2-5 作戦、其の4

11月22日 土曜日

 午後7時、都内の救急病院、私は事故にあった佐野さんの付き添いで来ていたが集中治療室へと入っているため外で待機せざるをなく待っていても仕方ないのでまた明日来ますと看護婦の方に伝え今日は帰宅することにした。

 私は帰りながらバッグの中を見た。こんなの持ち歩いていたら捕まっちゃうな。いや、その覚悟で来たわけだけど意外な形で私の作戦は成功と言っていいのか、成功ではないが結果として同じような目に合わせる事はできた。

 でも、なぜだろう。心のもやが晴れない。私はここまでして、ずっと願ってきたはずなのに、いざ目の前で佐野さんが事故に遭い、見るも無惨な姿になったにも関わらず、私は大した感情が湧いてこない。

 復讐するつもりだったが、こんなことしても何の意味もなかったのかな。

 

 11月23日、日曜日

 午前11時、佐野さんの様子を見に救急病院へと私は来ていた。

「あの、昨日、運ばれた佐野俊介さんの知り合いです。面会できるのでしょうか?」

 受付の看護婦さんに声をかける。

「えっと、昨日の氷上さんでしたっけ?今、親御さんも来てられるのですが面会は可能です」

 看護婦は少々、曇った顔つきになり告げる。

「佐野さんは命には別条はなく、怪我も1ヶ月もすれば回復するでしょう。ですが一つ大事なことを先にお伝えしなくてはなりません」

「大事なこととは?」

「佐野さんは事故の後遺症で身体的にはあまり問題ないのですが、脳にダメージを負ってました。そのせいなのか記憶喪失になっていて、前後3年間ほどの記憶がなくなっている。いや正しくは思い出せない状況のようです。大学4年生ですが今は1年生の頃の記憶しかないようです」

 衝撃的な事実に私は何と返していいのか。

 何はともあれ私はチャンスだと思った。


 佐野俊介と書いてある病室をノックする。

「すいません。失礼します」

 中に佐野さんと親御さんたちがいた。

「あら、こんにちは。同級生かしら」

 私は同級生のふりをする事にした。

「ええ、昨日、一緒にいた時に私を庇ってこんなことに」

 演技で涙は出ないが泣くようなふりをして見せた。

 親父さんの方が少々、怪訝に思っていたが私は気にせず演技を続けた。

 母親の方が聞いてくる。

「2人でいたと聞いていますが、あの、お尋ねしますが恋人か何かなのでしょうか?」

 私は何と言っていいか分からないが、とりあえず佐野さんは記憶を失っているようだから話を合わせてもいいが、もし1年生の段階で恋人がいたらすぐにバレてしまうのではぐらかした。

「い、いえ、まだそんな関係では。昨日は遊んでいただけです」

「あら、そうでしたの。てっきり恋人かと」

「おい、俊介。この子を知らないのか」

 親父さんが佐野さんに尋ねるが完全に初対面の人を見るような表情だった。

「すいません。どちら様でしょうか?」

 本当に記憶がないみたいだった。

「私は氷上茉莉啞です。よろしく」

 初対面のフリをした。

「よろしく。ごめんね。仲が良かったのかも知れないけど覚えていなくて」

「生きていただけで嬉しいです」

 私は涙ぐんだ。いや涙ぐんだフリだ。

「ありがとう。君みたいな子が友達でよかったよ。もしかして俺たち付き合ってたわけではないよね?」

 佐野さんは恋人がこの時期にいなかったのではと思ったが慎重に出る事にした。

「い、いえ、付き合ってませんよ。今は」

「そうなんだ。ごめんね。これからよろしく」

「はい、よろしく。今日はこれで失礼しますね。また明日来ます」

 親御さんにも挨拶して今日は引き上げる事にした。


 午後、15時

 私は遅番でテリアに出勤した。今日は比較的、空いている方だった。

 レジ番をしつつも今日の出来事を考えていた。

 佐野さんは記憶がないし、私を仲のいい友達だと思ているのか警戒していないようだった。

 これを活かす方法を私は考えていた。同じ目にあっても尚、私は満たされていない。この枯渇感をどうにか潤わせたかったのだ。

 

「茉莉花ちゃん、これ3番テーブルに持っていってくれる?」

「わかりました」

「大丈夫?今日も少し疲れている様子だけれど」

「大丈夫ですよ。元気です」

「無茶しないでね。茉莉花ちゃん、無理しそうだから」

「はい」

 花さんはよく見ている。いつも気にかけてくれるが、細かい所作や表情などから観察し見抜く事に長けている印象だ。

 

 3番テーブルにコーヒーを持って行くといつもいる常連のお爺さんであった。

「お待たせいたしました。ブレンドでこざいます」

「おや、いつもありがとう」

「ごゆっくりどうぞ」

 このお爺さんはいつもいるが誰かと話している様子も花さんたちと話している様子もあまり見たことはない。

 まあ常連と言ってもおしゃべり好きな人もいれば、1人でいるのが好きな人もいるので私はあまり気にかけていなかったが、なぜかこのお爺さんからは少し興味を惹かれるような雰囲気が漂っていた。


 午後8時、仕事終わりに店長さんと花さんに送ってもらった。

「茉莉花ちゃん。だいぶ調理の方も上手くなってきたね」

「茉莉花ちゃん、料理のセンスあるもの」

 奥井夫妻に褒められる私であった。

「そんな事ないですよ。レシピ通りにしているだけですので」

「あら、レシピ通りって言ってもそう上手くは行かないものよ」

「そうだ、料理は単純に見えて奥が深いからな」

 こういった話をしながら料理のイロハを教えてもらいながら、気づくと新宿に着いていた。


 私は部屋へと戻ると、明日以降の作戦をまた練ることにした。

 恋人のふり作戦は意外と通用するかも知れないと思い、関係性を深めるための方法をネットで漁るだけ漁った。

 幸いなことに明日は非番だったため、佐野さんのお見舞いに行く事にした。

 彼をこんな程度では終わらせたくない。使えるだけ使い倒す。

 私はそんな風に考えていた。

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