2-2 作戦、其の1

11月1日、土曜日。復帰して2週間ほど経ちだいぶ慣れてきた。

 レジ番は極力避けていたが、夕方などは任されることも増えてきた。

 今は午前11時から閉店までの時間を週4日、アルバイトして生活費と光熱費などを賄っている。

 

 午後8時、閉店し花さんに送ってもらっていた。

「今日もお疲れ様。調子はどう?」

「はい、体力も戻ってきましたし大丈夫です」

「そう、無理しちゃダメよ」

「は、はい」

 

 30分ほど移動し花さんのマンションへとついた。私の部屋は歩いて数分の距離のためいつもここで花さんと別れる。

「それじゃまたね。おやすみなさい」

「お、お疲れ様です」


 私は部屋へと帰る。玄関の鏡を見る。自分の顔がなんだか歪んで見えた。

 いつも1人になると別の私が頭の中で囁く。そうして机へと向かい緻密に計画を練ろうとする。

 私はシフトに入っていない日に度々、通っていた大学へ顔を出し佐野さんの行動を密かに調べていた。

 アルバイトのシフトの日、サークルにいる日、どこかへ出かけている様子だったり、受けている講義をサボっているタイミングなどある程度はこの2週間で把握できた。

 あとはどう接触するべきか考えていた。向こうは私の現状は知らないし正直に言ってそこまで接点があったわけではなかった。

 私が退学したことは知られてはいないだろうと思う。

 月曜日、再び偵察に行こうと考えた。


 11月3日 月曜日

 私は怪我を負って以来、大分、痩せてしまっていた。

 普段、あまりメイクもバッチリとするタイプではなかったので、雰囲気を変える努力を続けていた。また服装も少し華美なタイプのファッションを勉強した。明るい茶髪のウィッグをつけ、普段とは違うメイクをし変装して大学へと

赴いた。


 まず月曜日は2コマ目を受けている。大講義室なためそこへひっそりと乗り込んだ。

 出席確認のために学生証を認識させる機械が私のところへ回ってくるが、私は模倣した偽の学生証で出席を取ったふりをしていた。

 この授業では、個々の生徒を指名することはまずないので、一度、入ってしまえばバレる可能性はほぼゼロと言っていいと思う。

 

 中央付近の席で受けている佐野さんを後方から確認出来た。

 いつもは友達といるが、今日は1人で受けているみたいだった。

 私はそれなりに受けているふりをしながら観察を続けた。

 

 そして授業終わり、私は周りに知り合いの教授などもいないことを確認し接触を試みた。もちろん、声も作って話しかけた。

「あ、あの、佐野先輩」

「え、えっと、知り合いかな?」

「あの前にサークルの見学に行ったことあるんですよ。氷上ヒガミ茉莉啞マリアです。大分、時間が経ったのですが入りたいなぁって思って」

「そうなんだ、そういう事なら歓迎するよ。今日、説明しようか?」

「はい、ぜひ!」

 私は無理をしながら会話した。内心、憎しみが表情に出ないように取り繕うのは大変であったし、何より内向的ではなく外交的な面を演じていなければいけない。1人で練習した甲斐があったな。

 

 午後4時過ぎ、私は再び佐野さんとサークル席で落ち合う予定であったが、別な場所がいいと提案し駅近くのカフェへと誘導することに成功した。

 佐野さんは案外、ほいほいとついてくるタイプで安心した。警戒心も今のところは持たれてはいない。

 一生懸命に話す佐野さんの話を話半分で適当に愛想よく聞くふりを続けた。

 熱心に説明してくれる。バカみたいな奴だと思った。

 一通り話を聞いた後に連絡先の交換に持ち込み成功する。

 佐野さんはいいカモを見つけるために必死になる傾向があることは把握していた。それを悟られない程度に利用しそこにつけ込むことにした。

 今日はこれで解散となった。


 家に帰った私はトイレへ行き嘔吐した。

 あの佐野さんと長時間も話したせいで発作が起きそうだった。

 向精神薬を飲み、ベッドで横になる。

 佐野さんにお礼の連絡をし、気に入ったのでまた会ってお話を聞きたいというと、すぐに返信が来て会う予定が決まった。

 気持ち悪さに寒気がするし頭も痛い。でも心の中は清々しさもあった。

 

 佐野俊介、こいつを嵌めるための作戦の第1段階が成功した。

 あとはひたすらに接触して心を開かせて、次の段階へと進む。

 単純接触効果というものがあることを私は本で読んだ。

 意識していなかったり興味がなくても接触回数が多ければ興味を抱くと言うものだ。私はそれを見た時にこの作戦を思いついた。

 接触回数を重ね隙を見つけるんだ。これは自分のためなんだ。

 そう言い聞かせて私は涙を流しながら、気づくと笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る