第2話 辺境の田舎町へ

 聖院をあとにした俺はある場所を目指していた。

 そこはノエイル王国の最東端。

 俗に「辺境のド田舎」と言われる地方だ。


 俺はここに何度か足を運んだことがある。

 理由は訪問診察。

 田舎町と言われるだけあり、領民の数は少なく、これといって発展した産業はない。海と山に挟まれているという土地柄、森林を相手にする林業か海を相手にする漁業が盛んなくらいであとは領地内に数ヵ所あるダンジョンでのギルド運営がある程度。


 おまけに王都からは数日かかる距離にあるため、医者の成り手がおらず薬も聖院が認定する専門行商からでしか手に入らない。その現状を知ったグスタフ先生は、生前からこの地へ何度も足を運び、弟子である俺もそれに同行した経験があった。先生がなくなってからもここへはよく来ている。


 聖院を追いだされた俺がまず気にかけたのがこの地であった。

 中でも、領主であるアントルース家はずっとお世話になっていたので、一度挨拶に行きたいと考えていた。それと、ここには長らく治療を続けている人物がいるのだ。


 ――というわけで、数日をかけてアントルース家の屋敷へとたどり着いた俺は顔見知りの門番ふたりへと話しかける。


「ハ、ハリス殿?」

「今日は来訪の予定と聞いてはおりませんが……」

「ちょっといろいろあってね。ベイリー様は――」

「いらっしゃいます。少々お待ちください」


 門番のひとりはバタバタと慌てながら屋敷の中へと入っていった。

 ここへ訪れる際は事前に手紙で通達をしておくのが基本だからな。

 突然の来訪ってことで驚いたようだ。


 しばらくすると門番が帰ってきて、「どうぞお入りください」と通される。

 手の行き届いた美しい庭園を抜けて、正面玄関から屋敷内へ。


「やあ、ハリス。今日はどうしたんだい?」


 笑顔で出迎えてくれたのが、アントルース家の当主でこの地方を治めるベイリー・アントルース様だ。


「急な来訪となり、申し訳ありません。本日はどうしてもベイリー様にお伝えしたいことがありまして」

「っ! ……分かった。では、続きは応接室で聞こう」


 いつになく真剣な雰囲気を漂わせていたので、ベイリー様も「何やら非常事態が起きたのだが」と感じ取ってくれたらしく、表情を引き締めて俺を応接室へと招き入れてくれた。


「君がこうして一報もなく訪ねてきた理由は……ロザーラに関してかい?」


 ソファに向かい合う形で腰を下ろすと、ベイリー様は開口一番にそう尋ねてきた。

 ロザーラ様とは、ベイリー様の奥さんの名前だ。

 数年前に魔毒と呼ばれる病を患い、継続的に治療を続けている。現状では完治に至っておらず、グスタフ先生が亡くなってからは俺が治療を引き継いでいた。魔毒の明確な治療法は未だに見つかっていないため、ベイリー様も気になるようだ。


 ――ただ、今回の場合はちょっと事情が事なる。


「今日はロザーラ様の件ではなく、私自身のことでして」

「君自身の?」


 不思議そうに首を傾げたベイリー様へ、俺は本題であるレイナード聖院をクビになった件について報告する。

 話を終えると、ベイリー様は憤慨した。


「……にわかには信じられない話だな。君のような優秀な人材をそのような傲慢さで手放すとは」

「そう言っていただけると、私も救われます」

「今後はどうするつもりなんだい?」

「どこか静かな場所で魔草薬の研究を続けようと思っています」

「魔草薬……先代院長のグスタフ殿が生涯をかけて研究していたな」


 ベイリー様はグスタフ先生がどれほど真剣に魔草の研究をしていたかよく知っているし、感銘を受けていた。資金提供って話にもなったが、それはグスタフ先生が断っていたっけ。


 その件について、俺のスキル――魔草使い《プラント・マスター》についても言及しておいた。


「なるほど。そういった経緯があったのか」

「報告が遅くなり、申し訳ありません」

「構わないよ。グスタフ殿にも考えがあってのことだろう。それに、今後は君が魔草薬の研究を引き継ぐのだろう?」

「そのつもりでいます。私ではどこまでやれるか分かりませんが……ロザーラ様の件もありますし、できればこの近くがよいと考えています」

「アントルース家としては歓迎するよ。領民たちも君やグスタフ殿には随分と世話になっているからね」


 とりあえず、受け入れてもらえてひと安心だ。


「ここからだとデロス村が一番近いか。あそこのラッセル村長とは確か面識があったよな?」

「はい。何度か訪問診察に訪れたので。可能ならば、所用を済ませた後でそこに魔草を育てるための農場を開き、研究を続けようと思っています」

「おお! それは実に素晴らしい案だ!」


 俺の言葉に対し、ベイリー様は大賛成してくれた。


「それから……」

「他に何か?」

「最後にロザーラ様にもご挨拶をしたいのですが」

「もちろん構わないよ」


 最後に、俺はこの屋敷を訪れたもうひとつの理由――ロザーラ様の症状を確認するため彼女の部屋を訪れた。


「あら、ハリスじゃない」

「ご無沙汰しております、ロザーラ様」


 ベッドに横たわっていたロザーラ様は、俺が部屋へ入ってくると周りに立つメイドたちに介助されながら上半身だけ起き上がる。まだ体力的には完全回復に程遠い状態だが、顔色はいいし表情も明るい。ベイリー様の話では食欲もあるという。

 そんなロザーラ様に、俺は聖院をクビになってデロス村での診療所開業を目指す話を切りだした。聖院から追いだされたと聞いた直後は青ざめていたが、この近くにあるデロス村へ移り住むという話になると途端に笑顔を見せてくれる。


「よかったわ……あなたが近くにいてくれるのは心強い――あっ、ごめんなさい。あなたの立場を思えば喜ぶ場面ではなかったわね」

「いえ、どうかお気になさらず。むしろ今は晴れやかな気分なんです。ようやく縛りが消えたというか、これからは自分の思う通りに動けると」

 

 これは嘘偽りのない本心だ。

 向こうも俺が気を遣ってそう言ったわけではないと見抜いたようで、安堵しつつもこれからの飛躍を願ってくれた。

 特に異常もないようなので、少し世間話をした後、デロス村へ向かうためにロザーラ様の部屋をあとにする。それから玄関まで進む間に、俺はもうひとつ忘れていたことを思い出したので尋ねてみた。


「フィクトリア様はお元気ですか? 確か、今は王立学園に通われているとか」

「元気すぎるくらいだよ。――そうそう。来週から学園が春休みに入るようで、フィクトリアも一時的にではあるが屋敷へ戻ってくるんだ」

「なるほど。それでロザーラ様は元気だったんですね」


 話しに出てきたフィクトリア様とは、ベイリー様とロザーラ様の間に生まれたアントルース家のご令嬢だ。

 現在は王立学園で勉強に励まれているらしい。

 前に会ったのは今から十年くらい前か……ちょうど学園に入学される日だったな。あそこは全寮制だから、家族と離れて暮らすことを嫌がっていたのを覚えている。でも、ベイリー様の話を聞く限りでは楽しく過ごされているようで何よりだ。


「きっと、あの子は君に会いたがるはずだ」

「わ、私にですか?」

「どうやら、最近になって治癒魔法に関心を持ったらしくてね。恐らく、長期休暇の際にいつもロザーラが元気に迎えてくれるのが君のおかげと知り、自分も同じ道に進みたくなったようだ」

 

 フィクトリア様がそんな風に思ってくれているとは……意外だった。ここへ来る時はいつも学園にいたので、ほとんど接点がなかったし、なんだったらもう俺のことなんて忘れているかもとさえ思っていたのに。


「もし君がデロス村へ移住するとなったら、たまにあの子の話し相手になってくれないか?」

「私などでよろしければいつでも」


 治癒魔法師は万年人手不足だからな。

 それが原因で、ドレンツ院長のように驕った考えを持つ者まで現れてしまう。それを防ぐためにも、未来ある若い人材は必要不可欠だ。

 あと、これは個人的な興味なのだが……彼女がどのような成長を遂げているのか、それもちょっと楽しみだな。


「そういえば、先ほど所用と言っていたが、一体どんな用事なんだ?」


 外へ出て庭園を歩いていると、ベイリー様がそう尋ねてきた。


「これまで訪問診察に訪れた地を巡り、諸々報告しようかと。レイナード聖院へ問い合わせても私はいないですからね」

「なるほど。それはよい心掛けだな。ちなみに次の目的地は?」

「まずは星屑迷宮、それから商業都市ディバン、ノエイル王立学園、レオディス鉱山――辺りですかね。一ヵ月ほどかけて巡る予定です」

「星屑迷宮、商業都市ディバン、ノエイル王立学園、レオディス鉱山……」

「? 何かありました?」


 なんだか様子がおかしいベイリー様に尋ねてみたが、「なんでもないよ」と返された。

 まあ、怪しい相手じゃないからいいんだけど。


「では、ラッセル村長へは私から話をしておこう」

「お気遣い、ありがとうございます」


 俺はベイリー様へ深々と頭を下げ、アントルース家の屋敷をあとにした。

 さあ、ここからが大変だぞ。



※次は12:00に投稿予定!

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