制限
――わかりやすくいえば、それは防波堤ではある。
人知を超える知識を手に入れ、規格外の力を授かり。
無窮ともいえる時間と、数多の世界を渡り歩き。
それでもなお人間性を保ち、人でいるための鎖。
自分の世界でないからといって滅ぼさず。
必要ないからといって、体を減らさず。
他者との共感の心を失わない。
それが、現神となろうとも、人外へと落ちない。
最後の手綱なのだから。
「だからまぁ、いくら君があの化け物相手に強い殺意を抱いていても……。
それら全てを殺しきるとまでくると、対価はそれ相応に高くなるよ。
少なくとも今の君では、払いきれないほど」
「む~~~!!!!」
というわけで、現在私はその化け物による殺人未遂のせいで、殺意の波動に目覚めた契約者をなんとかなだめているところだ。
この契約者は、おおよそ私が知っている人間の中ではかなり図太く精神が強い方だとは思う。
が、それでも2度にわたる未確認生命体による殺人未遂はそれなりに堪えた様で。
あの化け物に関わる全てのものを殺すなんて物騒なことを口にする程度には、狂気に飲まれてしまったわけだ。
「冷静に考えてくれ?
もしも、今回の襲撃の原因が人間だった場合。
あるいは、強大すぎる敵だった場合。
はたまたは、自分が忘れているだけで、君自身に原因があった場合。
元凶全てを殺すとなると、もしかしたらその願いで自分すら殺す事になるかもしれないんだよ?」
「……はっ!
つまり私の命さえ対価にすれば、全て解決する可能性が……!?」
「その場合は、こちらからクーリングオフさせてもらうよ」
彼女がとち狂ったことを口走るが、それでもいくらか話してきて頭も冷えたのだろう。
精神安定効果のあるお酒を飲ませたり、説得を繰り返すことで、彼女も最低限の冷静さを取り戻すことができた。
「それにこちらとしても、基本的に、無駄に人命に関わることはしたくないからさ。
たとえそちらが、どんなにたくさんの対価を払っても、基本的にこちらが一線を超えることはないと、思ってくれ」
「えぇ〜……そんなぁ……」
「それにもし、一線を超えると、君の人生の選択肢の中に【相手を殺して解決する】なんて物騒な手段が出てきてしまうかもしれないからね。
いくら君の命が掛かっているとはいえ、こちらから相手を殺しに行って解決する、というのは少々人間社会において危ういからね」
「い、言われてみればそんな気も……。
あ、あれ?ですが、以前やさっき化け物に襲われたとき、魔法使いさんはアイツらを殺してませんでしたか?」
「いや、外獣に人権はないし。
それに、あれは君の命を考えると正当防衛みたいなものだから」
「なら今回も正当防衛になるんじゃないんですか!?!?」
いやまぁ、そう言われてしまえばそうなのだが。
あの化け物や襲撃の背後関係が分からない以上、契約までしてこちらから襲撃というのは、静かに情報収集をしたこちらとしては、あまりにもリスクが大きいというのが本音であったりはする。
「だからまぁ、どんな理由で襲われたのか知らないけど、その理由がわからない限り、意味の全殺しなんて言う物騒な願いを聞くわけにはいかないね。
だからこそ、今回はせいぜい襲われた原因を解明するとか、その理由の如何によって、穏便に元凶を止め方法を探るとか。
その程度の願いだったら、君の持つものでも十分対価を払えるだろうからさ」
「う、うう、魔法使いさんがそういうなら……。
で、でも、殺さなきゃ解決できない場合は、お願いしますよ?」
「ははは、まぁ、よっぽどのことがない限りはそんなことはしないけどね」
「そんな~…」
かくして私は、なんとか口八丁で彼女をごまかすのに成功。
その上で、今回の騒動を穏便に止めるべく、元凶の下へと出発するのでした。
★☆★☆
なお、元凶との会話にて。
――wnvdsunuszkluivals
「つまり、君たちが彼女を狙っていたのは、単純に魔法を使うためにある程度最適化された脳と魂が欲しいから。
そして、抵抗が激しければ殺し、捕獲が成功すれば脳みそだけにして、魔法用の演算装置に組み込むつもりであったと」
1アウト。
――:@wcpsouwqcoqusahfaiz
「で、その魔法装置で地球のネットやら電波状況を監視し、装置の材料となる人間の脳や魂を発見。
最終的には、地球そのものに人類文明消失級の神を降臨させ、その神が人類文明を崩壊させる様を見て、性質や性能を正確に観察することが目的と」
2アウト。
――039w0nv98w8w88cf29@w0vm
「とどめに、そちらとしては、特に魔術として最適化された私の脳を持つ私を逃すつもりはない。
成功確率が恐ろしく低くても、成功するリターンが大きすぎるから統計的に考えて襲撃は確定的だと」
3アウト。
――-q0c09qoisap;fjeiws837a!!!
「馬鹿が、羽虫の外獣の分際で。
微塵でも勝機があると思ったか」
★☆★☆
というわけで現在いるのは、件の元凶の本拠地。
黒い石材で出来た窓のない建物の中。
いくつかの金属と電灯が埋め込まれた通路をゆっくりと歩いている。
――2w9cnp;a:@:@9w9a8!!
此方に迫りくるのは、羽根をはやした甲殻類に似た何か。
殻に覆われた複数の腕を振り上げ、昆虫のような透明感と蝙蝠のような肉質を持った不思議な羽根を広げ。
ある個体は、その複腕の先から三槍に分かれた爪を持って、こちらへと襲い掛かり、ある個体はまるで壊れた懐中時計のような装置から、こちらに向けてプラズマによる銃撃を行ってきた。
「無駄無駄無駄。
せめて、もう少し戦術を考えろ。
【
迫りくる脅威に対し、溜息を吐きながら簡易な詠唱を行う。
すると、目の前に迫っていた電撃とはさみ持ちの外獣、さらには遠方からこちらを射撃しようとした外獣が、まるで空間毎の折り曲げられたかのように、ひしゃげ、その場に倒れ伏したのであった。
「……雑っ魚。
これなら、わざわざ2句魔術を使う必要すらなかったかもしれん」
此方を捕まえ装置にするなどと豪語していたのに、あっさりと無力化。
体の原形を保てなくなり、ぼとりと落ちる外殻とまるで腐った菌床に様に崩れ散る彼らの腑臓に、おもわず蹴りを見舞ってしまう。
「ふへ、ふへへへへへ……!!
ざまぁみろ……!!私と魔法使いさんに逆らうからだ!
わかったらさっさと死んでくださ……おろろろろろろろ!!」
なお、今回の外獣駆除においては、下調べの段階から『隣で見てないと安心できない!』と要望の下で、対価付きで彼女と共に行動をすることになった。
その結果が、自身の仇であるこの外獣がやられていく様を見て興奮し、喜ぶのが半分。
本能と魂が忌避するレベルの化け物が無数に現れ、そして死んでいく様に損耗し、ゲロを吐くのが半分といったところだ。
「にしても魔法使いさんがここまでやってくれるなんて……私感激です!
ふひひひ、しかも、ここまで爽快に、そしてあっさりと倒してくれるなんて……。
思わず漏らしちゃいそうです!」
「あくまで、今回は例外だからな?
複数の条件が重なった、例外中の例外。
今度からは頼んでも、こういうことはまずしないと思ってくれ」
さて、なぜ私が、当初の自分の言葉を裏切り、こんなことをやっているかといえば、ひとえに今回の相手は複数方面で、殲滅せざるを得ない相手だったからだ。
それは、こいつらの所属が完全な外獣たちの手で運営されている組織であり、確実に契約者の命や人としての尊厳を奪うことを目的にしていたこと。
さらには、彼らの最終目標がこの世界の直接的滅亡であったこと。
その上で、こちらの命と尊厳まで狙ってくると豪語してきたのだ。
ともすればこいつらは、共犯者の願いを抜きにしても、こちらから殲滅せざる得ない相手。
不倶戴天の敵であったからというわけだ。
「ふふふふ、私としては別にどっちでも構いませんよ!
魔法使いさんが、こいつらを殺してくれるなら一緒ですし!。
それにしても、こいつらってあの時と違って殺しても蒸発しませんね。
死んだ後のあの酷い死臭もしませんし……何かの魔法の影響でしょうか?」
「ん~?それに関しては、ここは地球じゃないからな。
そもそも空気がほぼないから、匂いを感じる以前の問題だね。
音もあくまでそれっぽく魔法でごまかしているだけだし」
「え」
現在自分たちがいる奴らの本拠地は、この世界の地球からほんの少しだけずれた時空にある冥王星であったりする。
もっとも、この世界の現実の冥王星と違い、黒い川が流れていたり、羽虫以外にも何匹かの外獣が住み着いている。
そんなめんどくさい小惑星的ではあるが。
「え、えっとその、私あんまり賢くないんですけど……。
今私達が宇宙にいるってことは……あの、大丈夫なんですか?
呼吸とか、空気とか、気温とか。
紫外線?っていうのも気になるんですけど」
「それに関しては、事前の契約でこちらが借りている目や小指を触媒に、君の体に保護の魔法をかけているからね。
基本的には問題ないはずだよ」
そんなたわいもない会話をしながら、この基地内部にいる羽虫どもを順番に処理していく。
もっとも、当初のこちらの予想としては、もっと苦戦をする予定であった。
というのも、この羽虫共は、異生物の作ったネットから欲しい情報を抜き出せたり、一瞬で相手の下へワープできたり、本拠地でもない小惑星を拠点化できるほどの科学と魔法文明を持っている。
そのため、この戦いは、それなり以上に厳しいものになると予想し、最悪の場合は雑な世界移動や逃走も視野に入れていたほどだ。
「でも、いざ始まると向こうがするのは猪みたいな突進と遠距離射撃程度かぁ。
……もうちょっと別の方法も考えろよ」
まぁ、愚痴を言いながらも、おそらくこの外獣は、この地球文明とは隔絶した科学力こそ持っているが、それが戦闘技術やらに繋がってもいないのだろう。
さらには、生物として個というアイデンティティが薄く、人間との社会性も違いすぎるため、こちらの襲撃に対して、真剣に対応するという意識自体が薄い。
その上で、これほどの惨状に対して、一匹も逃げ出さず、こちらを捕まえようとし続けているので、おそらくは昆虫とかそういうのに近い社会性を持つ存在なのだろう。
「正直、この程度の脅威なら、無理に全滅させる必要もないかもなぁ」
「!!!だ、だめです!だめだめ!!
魔法使いさんにとっては、スナック感覚でも、私から見たら、生きた地獄なんですよ!?
それに、こんな大きな巣があるとわかった上で、アイツらを見逃すなんて選択肢は……おろろろろろろ」
自分の後ろで、再びゲロを吐きながら抗議する彼女を見つつ、さらなる奥へと潜入。
侵入者である自分たちに対してはこの虫たちがどのような対応をするかにより、その命運を決めようと考えたのでした。
そして、施設の最深部にて。
『あ、あ、ころ、して、ころ、して』
『いぎぎぎぎぎ、あがががががががが』
『ああああああぁああ!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい』
なんとそこには羽虫たちに連れられた、人間と機械と動物の融合体のような何かが!
「へ~、頭部だけで複数の人間を機械へと連結させ、あえて五感をきらずに最低限の環境対応魔法だけで、動力化。
それに簡易な機械やいくつかの動物のパーツを混ぜることで即興の迎撃兵器に改造したんだ。
さらにはテレパシー機能までつけて、こちらの戦意を削ぐ狙いもあると。
すご~い!なんという科学魔術の無駄遣い!いうなれば、人間戦車、いや、生首戦車ってところかな」
「かひゅ、かひゅ、かひゅ~ひゅ~」
かくしてゲロを吐きすぎて、胃液すら吐けなくなっている協力者を尻目に、生首戦車を羽虫毎撃破。
結論として、この羽虫たちは脅威度は低くても、あまりにも倫理観や社会性が離れすぎていて、交渉や共存は不可能と判断。
その後は、この巣に残った羽虫たちを順番に処分していくのでしたとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます