ヴェンジェンス・リローデッド

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ヴェンジェンス・リローデッド

 太陽の光が湖面に反射し、水面はキラキラと輝き湖畔には青々とした木々が立ち並んで、風がそよそよと吹いていた。

 木々の間からは野鳥のさえずが聞こえ、自然の中での静寂が心地よく広がる。

 湖自体は透明度の高い清澄な水で満たされ、湖畔には小さな船着き場があり、ボートに乗ることができるようになっている。

 そこに一人の少年が釣り糸をたれていた。

 身長は平均より少し高いぐらいで、体格的にも華奢な感じがある。

 だが、よく鍛えられているようで、腕や足などはしっかりと筋肉がついているのが分かる。

 顔立ちは綺麗と言っても良い部類だが、表情に覇気はなく、眠そうな顔つきをしている。

 髪型にも特徴はなく、無造作に伸ばしていた。

 名前を加藤かとう真之まさゆきという。

 真之は、アウトドアらしい長袖のTシャツに薄手のジャケット、下はジーンズといった服装だ。

 傍らには大型のザックにロッドケースが置かれている。

 真之は湖面を見つめながら動かない浮きを見つめていた。

 すると土を踏む足音を聞いた。

 だが、真之は気づきながらも、そちらを向くことなく浮きを凝視する。

 足音の主はそのまま真之の横まで来ると、声がかかった。

「誰だ貴様。ここで何をしている」

 真之が、声の方を見上げると30代くらいの男が立っている。

 男は黒いスーツに身を包み、ネクタイも黒で決めている。

 髪はオールバックにして固めており、目つきは鋭く冷徹さを感じさせる。

 長身であり、180cmはあるだろう。

 その鋭い目で睨まれるとかなり威圧感を感じるはずだ。

 だが、真之は特に気にすることもなく、淡々と答える。

「俺、自宅警備員。いつも部屋に閉じこもってばかりだから、たまにはって釣りをしているんだけど」

 真之は笑んだ。

 彼は学校卒業後、進学も就職も失敗し日がな一日、ゲームとネットサーフィンを繰り返す自宅警備員なのは事実だ。

 男の眉間に皺が寄る。

 明らかに不快な表情をしているのが分かった。

「ここは私有地だ。すぐに出て行け」

 男の言葉に、真之は首を傾げる。

 何を言っているのか分からないといった感じだ。

「え? そんなハズないだろ。俺は、ちゃんと調べて来たんだ。湖畔の静かな釣り場で、景色も良い場所だって……。俺は魚を釣って、ここでバーベキューをしながらビールを浴びるほど飲むんだ」

 真之は、楽しそうに語った。

 その表情は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようであった。

 それを見て、男の顔色がさらに変わる。

 怒りから殺意に近いものに変わっていた。

「このクソガキが。ここは私有地だと言っているだろうが!」

 男は真之の胸ぐらを掴む。

 突然の出来事に、真之の顔から笑みが消える。

 そして、そのまま片手で持ち上げられる。

 身長差があるとはいえ、体重はほぼ同じであろう男を軽々と持ち上げているのだ。

 見た目からは想像できない怪力であることが分かる。

 男は右腕を振り上げる。

 拳を握りしめているのが見えた。

 真之の顔が恐怖に引きつる。

「そんな。一体誰の私有地なんですか!?」

 必死に叫ぶ真之に対して、男が冷たく言い放つ。

「森大建設の森大吾郎社長の土地だ」

 男は、湖畔の向かい側の木々に隠れた建物を指し示す。そこには大きなログハウスが見えた。

 森の中にある別荘のような佇まいだった。

「あの森王って呼ばれる、大手建設会社? じゃあ、あそこには社長が居るのか?」

 真之の顔に驚きが浮かぶ。

「ああ。そうだよ」

 男は面倒くさそうにする。

 すると真之は醒めたように笑った。

「嘘だな。森大吾郎は国が行う大型公共事業説明会に出席する為に、今月いっぱいは都内に行っている。そんなものはネットニュースで確認済みだ。それにも関わらず、こんな所をアンタのような男が警備をしているということは、森大吾郎の息子・森大圭一が別荘に居るってことだろ」

 真之の言葉に、男は息を呑んだ。

 その反応は図星であったことを示している。

「……お前、誰だ?」

 男は動揺しながらも答える。

 それを聞いて、真之の目が輝いた。

 獲物を見つけた肉食獣のように目を輝かせる。

「そいつが知りたかったんだよ」

 真之が言った瞬間、男のこめかみに掌底が叩き込まれる。

 掌底は、掌の付け根の部分。掌と手首の間の硬い部分を使った打撃で、接近戦では拳以上の打撃技となる。

 こめかみは頭骸骨の中で一番薄く、強打すると平行感覚がなくなり、脳内出血・急性硬膜下出血・硬膜外出血を起こさせることができる急所の一つだ。

 男は膝から崩れ落ちるように倒れつつも、ノックダウンしなかったのは日頃の鍛錬の成果だ。

 男は反撃をするために真之に目を向けた。

 すると、真之は自動拳銃オートマチックHヘッケラー&Kコッホ HK45を両手で構えていた。


 H&K HK45。

 全長:115mm。重量:785g。装弾数:10+1。口径:45口径。銃種:自動拳銃オートマチック

 2005年にアメリカ軍のSOCOM(合衆国特殊戦統合軍)で行われたベレッタM9の後継拳銃のトライアルに出品するため、H&K USPの後継版であるH&K P30をベースとしてトライアル条件に合致するよう、45口径を装備したモデル。

 開発には元デルタフォース隊員のラリー・ヴィッカースとタクティカルトレーナーのケン・ハッカーソンがコンサルタントとして参加し、彼らの意見が大きく反映されており、デューティーピストルを目標として設計されている


 男が目を剥く。

 真之は引き金トリガーを絞ると、起き上がった撃鉄ハンマーが落ち撃針ファイアリングピン弾薬カートリッジの底に配置された雷管プライマーに打撃を与える。弾薬内の装薬の燃焼によって高圧ガスが発生し、ガス圧に押されて45口径が銃身内を加速、発射された。

 すると、消音器サプレッサーによる多層隔壁によって発射炎と音を減少。約38dBの減音は45口径という亜音速ゆえに、消音器サプレッサーとの相性は良く、目覚ましのベル以下まで落とす。

 男の眉間に黒い穴が生まれた瞬間、後頭部から血と脳漿が噴き出す。

 脳の機能を失った体は糸が切れた操り人形のように倒れた。

 真之はロッドケースを担ぎ、倒れた男を見向きもせずに歩き出す。

 そして、湖畔のログハウスに向かって歩いて行くのだった。

 湖畔を歩くこと数分。

 真之の前にログハウスが現れた。

 木の陰に隠れて様子を伺う。

 木造の二階建てで、横に広い造りとなっている。

 1階にはベランダもあり、そこでバーベキューができるようになっているようだ。

 遠方から双眼鏡で事前に確認していたが、警備員らしき者は一人しかなかった。

 玄関前に男が一人。

 椅子に腰掛けチョコレートバーを食いながら漫画を読んでいた。

「あれで護衛のつもりか? 呑気なもんだな」

 真之は呟くように言い、H&K HK45をショルダーホルスターから外す。消音器サプレッサーを装備したままだが、ホルスターはブレイクアウトタイプにより素早いドロー(銃を抜くこと)と収納、確実な保持を実現していた。

 H&K HK45を出したということは、拳銃で男を射殺することを意味していたが、あまりにも距離がありすぎた。

 その距離は約40m。

 拳銃は10mも離れれば標的に命中させることは難しいとされる。

 FBI(アメリカ連邦捜査局)が調べたところによると拳銃の平均使用距離は約7m前後。犯罪目的で使われる拳銃は1~2m程度の超至近距離で発射される場合がほとんどだ。

 これは、拳銃は当たらない銃器であることを示しているが、これは拳銃が命中率の低い火器だからではない。小火器の中で最も簡単そうにみえて実は、最も扱いにくいのが拳銃なのだ。

 その為、拳銃を使いこなせるようになるには長年の訓練が必要となる。これをクリアすれば、攻撃距離は50mまで延ばすことが可能だ。

 ただし、この射程距離はIPSC(国際実用射撃連盟)競技でもマスタークラスのスキルが必要される。

 真之は、ロッドケースのを使うことも考えたが、気づかれるのはまだ早いと思い消音器サプレッサーを装備したH&K HK45を使うことにした。

 H&K HK45を視線の高さまで持ち上げる。

 銃把グリップを握る強さは最初に手が震えるくらい強く握り、次に力を少しずつ抜いて震えが止まった時の状態が理想とされる。訓練を重ね銃把グリップがしっかりしてくると手首も固定できるようになり、狙いも正確になる。

 H&K HK45を握る右手は前方に突き出し、左手で引き付けるように絞る。両手保持は射ち易さ、照準の仕易さで実戦的だ。

 照星フロントサイトを玄関に居る男の頭に定め照門リアサイトの間に置く。

 真之の唇が薄く開くと、呼吸がゆっくりと流れ出す。

 その呼吸に合わせるように、肩甲骨の間から腕へ力が伝わるイメージを持つ。右腕の上腕二等筋・前腕筋群・上腕二頭筋・前腕屈筋群が連動して収縮することで肘関節を固定させ、同時に引き金トリガーを絞るためのパワーを発生させる。

 呼吸を吐き切ると唇を真一文に結び、胸の動きで照準がブレを止める。

 指を引き絞り、掌全体で握るようにして引き金トリガーを絞った。

 銃声と共に反動が生まれ、それは衝撃となって肩に抜けた。

 玄関に居た男は、眠りに落ちるように頭を落とした。

 それは、ヘッドショットが決まったことを意味していた。

 一撃で仕留めたことに満足しつつ、真之は正面からログハウスに挑むように進むとテラスに上がり、玄関から建物の中に入って行った。

 そこはリビングになっており、丸太を半分にしたログテーブルやソファーが置かれている。

 壁には大きなガラス窓があり、外が良く見えるようになっていた。

 広々とした空間だ。

 そこには5人の男が詰めて座っていた。

 5人はログテーブルを雀卓にし、麻雀の真っ最中だったようだ。

 まるで自宅に帰って来たように侵入してきた真之を見て、男達の方が驚いた表情をしている。

 だが、すぐにその表情が変わる。

「誰だテメエ?」

 麻雀の卓に座っていなかった男の一人が立ち上がって言った。

 真之はその男の顔を見ると、笑みを浮かべた。

「ご注文を頂き、ありがとうございます。美味しいフルーツを、お届けに来ました」

 そう言って真之は、M67破片手榴弾を取り出す。


 M67破片手榴弾。

 アメリカ軍およびカナダ軍で使用されている破片手榴弾。

 弾殻の内面には細かいスタンプ加工が施されており、炸裂の際に破片の大きさが均等になるよう考慮されている。丸形の形状と梨地仕上げの本体の印象から「アップル」「ベースボール」とも呼ばれる。


 すでに安全桿セイフティグリップは握っている。

 真之は口でプルリングを噛んで安全ピンを引き抜くと、撃鉄ストライカー信管ヒューズを叩いた。発火した炎と熱は縦溝のパウダートレインに入っている火薬に引火する。

 M67破片手榴弾の終着点の起爆薬デトネーターを発火・爆発までの時間は、約5秒。

 投げ返されないよう計算されたM67破片手榴弾の投擲は、3人の男達の中心に転がる。

 真之はログハウスの玄関ドアを出ると壁を背に隠れると、室内から爆音と閃光が広がる。

 手榴弾の爆発に続いて真之は、H&K HK45を手に室内に侵入した。

 この行動は敵に立ち直りの時間を与えてはならない、市街戦における歩兵戦闘の基本だ。

 室内の惨状は凄惨なものであった。

 体の原型は留めているものの、顔や腕などの露出している部位からは肉片が飛び散っており、体には破片が突き刺さっていた。

 手榴弾は手で投げるために片手で握れる大きさなので、爆薬の量がそもそも少なく威力は大きくないが5m未満は即死もしくは重症、致死率は80%以上と言われている。内部には硬質鉄線が込められており、その殺傷力は世界大戦時に使用されたモデルと比べ殺傷力が増大している。

 至近距離ならば、十分な殺傷力を持っていると言える。

 真之は倒れている男達が4人であることに気づく。

 ソファーの裏から一人の男が、自動拳銃オートマチックを握っていた手を震わせながら現れた。

 次の瞬間、男の体が弾け飛んだ。

 真之がH&K HK45を発砲したのだ。

 45口径は男の頭部を貫き、男は仰向けに倒れた。

 これで、リビングに居た5人は始末した。

 だが、そこを狙うようにして二階に続く階段の上から自動拳銃オートマチックを手にした男達が姿を見せる。

 8人居た。

 物々しい数に真之は確信する。ターゲットは二階に居ると。

 真之は、すぐさま銃を構えようとするが、自動拳銃オートマチックを持った男の方が早かった。

 銃声が雨のように響く。

 だが、真之はログテーブルの陰に隠れて銃弾を防いだ。

 丸太を割って作られたムク材で作られたログテーブルだけに貫通はたやすくなく、無数の穴が穿たれるだけで済んだのだ。

「無法者が。好き放題やりやがって!」

 真之1人に対し、男達は8人に加え、8丁の拳銃から放たられる圧倒的な弾幕により、階段を駆け下りて来た男が怒鳴るように言った。

「無法者だと。それはこっちのセリフだ」

 真之は、そう答えつつ、今度はこちらから攻撃するために立ち上がる。

 すると、男達は真之が構えている銃に驚く。

 スプリングフィールドM14ということまでは、分からなかったが、それが自動小銃アサルトライフルということは理解できたからだ。


 スプリングフィールドM14

 全長:559mm。重量:4,500g。装弾数:20発(箱形弾倉)。

 口径:7.62×51mm。銃種:自動小銃アサルトライフル

 アメリカのスプリングフィールド造兵廠が開発した自動小銃。第二次世界大戦・朝鮮戦争で使われたM1ガーランドを発展させる形で開発され、ベトナム戦争時に投入されたものの、ベトナム戦争は従来の戦争に比べて交戦距離が短く、平均して10mから30m、最大でも第二次世界大戦や朝鮮戦争において最小範囲と考えられていた100mを超えることはなかった。

 そのため機関銃や重火器を交えない小銃同士の銃撃戦が多発し、戦死者の70%以上は小銃で殺害されたとも言われている。そうした環境では、M14の長射程での射撃精度や威力を活かせなくM16に取って変わられた。

 しかし、有効射程が長く、長距離射撃に向くため、海兵隊や特殊部隊を中心に狙撃銃としてこれを使い続ける部隊もある。


 真之は、毎分700-750発の連射速度を持つM14の7.62x51mm NATO弾をばら撒く。自動小銃アサルトライフルの弾幕は、拳銃とは次元が違い、命中すれば人体など容易く破壊する威力がある。

 1人目は体中を穴だらけにして崩れ落ちた。

 2人目は胴体に命中して倒れる。

 3人目も胴を撃ち抜き二階の欄干から転げ落ちた。

 4人目は右脚に当たり体勢を崩して転倒する。

 5人目は額に直撃し床に転がった。

 6人目は顔面に命中して後ろに仰け反って倒れる。

 7人目は心臓部分に着弾し、口から血を吐きながらその場に倒れこんだ。

 8人目は背後の壁を血に染めた。

 真之は再びログテーブルを遮蔽物にしM14の弾倉マガジンを交換し、反撃能力を持つ敵が居ないかを確認する。

 立ち上がる者が居ないことを確認すると、M14をライフルスリングを使って背負うと、H&K HK45を抜いて階段を登る。

 階段上部に銃口を向けながら、敵が居ないかクリアリングをする。

 クリアリングとは、未突入の場所や初めて通る場所、死角等の安全確認を行うこと。

 クリアリングをすることで、敵に不意を突かれたり、裏取りをされる確率を減らすことができる。

 二階廊下のクリアリングを終えると、真之は右脚を負傷し這いずって逃げ出そうとしている男を見つけた。M14で脚を撃った4人目の男だ。

 真之は男に歩み寄ると、その男の頭にH&K HK45を突きつける。

 男は顔を上げるが、そこには無表情な仮面があった。

「森大圭一は、どこに居る?」

 真之の質問に男は、痙攣するように首を縦に振る。

「こ、この。廊下の一番奥の部屋……」

 男は震える声で答えると、真之は頭を撃ち抜いてとどめを刺した。

「あそこか」

 真之が向かうと、ドアには鍵がかかっていたが、ドアの向こうから人の気配を感じることができたので、そのまま蹴破る。

 素早く部屋のクリアリングを行うが、部屋の死角に敵は居なかった。

 代わりにベッドの向こう側で、中年の男が怯えた表情を見せていた。

 この中年男こそが、森大圭一であった。

「な、何だお前!?」

 突然入ってきた謎の存在に怯えていた圭一だったが、真之が、まだ20歳にも満たない少年であることに安堵を覚える。だが、その少年が自分に拳銃を向けていることに驚き、その少年の風貌に恐怖を覚えたのだ。

 真之の、その目はまるで氷のように冷たかったからだ。

 そして何より異様な雰囲気を放っていたことが不気味だった。

「児童養護施設の子供達のことを覚えているか?」

 真之はH&K HK45を向けたまま淡々と言った。

 その言葉を聞いた瞬間、圭一の表情は凍り付いたように固まる。

 だがすぐに、口角を上げて笑い始める。

 それは明らかに動揺を隠すためのものだった。

「何だ。あの親の居ないガキどものことかよ? ああ覚えてるよ。あいつらのせいで、俺は犯罪者扱いにされたんだからな!」

 圭一のその言葉に、真之の表情が変わった。怒りの形相へと変わっていく。その表情の変化に気づいた圭一は一瞬怯むも、虚勢を張って言葉を続ける。

 自分の言葉一つで目の前の少年がどう動くのかを観察するためにだ。

 やすやすと殺さないということは、生かしておく意味があるということだ。

 自分を簡単に殺せば、こいつの目的は達成されない。そうなれば自分が生き延びることができるかもしれないという打算的な考えもあったのだ。

 真之が口にした、それは世間を震撼させた交通事故だ。

 その日、児童養護施設の児童15人の乗ったマイクロバスは芋掘り体験ツアーからの帰宅途中だった。

 高速道路を走行中に事故が起きたのだ。

 時速150kmで走るスポーツカーとの接触事故により、マイクロバスは横転。乗っていた運転手役の施設長と養護施設職員は脱出したものの、児童は爆発炎上を起こした車の中で焼死してしまったのである。

 警察は即座に捜査を開始し、スポーツカーを運転していた森大圭一の身柄を確保するが、相手が森大建設の副社長を務めることを知るや、逮捕せず身柄を確保するだけに終わった。

 身柄を一時的に拘束する「逮捕」ができるのは、逃亡や証拠隠滅の恐れがある場合に限られる。

 マスコミ報道も、社名や肩書をしないばかりか、《容疑者》という言葉を使うことなく《さん》という敬称を使っての報道を行う始末である。

 それもこれも、国内トップクラスの森大建設と警視庁との間に天下り先があるからであり、警察としても迂闊なことをして関係を壊したくないというのが本音なのだ。

 事故発生時、圭一は風邪薬の過剰摂取による副作用で意識を失っており、事件当夜のことは何も覚えていなかったという。森大建設専属の敏腕弁護士による手腕により状況的に罪に問われることはなく、不起訴処分となったのだった。

 一度に15人の子供が死亡した交通事件は世間を震撼させつつも、身寄りのない子供たちだっただけに、その後は、あまり大きく取り上げられることはなかった。それでも三流週刊誌などでは記事になっていたこともあるが、雑誌のゴシップ記事など誰も相手にもされなかった。

 世間は事件を、すぐに忘れ去った。

 圭一は表舞台から姿を消し、ほとぼりが冷めるまで隠遁生活を送った後、社会に返り咲くつもりでいたのだ。

 だが、児童養護施設長と施設職員だけは忘れ得なかった。

 15人もの未来を持った子供たちの明日を奪った男が逮捕もされず、社会的制裁や罪も償いも受けることもなく生きているという事実に憤りを感じていたのだ。

 それは真之も同じだった。

 彼は学校卒業後、進学も就職も失敗した自宅警備員だが、オンボロマンションの管理人でもあった。

 施設職員の一人は、真之のマンションの住人だった。

 生前の子供たちは、施設職員を頼ってマンションを出入りしており、真之もその時に子供たちと知り合った。

 真之にとって子供たちは弟や妹のような存在だった。

 その一人の女の子・加奈から聞かされた言葉が脳裏に蘇る。


 ――お兄ちゃん、私ね、お芋をいっぱい掘ってくるから、みんなで焼き芋にして食べようね。


 加奈は親に捨てられたにも関わらず、幸せそうだった。

 理由も知らずに両親から捨てられた悲しみはあったが、それ以上に、自分を拾ってくれた施設の職員たちへの感謝の気持ちが強く、そんな優しい人たちに囲まれて幸せに暮らしていると言っていた。

 そんな子が、ある日突然居なくなったらどう思うだろうか?

 それが事故で死んだとなれば、残された人たちはどうなるのだろうか?

 その無念さたるや想像を絶するものだろう。

 司法が機能しないのであれば、自分の手で裁くしかないと思った。

 だからこそ真之は、その怒りをぶつけるように、圭一を探し出したのだ。

 それを知らない圭一は、真之を揺さぶる。

「なあ。そんな物騒なものは下げろよ。金が欲しいならやるからよ」

 その言葉を聞いた瞬間、真之の中にあった怒りの炎がさらに燃え上がった。

(こいつは、自分がしたことを理解していないのか?)

 その言葉を聞いた瞬間、真之は怒りに任せてH&K HK45で、圭一の両膝を撃ち抜き関節を破壊した。

 圭一は膝が爆発したような激痛で転げまわる。

 床に這いつくばる圭一を見下しながら、真之は言う。

 それはとても冷たく、低い声だった。

「あの子達が味わった地獄を、お前にも味わわせてやる」

 そう言ってH&K HK45をショルダーホルスターに仕舞うと、ベルトに下げていたジュースの缶らしき物を手にする。

 AN-M14/TH3焼夷手榴弾だ。

 真之はプルリングを引き、安全ピンを引き抜く。

 手榴弾は安全ピンを引き抜いただけでは爆発しない。安全桿セイフティグリップを離し撃鉄ストライカー信管ヒューズを叩くことで、爆発に繋がるのだ。

 真之は、それから床を這いつくばる圭一を放置するように距離を取る。

 部屋の入口に立つと、安全桿セイフティグリップを離す。

 安全桿セイフティグリップは飛び、バネが跳ねる様な音が響く。

 真之は投げ返されないタイムを数えるだけでなく、ある絶妙なタイミングで焼夷手榴弾を圭一に向かって投擲した。

 焼夷手榴弾はゆっくりと放物線を描きながら圭一の頭上に到達すると、空中で破裂し炎を投網のように広げた。

 その瞬間、部屋の中の温度が一気に上昇するのを感じた。

 3000℃を超えるテルミット反応によって発生した炎が圭一を襲う。

 髪は一瞬にして蒸発する。

 化繊維系の衣服は新たな着火源となり、圭一の肌に張り付き皮膚は瞬時に炭化し、気化するように崩れていく。

 叫びを上げる圭一は高温の炎を吸い込み、それは喉だけでなく肺まで焼くこととなった。外側からだけでなく内側までも焼かれる。

 それは酸素供給を断たれたことを意味するが、全身の筋肉組織や臓器までも焼かれることの方が遥かに深刻だった。

 呼吸困難による窒息死よりも先に、熱死という現象が起きることになるからだ。

 全身を高熱に晒されることで細胞は破壊されていき、タンパク質変性により体がボロボロになりやがて死に至る。人体を構成する60兆個の細胞の一つ一つが、高温高熱によって燃えて死んでいくのだから、当然の結果だった。

 生きたまま火葬されるような苦しみの中、圭一は断末魔の叫び声を上げ続けるしかなかった。

 しかし、その叫び声も切れたように途絶えた。

 焼夷手榴弾の目的は、戦場における敵バリケードや鉄条網など構築物の破壊となっているが、それは表向きの理由で本当の使い方は敵味方双方に見られるとヤバイ物の焼却処分だ。

 焼却処分の対象として多いのが作戦計画書などの機密書類やBC兵器サンプルなどの機密物資、敵の勢力圏内で墜落した偵察機の偵察データ及び偵察用機材一式など。

 時には敵地に潜入した特殊工作員が、現地で死亡した時に痕跡を消去する為に仲間の遺体に対して使用、3000℃を超える高温で文字通り骨も残さず焼却することもあるという。

 真之の前で、人の形をした何かが、そこで燃え上がっている。

 炎は部屋中に広がり、火の海と化す。

 真之は、その様子を見届けると、すぐさま部屋を飛び出しログハウスから脱出をした。

 屋外に出た真之の前でログハウスは炎と煙に包まれていた。

 それはまるで巨大な松明のようでもあった。

 真之は、海外に居た際、紛争に巻き込まれ両親を殺された。

 親を失った真之を助けてくれたのは、傭兵家業の夫婦であり現在の養父母だ。

 真之は生きるために銃を手に取り、傭兵となった。

 そこで様々な戦闘技術に加え各種武器の取り扱いを学んだ。

 人を殺すことに抵抗はなかった訳ではない。

 だが、生きるには敵を殺さなければいけなかったのだ。

 平和論を戦場で叫んだところで、敵は同情もしてくれないし、見逃してもくれない。

 そんな世界に生きていたからこそ、人を殺めると決めたあとの忌避感はあまりなかった。

 力が無ければ誰も守れないことを、彼は良く知っていた。

 殺し続ければ、いつか自分も殺されるかもしれないという恐怖心と戦いながらも……。

 そんな経験があったからこそ、今の真之があるとも言えるだろう。

 ふと、真之は、ここで自分の殺した人数が15人であったことに気づく。

 15人の子供が殺され、同じ15人の命を奪って償わせた。

 真之は考える。

(これでよかったのか?)

 それは自分自身に問いかけるものだった。

(俺は正しいことをしたのか?)

 だが、答えは出ない。

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