ツイントーーク!① それぞれの好きな人は……?

 五月二十七日、宇佐見家のキッチン。

 家着にエプロンをつけた格好の千影は、火にかけた味噌汁の鍋をおたまでかき回しながら、大きなため息を吐いた。


(仲良くなりたいなぁ……)


 先順位表が廊下に貼り出された日のことを思い起こす——


『今日の学食の日替わりランチ。これがかなり絶品なんだ』

『それが、なんです……?』

『よかったら一緒に行かないか? よかったら奢るけど?』


 千影は後悔していた。


(あのときどうして素直に行きたいって言えなかったんだろぉーーー……)


 と、おたまの回転数が二倍くらいに上がった。


(たぶん、高屋敷くんは私と仲良くなりたいって思ってくれてたんだよね? 素直に学食に一緒に行けば……でも、私とカップルだと思われたら迷惑かけちゃうかもしれないし……)


 千影は周囲から自分がどう思われているのか、噂程度に知っていた。成績トップで目立っているという自覚もある。けれど、それは自分にまつわる噂なので、自分の中で処理できる問題だ。むしろ問題視するほどのことでもなく、無視もできる。


 ただ、自分の周りが巻き込まれるのはべつの話だ。


 自分と一緒にいることで、咲人に迷惑がかかるかもしれないと思うと、なかなか関係を深めるのも難しい。一方で、千影は素直になれない自分に辟易していた。


 ただ、もしカップルと周りに勘違いされたとしても——。

 咲人がべつに困らないというのであればべつだ。


(ほ、本当にカップルになったら、問題ないよねっ……⁉)


 などという妄想の暴走が始まってしまう。なおかつ——



『……宇佐見さんを学食に誘うにはカップルにならないとダメってことか……』



 向こうもその気があるのでは、というちょっとした期待が持てるあの言葉が脳内でリピートされる。極めつけは——



『……ふぅ〜、危なかった。大丈夫?』



 抱きしめられた。アクシデントとはいえ、あの咄嗟の行動は、千影にとっては神対応すぎた。初めて父親以外の男性に抱きしめられた。


 咲人の胸の鼓動が高鳴っている音を聞き、激しく動揺してしまった。咲人が立ち去ったあとも、その余韻が大きくて、しばらく立ち尽くしてしまうほどだった。


(あのとき、ドキドキしてくれてたんだ……)


 と、目を閉じて嬉しそうに身体をもじもじとさせる。すると——


「——さっきからなにしてるのかな〜?」


 と、キッチンカウンター越しに声が聞こえた。


「ほえぇっ⁉ ひ、ひーちゃん⁉ いつからそこに⁉」

「ついさっきだよ。ただいま、ちーちゃん」


 カウンターからニコニコと顔を出しているのは、千影と同じ顔——十五分前に生まれた双子の姉の光莉だ。


「お、おかえりなさい……というか、どこに行ってたの?」

「ん〜……ちょっとその辺をブラブラって感じかな」

「そう……」


 千影は光莉が制服を着ているのを見て、ため息を吐きたいのを我慢した。


 以前から光莉は学校を休みがちだった。

 小学四年生あたりからそれは続き、高校に入っても相変わらずのようで、制服で出かけることはあっても学校まで足が向かないことが多い。


 光莉はある意味自由奔放に生きているように見えて、なにか悩みを抱えている。

 そのことを知っているから、千影はそこまで光莉を咎める気にはならない。


 ただ、中学までとは事情が違う。お互いにもう高校生だ。


「中学と違って、休んでばかりだと留年しちゃうよ?」

「大丈夫、欠席日数はきちんと計算してるからね」

「それ、きちんとって言わないの……で、どこに行ってきたの?」

「えへへへ、気分転換でちょっと図書館に——」

「ゲーセンでしょ?」


 間髪いれずに千影が言うと、光莉はギョッとした顔をした。


「なんでっ⁉︎」

「双子だから……というより、今までの行動パターン。最近はゲームにハマってるみたいだったし、カマをかけてみたの」


 感服したといった風に、光莉は笑顔でパチパチと拍手する。


「さすが双子。なんでもうちのことはお見通しだね」

「ひーちゃんに言われても嬉しくない……まったく……」


 千影はすっかり呆れつつ、コンロの火を止めた。


 十五分遅れて生まれてきた妹としては、光莉に学校をサボらないようにと注意してきた。

 将来なにがあってもいいように、最低限、高卒の資格だけはとっておいてほしい。それが、十五分早く生まれた姉に対しての、千影の当座の願いである。


 本来なら親が願うことなのだろう。けれど両親の考えは、光莉の好きなことをしたらいいという意見だった。理解しているというのか、甘いというのか、千影も両親に説得してもらうことを今では諦めている。


 なんにせよ、そうした姉のことを見ていてたまに憧れることもあった。

 自分とは違い、いつか、なにか、偉大なことを成し遂げるのではないかと——。


 千影は料理を皿に盛りつけながら、リビングでくつろいでいる光莉の様子を見た。

 光莉は、三人がけのソファーに仰向けになって寝転び、嬉々とした表情で大きなヌイグルミを抱きしめている。


「ひーちゃん? なにかいいことでもあったの?」

「んー……よくわかんないけど、ドキドキすることが……はうぅ〜……」


 光莉はなにかを思い出し、脚をバタバタさせたあと、真っ赤な顔で千影を見た。

「ねえ、ちーちゃん。ちーちゃんと仲の良い男子っている?」

「え……?」


 ふと、一人だけ思い浮かんだが、仲の良い男子ではなく、仲良くなりたい男子だった。


「ううん、いない……。話したことがある人はいるけど……」

「その人の名前は?」

「えっと、高屋敷くん。高屋敷咲人くん……」


 光莉は名前を聞くなり、なぜか自分の左頬を嬉しそうに撫で始めた。


<第3話に続く!>

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次回更新は 10月20日(金)!


学校にて咲人は千影のことを、どうしても意識してしまう。

そして、ゲームセンターで彼女が言ったように、耳たぶに

振れてみようとしたところ……!?

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