1-20 発覚
8月2日 土曜日
あれからしばらく経つが勝己さんの所在は私には分からなかった。
今日はサークルの活動日だが、どうしてもアルバイトがあっていけないと断りの連絡を入れた。
佐野さんからは特に連絡は来ていない。
午前11時、いつもより1時間ほど早めに出勤となった。
「おはよう、茉莉花ちゃん。今日は1時間長いけど頑張ろうね」
「おはようございます。が、頑張ります」
花さんと挨拶を交わす。土曜日にしては珍しく絵里さんはいなかった。
店長さんと花さんと三人体制で店を回すが、店長さんは厨房で仕込みをしている。
今日は少し暇だった。いつもお昼ごろには満席近くなることもある。
周りにはカフェはあるが、ここのコーヒーや軽食は凝っていてチェーン店にも引けを取らない。そういうニーズに応えていると絵里さんは言っていた。
絵里さんはカフェ好きらしい。
今日は暇だった為か12時ごろ、休憩に行くことになった。
賄いを食べて休憩していると店長さんが入ってきた。
「やあ、茉莉花ちゃん、体調はどうかな?」
不意な発言に面食らってしまう。
「え、大丈夫ですよ」
「そうか、ならいいんだが」
店長さんは何やら意味ありげな表情でこちらを見てきて一枚のコピーした用紙を手渡してくる。
「これに見覚えはないかな」
そう言われて用紙に目を通すと、私が普段、飲んでいるドリンクがそこには映し出されていた。
私は必死に誤魔化そうとするが、あまりに唐突な出来事に少し挙動不審になってしまう。どうしたら、何を言ったらいいの?
「し、知らないです」
「茉莉花ちゃん、誤魔化さなくていい。正直に聞かせてほしい」
私は少し涙ぐんでいた。不思議と正直にポツリと呟く。
「は、はい、飲んでます」
「そっか、どれくらい前から?」
「2〜3ヶ月前くらいだと思います」
店長さんは少し考え込む動作を見せる。
「うん、何か症状はあるのか?」
「い、いや、気分が高揚するとかそんな感覚です」
「副作用は?」
「今のところは特に、でも飲んでないと落ち着かない時が稀にあります」
「それくらいで済んで良かった」
店長さんに曰く、麻薬成分が含まれている可能性が高く、知らず知らずの内に依存傾向にあったと聞かされた。
一枚の名刺を渡された。とある医療クリニックの名刺だ。
「そこに行くといい。専門的な面やメンタル的な面でも診療してくれる」
「わ、わかりました。私、捕まりますか?」
店長さんは少し頭を掻くような動作を見せながら、渋々といった感じで告げる。
「俺もまだ確証がしっかりあるかと言われると微妙なんだが、まあ大丈夫だろう。自分から自首でもしに行かなければな」
「わ、わかりました。ここに行ってみます」
「そうするといい」
そう言い残し厨房の方へ戻って行った。取り残された私は裏口から出て外で1人しばらく泣いた。涙を拭い笑顔の練習をして店に戻った。
それにしてもなぜバレたのだろう。
午後8時、閉店後
店長さんと花さんから心配されながらも家まで送ってもらった。
あの団体に関与している物からは手を引くようにと忠告を受けた。
ー8月3日、日曜日
早朝の新宿某所の高層マンションの一室、奥井雅道の事務所で勝己は暇を持て余していた。そこに絵里がやってきた。
「勝己さん、元気そうね」
「おお絵里ちゃん、会いたかったよ」
「キモいから近寄らないでくれる」
「そういうなよ、健全な男子がこんなとこに無実の罪で囚われてるんだぜ、どうかしてるぜ」
「どうかしてんのは勝己さんの頭じゃないの、奥井さん達のおかげでしょ」
「それはごもっとも。だがどうしたものかな、ここから出るための術も今の僕には何一つとしてない。少々やりすぎたかな」
「あの写真の出どころのせいでしょ。にしても警察すら動かせる相手に勝ち目なんてあるわけ?」
「ないよ、はっきり言うけどこの国で生きていく上で関わったらお終いさ」
勝己は新宿の街を見下ろしながら、コーヒーを飲み干した。
絵里は手土産に持ってきたケーキを机の上に置く。
「こう言っちゃなんだけどさ、ありがとう。でも翔の無実が晴れたわけでも生き返るわけでもない。何か意味があるの?」
「意味なんてどうでもいいじゃないか。彼の為にやるって決めた以上やるだけさ。それ以上でも以下でもないんだ」
「それでこうなったのに?」
「まあね、だが潮時かもしれないな」
「諦めるわけ?」
「そういうわけではないよ。でも今じゃこの国で味方は奥井家の人だけだ。圧倒的に不利な局面だね」
「そんなの言われなくてもわかってるわよ。何もできないけど私も味方よ」
「そうだった、ごめんごめん。なんとかして見せるさ」
「あっそう。私バイトあるから行くわね。気をつけて」
絵里はそういい立ち去る。
勝己は絵里の持ってきたチーズケーキを食べながら1人呟いていた。
「これからどうしようか、翔、君ならどうする?」
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