【声劇台本】人形師瑪瑙

澄田ゆきこ

瑪瑙男性ver

畠:あのぉ、ごめんくださぁい。(しばし、無音)……あら、誰もいないのかな。

……わあ、人形がいっぱいだぁ……。どれも見事だなあ……。目なんか宝石みたいだし、頬も薔薇色ですごくきれい……本当に血の通った人間みたいだ……。(ぶつぶつ)

瑪瑙:お手を触れないでもらえるかな。

畠:おわあっ!? すみませんっ……!

瑪瑙:なんだい、幽霊でも見たような顔をして。

畠:い、いえ……! 完全に油断していたものですから、ついうっかり大きい声が出てしまいまして……!

瑪瑙:……で、何用だい、お嬢さん。ここは子どもが一人で来るような場所じゃないよ。

畠:失敬な! これでももう二十四(にじゅうし)になるのですよ!

瑪瑙:そんなことは聞いていない。何をしに来たのかと聞いている。

畠:ひぃっ、そんな睨まないでくださいよぉ……。あのぉ、人形師の瑪瑙さんという方を訪ねにうかがったのですが……。

瑪瑙:いかにも、俺が瑪瑙だが。

畠:はぇ……? 男の、人……?

瑪瑙:(皮肉っぽく笑い)魔女が男では可笑しいか、お嬢さん。

畠:いえ、そういうわけでは……。

瑪瑙:で、君は何者だ。

畠:はっ……! 申し遅れました、私、「帝国新報」の畠みつ子と申します。

瑪瑙:……記者? 君が?

畠:ええ! 昨年入社したばかりのひよっこではありますが、一応これでも新聞記者をやらせてもらってまして――

瑪瑙:ふっ、冗談はよしとくれ。

畠:本当ですって! ほら、名刺もあります!

瑪瑙:なになに……ふむ、嘘をついているわけではないようだね。

畠:……あのぉ、お話を聞かせていただけないでしょうか。

瑪瑙:……記者風情に話すことなど何もない。

畠:そんなぁ……!

瑪瑙:どうせ君も、面白おかしい三文記事を書くつもりなんだろう。人形師瑪瑙は人間を人形にする魔女だ……という噂を、君も知らないわけではあるまい。だから君は、俺が男だと知って驚いたんだろう?

畠:確かにその噂は存じ上げております……。ですが――

瑪瑙:ならば話は早い。とっとと帰んな。俺に人形にされる前にな。

畠:違うんですっ! 私はその、いわゆる「ごしっぷ」を書きにきたわけではなくてですね! ちゃんと職人としての瑪瑙さんに取材をしに来たんですっ!

瑪瑙:ほう?

畠:悔しくないんですかっ! 瑪瑙さんは真剣に人形を作っていらっしゃるのに、根も葉もないことを好き勝手に言われて……!

瑪瑙:別に、悔しくはないね。こんな噂が立っていても、好事家(こうずか)たちは俺の作った人形を手に入れたがる。別段困っていることなど何もない。

畠:しかし――

瑪瑙:むしろ、人が寄りつかなくてせいせいしているくらいだ。……たまに、君のように興味本位で訪ねてくる人間はいるがね。

畠:興味本位なんかじゃありません! 私は本当に、瑪瑙さんの汚名を払拭したくて……!(泣き出す)

瑪瑙:何も泣くことはないだろう、君……。

畠:だってぇ……。(しゃくりあげながら)

瑪瑙:(溜息)なぜそんなに俺にこだわるんだ。

畠:ぐすっ……小さい頃から、ずっと大事にしている人形があるんです。「瑪瑙」と銘が彫られていて……。私の大事な友達なんですぅ……。

瑪瑙:ほう。となると、君はなかなか良家の子女らしいな。

畠:えへへ、まあ……。女学校ばかりでなく、女だてらに大学まで出させてもらいましたし……。

瑪瑙:とてもそうは見えないがね。

畠:へへっ、よく言われます……。(照れくさそうに)

瑪瑙:……。(呆れ顔)

畠:えへへ……。まあ、私の出自なんて、結局たいしたものではないですしね。私は妾の子ですから。

瑪瑙:へえ、妾。

畠:はい。母は芸者だったそうです。父に見初められて身請けをしたとか。父は、私たち親子に十分な援助をしてくれていましたが、それだけでなく、時々別邸に来てお土産をくれました。

瑪瑙:その一つが、その人形だったと?

畠:はい。それはそれは立派なビスクドールでした。……それから、その子が私の唯一の友達でした。何せ、女学校ではなかなか友達ができなくて……。寂しい時はいつも語りかけていました。

瑪瑙:ふうん……。殊勝なことじゃないか。

畠:……あの子は、子ども時代の私の支えでした。少し古びてしまってはいますが、今でもお部屋に大事に飾ってあります。……だから私、記者になったら、どんな小さな三面記事でもいいから、瑪瑙さんのことを書こうって決めてたんです。なのに、少し調べてみたら、へんな噂ばかりあるじゃないですか……。私、悔しくって……。

瑪瑙:なるほどねえ……。

畠:って、私の話なんかどうでもいいんですよ! 私は瑪瑙さんのことが知りたいんです!

瑪瑙:そうは言ってもな。そもそも、君が持っていた人形というのは、おそらく先代が作ったものだと思うよ。

畠:へ……? 先代?

瑪瑙:その人形を親父さんが買い与えてくれたのは、君が幼い時分のことだったのだろう? なら作ったのは俺じゃない。ひとつ前の瑪瑙だ。

畠:ああっ、確かに! ……失礼ですが、先代さんはご健在で?

瑪瑙:俺が二十歳(はたち)の時に死んだ。だから今は俺が「瑪瑙」を名乗っている。

畠:それは……失礼いたしました……。

瑪瑙:別に気にするようなことじゃない。天寿を全うしたとは言えないまでも、工房で人形を愛でながら死んだのだから、大往生だろう。

畠:そうだったんですね……。となると、瑪瑙さんは二代目ですか?

瑪瑙:そうなるな。

畠:先代さんはどうして西洋人形を作り始めたんでしょう? 

瑪瑙:……先代はもともと西洋かぶれの気(け)があってな。産まれたのが維新後のことだったからかもしれない。瓦斯(ガス)灯なんかが立ち始めて、真新しい西欧のものが一気に入ってきた時代だ。

畠:学校で習いました……! 文明開化、すなわち御一新の始まりですね……!

瑪瑙:ああ。先代の家もいわゆる名家の部類だったらしくてな、先代は勉学のためにフランスに渡り、そこでビスクドールに出会った。魅了されたあまり、現地で職人のもとに弟子入りする始末だ。当然、お家からは勘当されたようだが、それでも人形作りの熱は消えなかった。

畠:そんなに熱中するものに出会えるって、素敵なことですねえ……。

瑪瑙:ふっ、そうかもな。……数年後、帰国した先代は、屋号を「瑪瑙」として人形のための工房を作った。現地のような窯をこしらえるのには相当苦労したが、なんとか形にして人形づくりを開始した。

畠:ふむふむ……!

瑪瑙:そんな折だ。先代はある女性に恋をした。

畠:おおっ、ロマンスの予感……!

瑪瑙:相手は華族のお嬢さんだった。お互い惹かれ合って親しくなったものの、相手には定められた許嫁がいた。結局相手は許嫁のもとに嫁いで、先代の恋は叶わなかった。……そこで先代は、彼女を模した人形を作り始めたんだ。

畠:おおっ……?(困惑)

瑪瑙:先代のこだわりようは、それはそれは凄まじかったようだ。その人形を作り上げるのには半年かかった。そうして出来上がった人形を、先代はまるで人間の如く扱い、事あるごとに話しかけ、服を召し替え、寝食を共にした。

畠:なんだか急に風向きが変わってきましたね……?

瑪瑙:そうしているうちに、神が哀れんだのか魂が宿ったのか、ある日人形は人間となった。先代はこれを妻として迎え入れた。それで生まれたのが俺だ。

畠:ええっと……? え……? ええーっ!?

瑪瑙:ふふっ、信じたかい?

畠:えっ?

瑪瑙:(大笑い)その顔、傑作だねえ……。ふふっ……。

畠:もうっ、揶揄わないでください! さすがに途中から怪しいなって思ってましたよ!

瑪瑙:本当かねえ?

畠:本当ですっ! だって最後の方、ギリシア神話のピュグマリオンの話そのままじゃないですか!

瑪瑙:知っていたのか。

畠:一応これでも大卒なんですっ!

瑪瑙:そういえばそうだったな。

畠:……で、結局どこまでが本当なんですか?

瑪瑙:人形作りに至った経緯はそのままだ。けれど彼は、妻もなく子もなく、ただ人形を作り続けていた。

畠:……と、いうことは、瑪瑙さんは養子でいらっしゃるんですか?

瑪瑙:ああ。……御覧の通りの目と髪だ。それこそ「魔女の子」だとか「忌み子」だとか言われて、生家(せいか)ではひどい目にあった。……寒空の下、裏長屋の外に裸足で締め出されていたところに、先代がたまたま通りがかってな。「うちに来るか」と、そう言ってくれた。……行ってみたらそこら中が人形だらけだったんで、最初は慣れなかったな。

畠:そうだったんですね……。その……容姿こともあって、瑪瑙さんは滅多に表舞台に立たないんでしょうか?

瑪瑙:だって、こんなナリじゃ気味が悪いだろう?

畠:そんなことないと思いますよ。素敵です。雪みたいで、きれいな髪だと思います。

瑪瑙:ふっ、初めて言われたな、そんなこと。

畠:そうなんですか? お顔立ちも、それこそ人形みたいに整っていらして、絵になると思いますよ。写真映えするんじゃないかなあ。……だから私、さっきの話、ちょこっと信じそうになったんですよ。ちょこっとですけど!

瑪瑙:ははっ、そうかい。

畠:先代さんはどんな方だったんですか? お話を聞いた感じだと、なかなかあったかいお人柄の方のようですけど。

瑪瑙:そうだな……。人形への熱は変態じみていたが。まあ、いい人ではあったんじゃないか。

畠:なるほど。先代さんは、養子である瑪瑙さんを、実の親子のように愛してくれていた、という感じでしょうか?

瑪瑙:そう言うとおきれいすぎるな。君たち記者はすぐそうやって美談にしたがる。

畠:す、すみません……。

瑪瑙:そりゃ生活の世話はしてくれたし、情もあったんだろうが、あの人が本当に興味を持っていたのは人形だけだ。……俺を拾ったのも、単に後釜が欲しかったからじゃないかな。

畠:そうですかねえ……。それだけじゃない気がしますけど。

瑪瑙:少なくともその打算はあっただろう。俺が何をしていようが見向きもしなかった人が、人形作りに興味を持った時だけは心底嬉しそうにしていたからな。

畠:それは単純に、自分の好きなものを分かち合える喜び、みたいなものではないですか?

瑪瑙:君は少々人が好(よ)すぎるようだな。あの人はそんなタマじゃないよ。

畠:そうでしょうか……。

瑪瑙:十(とお)から二十歳(はたち)まで十年一緒にいた人間の言葉が、そんなに信じられないかい?

畠:いえ、そういうわけではなくて……。

瑪瑙:君たちの悪い癖だな、良いも悪いも極端に誇張するのは。もっとも、その方が大衆からの受けはいいんだろうが。

畠:うっ……。

瑪瑙:あの人は人形に魂を売った悪魔でもなければ、慈愛に満ちた聖人君子でもない。普通の人間だ。あまり美化しすぎるのは、根も葉もない噂を流しているのと変わらない。違うかい?

畠:違わない、ですね……。すみません。気をつけます。

瑪瑙:ふん……。わかればいいんだ。

畠:……あ、あのぉ……、今度は現・瑪瑙さんであるあなたのお話をお聞きしたいんですが。

瑪瑙:俺の話?

畠:はい! その、人形作りに興味を持ったきっかけって、どんなものだったんでしょう?

瑪瑙:先代の背中を見てきたから、ずっと漠然とした興味はあったよ。工作も好きだったしな。……本格的に教わりだしたのは、小学校を出てからだ。

畠:なるほど。師匠としての先代さんはどんな方でしたか?

瑪瑙:……正直、怖かったな。目つきが違うから。少しでも気を抜くと容赦なく叱責された。

畠:ひええ……!

瑪瑙:……けど、俺がはじめてつくったぶきっちょな人形を、いつまでも大事に飾ってくれたな。

畠:わあ、素敵じゃないですか! ……あのぉ、図々しいですが、見せていただくことって……?

瑪瑙:いいよ。ついでに先代のも見せようか。こっちに来なさい。

畠:わーい! ありがとうございます!

(少し、間)

瑪瑙:まず、俺がはじめて作ったのがこれだ。

畠:ほほお……! これが処女作……!? すごくないですか!? 頬のぷっくりした感じや手足のしなやかさ、素晴らしいですね……! あ、でも、確かに顔つきは今の方が洗練されている気がしますね。

瑪瑙:次が、これ。先代の最後の作品だ。

畠:はわ、貴重な品だあ……。(ごくり)……思わず黙って見ちゃいました。異彩を放っていますね。なんというか、技術ももちろんなんですけど、強い気持ちを感じるというか……。迫力があります。

瑪瑙:俺が知る中では一番の最高傑作だ。俺の目標でもあるが……まだまだ、遠いな。

畠:きっとすぐ追いつけますよ!

瑪瑙:だといいんだけどな。……他に何か、聞きたいことは?

畠:そうですね……最後に、瑪瑙さんが人形を作る時に大切にしていることを教えてください。

瑪瑙:これは先代の受け売りだが……「愛する人だと思って作れ」という言葉は、いつも胸に留(とど)めている。パーツを形成する時も、滑らかに削る時も、常に丁寧に扱おうと心がけている……かな。

畠:ふむふむ、なるほど……! ありがとうございます! ……今日は貴重なお話、ありがとうございました! 記事になったらまたこちらにうかがいますね。

瑪瑙:ふっ、まあせいぜいがんばりたまえよ。

畠:お邪魔いたしました! 失礼しますっ!

瑪瑙:ああ。……やれやれ、随分と騒がしい子が来たもんだ。さて、俺は仕事に戻るとするかな……。


畠:ひっく……ぐすん……。大将! もう一杯!

瑪瑙:大将、邪魔するよ……おや、誰かと思えば。こんな店に来ていいのかい、君。

畠:だからぁ……! 私はもう二十四(にじゅうし)なんですってばぁ! 

瑪瑙:そう言われても、子どもが飲んでいるようにしか見えないね。

畠:童顔なのは認めますけどぉ……! ひっく。

瑪瑙:随分出来上がっているねえ。例の記事はどうなった?

畠:それが……。編集長ったら、「こんな内容じゃ読者は食いつかない、もっと刺激の強い書き方をしろ」なんて抜かしやがってですね! ふざけてますよ、まったく! 瑪瑙さんをなんだと思ってるんだって話ですよ!

瑪瑙:……まあ、大概そんな気はしていたよ。連中にとって俺は、数ある飯の種のひとつにすぎない。読者を釣るには餌は大きくなきゃいけない、ということだろう。

畠:本ッ当に申し訳ありません! せっかく色々話していただいたのに……。

瑪瑙:別に気に病む必要はない。よくある話だ。

畠:なんでそんなに割り切れるんですか? 私は悔しいですよっ! せっかく記事を任せてもらえて、瑪瑙さんのことが書けるって意気込んでたのにぃ……!

瑪瑙:そんなにか。

畠:そうですよっ! 私はあなたの人形に、そして人形作りの姿勢に心底惚れ込んでいたんですから!

瑪瑙:それはそれは……。けっこうなことだ。

畠:はぁ……。「じゃあなりすと」ってもっと高潔な仕事だと思ってました……。私もうフリーになろうかなぁ……。

瑪瑙:好きにしたらいいんじゃないか。

畠:でもなぁ……。お給金がいいんだよなぁ……。母さんの病院代も馬鹿にならないし……。

瑪瑙:……おっかさん、どこか悪いのかい。

畠:肺を病んでまして……。そのことで父も家に近寄らなくなるし、日に日に憔悴していくばかりで……。せめて私が手柄を立てたところを見せたかったなぁ……。母も瑪瑙さんの人形が好きだったから……。

瑪瑙:そうかい……。

畠:ぐすん……。だー! もー飲まなきゃやってらんねぇですよ! (一気にお酒を飲み干し)大将!

瑪瑙:おいおい、大丈夫か……?

畠:大丈夫れすっ!

瑪瑙:呂律が回ってないじゃないか。

畠:ひっく。こんなの全然、ふあぁ……飲んだうちに、入りません、よ……むにゃ……。(カウンターに突っ伏す)

瑪瑙:おい、ちょっと! おーい。おーい! だめだ、起きない……。こんなところに放っていくわけにもいかないし……。はぁ……。(少しの間の後)……大将、お勘定!


瑪瑙:よいしょっと。……うっ、案外重いなあ。


畠:ううん……。鳥が鳴いてる……。頭痛ぁい……。 はっ!!

瑪瑙:ようやく目覚めたか。

畠:ええっと……? すみません、私、昨晩の記憶が全然なくて……。瑪瑙さんがお店に入ってきたことは覚えてるんですけど……。どういう状況ですか、これ?

瑪瑙:酔い潰れていた君を俺が介抱した。

畠:ということは、ここは瑪瑙さんの家……!? わ、わわ、私、瑪瑙さんとひとつ屋根の下で一晩……!?

瑪瑙:……まあ、そうだな。

畠:ひゃぁっ!? どうしよう、結婚前の乙女がこんなことっ!! はわぁーー!!

瑪瑙:そんな顔をするな。心配せずとも、俺は何もしていない。

畠:そっ、そうなんですか……? 信じますよ?

瑪瑙:誰が君のような芋臭い小娘に手を出すか。

畠:なっ……! それはそれで腹立たしいですね……! これでも一人前の「れでぃ」なんですけどっ!?

瑪瑙:そういうことは、大口を開けて寝なくなってから言いたまえ。

畠:はわ、私そんなんでした?

瑪瑙:ああ。間抜け面もいいところだったよ。

畠:ひええ、とんだ醜態を晒してしまった……! ……というか、すみません、ご迷惑をおかけして……。

瑪瑙:別に。俺は大したことはしていない。

畠:でもでも、布団までお貸しいただいちゃったし……。

瑪瑙:俺は先代のものを使ったから問題ない。もともと二人で暮らしていた家だ。

畠:そうですか……。ならよかったです。

瑪瑙:まあ、運ぶのに少々骨は折れたがね。

畠:うっ……。まあ、瑪瑙さん細いですしね、そういうことですよね、うん。

瑪瑙:……。

畠:……。(咳払い)と、とにかく、介抱してくださってありがとうございました! このお礼は後日また必ず!

瑪瑙:いや、結構だが。

畠:私がしたいんですっ! ……あ、いけない、もうこんな時間!? 私、仕事に行かなくちゃ! 失礼します!

瑪瑙:ああ、気をつけて――

畠:(転ぶ)おわぁっ……!? いててて……。

瑪瑙:……相変わらず賑やかな奴だな。


畠:こんばんはー! 瑪瑙さぁん! いらっしゃいますかー?

瑪瑙:はいはい……また君か。

畠:はいっ!

瑪瑙:そんなに大きな声を出さずとも、聞こえている。

畠:先日はどうもお世話になりました! 仕事帰りに恐縮ですが、これ、お礼の品です!

瑪瑙:ふうん……。米屋(よねや)の羊羹じゃないか。いい趣味だね。

畠:へへっ、先輩に教えていただきまして。

瑪瑙:なるほどね。ありがたく受け取っておくよ。

畠:ありがとうございます!

瑪瑙:……懐かしいな。先代もこの羊羹が好きだったんだ。

畠:そうだったんですかぁ……。ふふっ。

瑪瑙:何をにやついている。

畠:いえ、瑪瑙さんはやっぱり、先代さんのことを慕っておいでなのだなあと思いまして。

瑪瑙:馬鹿言え。あんな奴ただの人形狂いの変態爺だ。

畠:またまたぁ。

瑪瑙:……。(渋面)

畠:あっ、そういえばですね、ひとつご報告がございまして!

瑪瑙:なんだ。

畠:なんと、正式に瑪瑙さんの記事を書かせていただけることになりました! もちろん、「ごしっぷ」じゃなくちゃんとした記事ですよ!

瑪瑙:へえ。これまたどういう風の吹き回しだい。

畠:編集長はお話にならないので、社長に直談判しました! 小一時間瑪瑙さんについて語らせてもらったら、「そこまで言うならやってみなさい」とお許しが出まして!

瑪瑙:……君の押しの強さもここまでくるとあっぱれだな。

畠:えへへ……。(照れくさそうに)

瑪瑙:褒めていないよ。

畠:あれっ、そうなんですか?

瑪瑙:……。

畠:とにかく、後日また取材にうかがいますね。今度は写真屋さんも同伴いたしますので、びしっと決めておいてください。

瑪瑙:写真ねえ……。あまり気は進まないが……。

畠:せっかくきれいなお顔をしていらっしゃるんだから、使わない手はないですよ! きっと注文殺到間違いなしです!

瑪瑙:そうかねえ……。

畠:そうですとも! これを機にビスクドールの魅力が広まれば、きっと先代さんも喜ばれます!

瑪瑙:……だといいんだが。

畠:それでは、あまり遅くなるといけないので、今日はこの辺でおいとましますね。

瑪瑙:ああ。……あ、そうだ。

畠:はいっ?

瑪瑙:今度、君の家にある人形をもっておいで。手入れをしてきれいにしてやる。

畠:(ぱあっと顔を輝かせ)はいっ! ぜひ!

瑪瑙:それじゃあ。気をつけて帰るんだよ。今度は転ばないようにな。

畠:はいっ! ……わあっ!

瑪瑙:……今度はどうした。

畠:見てください! 月がきれいですよ……!

瑪瑙:本当だ、見事だね……。

畠:うふふっ、なんだか嬉しくなっちゃいますね。

瑪瑙:ああ、こら、上を見ながら歩くんじゃないよ。

畠:おわあっ!? あでっ……。

瑪瑙:ほら、言わんこっちゃない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る