの頃よく客の剣を勝手に振り回してボコされたもんだよ――」
頑固親父と肝っ玉母ちゃんの間に産まれた、男六人兄弟。
次男だったゴンゾウは負けん気が強く、イタズラが大好きだった。しかし、余りにも剣を弄ってしまうことで父親から『そんなに剣振り回してぇなら剣士にでも成りやがれ!!』と怒鳴られた。
「やってやろうやないかい!! ――」
その翌日、村に常駐する傭兵の元を訪ねて剣術というものに出会ったゴンゾウは、傭兵に稽古を付けてもらいながら朝から晩まで修行に明け暮れていたそうな。
そして、いよいよ長男が鍛冶屋を継ぐことが決まって自由の身となってからは、自分より“強き者”を求めて旅へ出ることに。
「街のみんなには俺が剣士だってこと、内緒にしといてくれよ?」
まだクルタに訪れて間もないゴンゾウは、民達からも剣士だということは認知されていないが、おやっさんには話の流れで身分を打ち明けた。
「お前にも何か事情があるんだろ? 心配いらん、わしゃ口だけは固いからな――」
こうして職人気質なおやっさんを気に入ったゴンゾウは、彼と夜遅くまで装備について夢中で語り合った――。
そんなある日の午後。街の外周に点在する物見櫓の鐘が“カンカンカン”と鳴り響いた。
「ゴブリンの群れが来るぞー!」
監視役がそう叫ぶと、外を出歩いていた民達が一斉に避難し始める。とりあえずゴンゾウもその流れに身を任せていたが、何やら周りを見ても焦っている様相には見えない。
それより何より、護衛兵達の初動がとにかく遅い。とっくに出動して駆けずり回っててもおかしくないはずなのに、チンタラチンタラ身支度をしているようなのだ。
「全然危機感ねぇな……」
今まで魔物討伐は全て仮面騎士がやってしまっていたせいなのか民達は安心しきっており、護衛兵達までもそれに怠けていたのが露呈されたのである。
「うわわ、仮面騎士はまだ来ないのか!?」
と、街中に侵入してきた複数のゴブリン相手に四苦八苦する護衛兵達の、まぁ頼りないこと。
「チッ、ゴブリンごときになんて様だ」
格好だけは一丁前だが、素人に毛が生えた程度の剣術しかない彼等を見兼ねたゴンゾウが「みんな、モタモタしてねぇで早く逃げろ!」と民達に発破かけて避難を促す。
ところが、新参者でどこの馬の骨とも知らない彼の叫びに「誰だあいつ?」と、一向に耳を傾ける者はいなかった。
どうなってんだ……こいつら完全に平和ボケしてやがる。
溜息混じりに落胆しつつも、ゴンゾウがふと――レイの言葉を思い浮かべる。
『仮面騎士を演じてくれないか?』
思い立ったゴンゾウが即座に街の外へと疾走し、万一に備えて隠しておいた漆黒の鎧と兜を手に取る。
「……こうなりゃ、やるしかねぇ!」
グッと鳩尾に気合いを入れて鎧と兜を装着した彼は、漆黒のマントを“ふわり”と背中に羽織った――。
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