血の覚醒編
16話 5年後のアルクス達と闘気の訓練 (アルクス12歳の冬)
アルクス・シルト・ルミナスが刀術・六道穿光流及び魔術に対して本腰を入れ始めてからおよそ5年の月日が経過した。
荒削りだった隠れ里の周囲も整ってきている。具体的なところで言えば、中央にある広場をもう少し見栄えを良くしたり、隠れ里の周囲30
この魔術はヴィオレッタが考案したもので、実際に人の五感に作用する術というわけではない。そもそも人の精神や五感を直接狂わせるような術は存在しない。なぜなら本人の魔力に弾かれるからだ。魔術や魔法が闊歩しているこの世界においても、精神に影響を及ぼす魔術など与太話やおとぎ話扱いされるだろう。
ならば実際にはどんな術かと言えば、そのエリアに入り込むと一歩ごとに周りの景色が違って見えるのだ。原生林の中でそんなことになれば方向感覚どころか正気すら失う可能性のある地味ではあれど怖ろしい魔術だ。
アルクスことアルは現在12歳。可愛らしいと奥様方に誉めそやされていた母譲りの顔立ちはここ数年で精悍さが顔を出し始め、刀術をやっている割に過度な筋トレを行わないよう指導されているので身長も順調に伸び盛りだ。
いまだ初伝だが六道穿光流を修めているせいなのか、はたまたその異国の剣術流派と本人の親和性がやたらと高いせいなのか、独特の悠然さと異国情緒を感じさせる。六道穿光流の師、八重蔵の影響を受けてか服装も着やすい和装染みたものを好むせいもあるだろう。
また適当に伸びたふわふわの銀髪はあまり変わっていない。しかしその紅い瞳は気合や覚悟を抽出して煮固めたような強い意思の輝きを放っているが、以前より精神が複雑になっているためか時折憂いを表す陰りも垣間見える。
アルを可愛がってきた年上のお姉さんたちには、この男性をチラリと感じさせつつも中性的な雰囲気が非常に人気だ。ちなみに一番喜んでいるのは母トリシャで「お母さんとあの人の良いとこ取りね。でもその眼光はもう少し抑えなさい」とのことだ。
アルの幼馴染たちも彼同様、それぞれ成長していた。
マルクガルム・イェーガーことマルクはやんちゃ坊主のような顔立ちに父親譲りのワイルドさが混じり始め、身長も幼馴染組の中でも最も身長が高い。日々の稽古によって伸びた端から適度な筋肉がついていき、上背のあるガッチリした体躯だ。
ワインレッドの髪はつんつんしていた短髪から多少伸びているが、これは人狼になるなら別に伸びても戦闘には支障がないと本人が判断したせいである。
普段の生活で鬱陶しくならないくらいに伸ばした方が寝癖を直すのも楽でいいという無精からきているものだが、妙にワイルドさを引き立てているようでマルクもまた野性味のある男性にクラっとくるタイプのお姉さんたちから人気である。
イスルギ・凛華も身長が伸び、本人は邪魔に思っているが母の水葵から遺伝したのか胸もすでに発達しはじめていた。しかしほぼ毎日稽古ばかりしているためスラリとした引き締まった手足、一本背筋に芯の入った歩き方でスタイルはかなり良い方だろう。
また見た目の印象は4人の中で最も大きく変化している。玲瓏な顔立ちに怜悧な青い瞳、二本角をあまり隠さない前髪に、肩ほどまで伸ばしてシンプルな白い髪留めで一括りにされた肩ほどまである後ろ髪。深窓の令嬢染みた儚げで大人しそうな印象から名が体を表しような凛とした雰囲気を放つようになった。
その佇まいやサッパリした性格から年下の幼女や少女たちからは憧れの眼差しを向けられ、凛華自身の性格をよく知る里の少年や青年たちからはむしろ恐れられている。その筆頭は兄の紅椿だ。あの4人組のなかで一番早く手が出る、という噂を流しているのはもっぱらこの兄である。
シルフィエーラ・ローリエことエーラもしっかり成長していた。身長は4人の中で一番低く体型もいまだスレンダーであるが、母のシルファリスと姉を見ているためか本人に不安はない。
小麦色の肌に乳白色を帯びた金の短髪。右耳に小さな羽飾りのついた装飾品をつけ、元気の良さそうな活発な印象を与える顔立ちはそのまま。そこに女性らしさが芽を出したような印象だ。くりくりっとした好奇心旺盛な目も変わっていない。
弓の練習を他の年下や年上の子供たちより早くはじめ、始めたときには魔力感知もなんとなしできるようになっていたため熟達速度が尋常ではなかった。
また生来の気質が精霊に好かれやすかったらしく『精霊感応』を使いこなして、簡易狩猟場にいる魔獣なら足留めから仕留めるまでを一人で熟せるようになっている。
一度狩りの途中で至近距離まで獲物に寄られて怪我をしかけた。それ以来アルと短剣術の訓練をするようになった。
最初は凛華に頼んだのだが非常にアバウトな指導の上、しまいには『短剣なんて使ったことない』とそれまでを全否定するようなことを言われたためアルに頼んだのである。
それまでにはアルも何とか『刀以外でも・・・まぁ見れなくはないかな?』くらいに成長していたので一緒に訓練することになった。結局後から凛華もマルクも参加するようになり、短剣術を上達したいのか短剣を使わないでも良い状況を作る鍛練を積んでいるのかよくわからない状態だ。
性格はおそらく4人の中で最も変わっていない。老爺と天気の話をして飴をもらい、年上のお姉さんたちと話してお化粧道具を借り、年上のお兄さんたちのコイバナに首を突っ込んで干し肉をもらい、それらを振舞いつつ年下の少年少女たちと追いかけっこをする。そんな感じであるため里の中では一番顔が広く、親しみやすい少女としても知られている。
▽▲▽
今日はそんな成長著しい4人が同時に集められた。場所は西門を抜けた訓練場の更に奥―――鍛錬場。朝一番に来るようにとのことだ。
アルと凛華が草原を連れ立って歩いていたところへ残りの幼馴染2人が合流した。
「あれ?マルクとエーラも呼ばれたの?」
アルの問いにマルクが欠伸をする。
「ふわぁ~・・・おう、そっちも呼ばれてたんだな~。何やるか聞いてる?」
「いんや、俺たちも朝来いって言われただけ」
4人で合同訓練でもやるのだろうか?アルとマルクは首を傾げた。ちなみにアルの自称は10歳の誕生日を迎えたその日にぼくから俺へと変えている。
「おはよぉ~二人とも。早いねぇ~」
マルクの欠伸が移ったのだろう。エーラはくぁ~っと伸びをしながら挨拶をした。
「おはよ。あたしたちもさっき来たのよ」
凛華はいつも通り目をキリッとさせて言うが、朝は弱い方だ。アルと一緒に来たのも寝坊しないよう迎えに来てくれと頼んだからである。
4人がまだまだ眠そうにどうでも良い会話をしかけていたところで、アルが振り向いた。六道穿光流を学び始めてから気配に対してやたらと鋭敏な感覚を会得することになったのだ。
そんなアルに釣られた3人がそちらを見ると、そこには歩いてくるヴィオレッタと八重蔵がいた。
―――なぜ2人いっしょに?4人の心の声が揃う。
「おはようじゃ、4人とも。時間をしっかり守っておるようで何より」
ヴィオレッタはそんな4人へ向けて「感心感心」と言うようににこやかに挨拶した。
「「「「おはようございます」」」」
挨拶をしてすぐ集められた理由を訊ねようかとアルだったが一度様子を見ることにして口を噤む。
「汝らを集めたのは他でもない、今日から里の見回りに参加してもらおうと思ったからじゃ。時間は夕方から宵の口、場所は里内じゃ。言ってしまえば里の守衛見習いのさらにその見習いといったところじゃの」
さっさと本題を語ったヴィオレッタ。4人は目を白黒させている。
「えぇと、ヴィオ様。言われたことは聞き取れましたけど俺たちまだ12歳です。見回りって早くないですか?」
困惑から真っ先に脱け出したマルクが手を上げて疑問をぶつけた。守衛の新人はおよそ18歳から、その見習いが15歳からが里では一般的。見習いの見習いと言われたがぶっちゃけ12歳じゃ早すぎるのではないか?そもそも必要なのだろうか?
「うむ。それぞれの指導役から話を聞いての。里内の見回りくらいであれば実力的にも問題ないとのことじゃ。と言うたが半分は汝らを鍛えるのが目的じゃの」
「あのぅ、ヴィオ様いいですか?仕事の内容を教えてください。夜になっても帰ってない子供をボクらが家に帰すとかですか?」
「そんなとこじゃの。他にも一通り見て回って普段の里と違う点などを見つけて報告するのも仕事じゃ。そろそろ冬も本格的になるでの、火事なんかには気をつけねばいかん時期じゃろう?」
「あ、そういうのもあるのかぁ。えと、わかりました・・?」
エーラの質問から職務内容についてはある程度理解できた。凛華もふうっと息を吐き、気合十分といった表情だ。しかしながらアルにはまだ疑問がある。
「師匠。見習い仕事の中身はわかりました。でも八重蔵おじ―――先生がいらっしゃる理由を教えてもらってません」
師の性格はよく知っている。見習い仕事を言い聞かせるだけに八重蔵を連れてくる理由などない。
ヴィオレッタは艶麗な顔を綻ばせた。こちらがメインなのだ。
「うむ。そちらは今から説明しよう、こっちが今日の本題じゃ。八重蔵に来てもらったのはもう一つの訓練を前倒しで始めることにしたからでのう」
「もう一つの訓練・・・?ですか?」
「うむ。”魔法”を覚え、魔力の扱いを覚え、身体の使い方を覚え、尚且つ魔獣相手の戦闘経験もある。どれをとっても年齢の割には熟達しておる方じゃ。そう判断したからこそのもう一つ上の訓練になる」
「上・・・・魔術は―――違うか。何ですか?」
首を傾げるアルともっとわからないという顔をする3人。
「魔術は有志じゃの。学びたいと思えばいつでも生徒として受け入れよう。そうではない。魔力の扱いをしっかりモノにしている者以外に扱わせると危ない。じゃから大体―――そうじゃの、早くても見習いくらいにならねば教えぬものじゃ」
「「「「?」」」」
やはりわからない。凛華の兄、紅椿やエーラの姉、シルフィリアは何か言っていただろうか?
「闘気じゃよ。汝ら全員に資格ありと判断したから今回呼んだのじゃ。そして八重蔵がおるのはその教導役、儂が監督役じゃの」
「闘気・・・?って何ですか?」
何が何やらちんぷんかんぷんだという4人の表情を見て、八重蔵が前に出た。
「里長殿、闘気の説明は俺がやりましょう」
「では頼むとしよう」
説明が始まった。
「闘気ってのは体内の魔力を燃焼させることで発生する不定形の力の塊だ。
魔力と違って属性の変質なんかは効かねえ。まぁ・・・無属性魔力みたいなタチだが魔力を燃やしてる分適当に魔力を放つよりも圧倒的に強力だ。
きちんと使いこなせりゃ”魔法”並。けど扱いが難しいし加減を間違えれば体内の魔力を燃焼し尽くして危機に陥る諸刃の剣にもなる。
特に凛華とマルクは”魔法”と併用するときは注意しとかないと一瞬で燃料切れで倒れちまう。あ、剣気や殺気なんて言われてるもんとは別もんだからな。あっちはもっと感覚的なもんだし魔力は使わねえ」
「ついでに付け加えるとすれば、呼び方は種族ごとで違ったりもするが基本は同じものということじゃな。凛華であれば鬼気、アルであれば龍気、エーラであれば
即座にヴィオレッタの補足が入る。こちらはやはり学術的な説明だ。
4人は思わず顔を見合わせて「うん・・・うん?」「むぅ」などと唸る。情報量が多いと言うより耳馴染みのない言葉のせいで理解に時間がかかった。
つまり・・・魔力を体内で燃やせばいいのか。でも下手打つとやばい。要件を満たさないと教えないと言った以上はおそらく―――いやきっと難しいはずだ。ことこういった戦闘に関わりそうな何かが今まで簡単だったことなどないのだから。
「まぁ、そうなるわな」
4人を見て八重蔵はぽつりと言う。そもそも魔力を燃やすというのがよくわからないだろう。
「実演してみせてくれぬか?効果のほどはそれでわかろう」
ヴィオレッタの指示を聞いた八重蔵が凛華に呼びかける。
「おーい凛華。”魔法”使ってこれで俺に斬りかかれ、ほれ」
そう言いつつ娘へ長剣を投げた。
「えっ?でもこれ真剣じゃん」
革鞘から長剣を引き抜いた凛華は驚く。父の強さは理解しているが”魔法”まで使うのはさすがに危ないだろう。
「いいから。大丈夫だって」
対する八重蔵は自然体そのものだ。早くしろと言わんばかりの顔に凛華もグッと気合を入れる。凛華の顔に朱色の隈取が浮かび唇にも血のような赤色の口紅が引かれる。鬼人族の”魔法”―――『戦化粧』を使ったのだ。発現したての頃よりずっと色が濃い。
「わかった、じゃあやるわよ!知らないからね!?――――はあああああッ!!」
言うが早いか八重蔵へ目掛けて一足で間合いを詰める。そしてすぐさま長剣を真っ直ぐに振り下ろした。
ガッチイッ・・ィィン。
そんな音を響かせて八重蔵は掌で凛華の剣を挟み込んで受け止め、次いでこちらに向ける。
斬りかかった凛華含めて4人は目を見開いた。一筋の切創もない。少し赤くなっているくらいだ。
「わかったか?こんな具合で強力な武器になる。見てやるからやってみろ。あんな感じだ」
そう言って腕を組む八重蔵。一度見せたし出来るだろうと言わんばかりの顔だ。
「いや八重蔵よ―――」
「「「「そんな簡単にできるかぁ!」」」」
余りにもぞんざいな指導にヴィオレッタの言葉を待たずして子供たちはツッコミを入れることになった。
闘気はその性質上かなりの魔力を消耗する。慣れていなければ尚更だ。結局その日は闘気の訓練で一日潰れ、アルを含めて4人共疲れ果てて口数も少なく帰路につくことになるのであった。
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