103 夢を売る店


町の片隅に、ひっそりと佇む一軒の店があった。看板には「夢を売ります」とだけ書かれている。興味本位で訪れる人もいれば、真剣に夢を求める人もいたが、どんな夢が買えるのかは誰も知らない。


ある日、一人の中年男性がその店を訪れた。仕事に疲れ、家族との関係も冷え切っている彼は、何か新しいものを求めていた。


「夢を買いたいんですが」

と男性が言うと、店主は静かに微笑んだ。


「どんな夢をお望みですか?」


男性は少し考えた後、答えた。

「成功の夢が欲しい。金持ちになり、家族に囲まれて幸せな生活を送りたい。」


店主はうなずき、古びた棚から一本の小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。


「この瓶に、その夢が詰まっています。寝る前に一滴だけ飲んでください。」


男性は半信半疑ながらも、店主の言葉を信じて瓶を購入した。その夜、彼は指示通りに一滴だけ飲んで眠りに就いた。


夢の中で、彼は億万長者になり、大きな家に住み、愛する家族に囲まれていた。現実では味わえない幸福感が彼を包み込んだ。


しかし、朝が来ると、すべてが消えていた。夢は夢でしかなく、彼は再び現実の厳しさに直面した。


「夢が消えるなんて、なんてひどい店だ!」

彼は怒りに任せて店に戻り、店主に詰め寄った。「あなたは詐欺師だ!この夢は何の役にも立たない!」


しかし、店主は冷静に答えた。

「お客様、夢は夢です。それ以上を望むなら、現実を変えるしかありません。」


その言葉に何かを悟った男性は、やがて店を後にした。夢を追いかけることよりも、自らの手で現実を変える決意を胸に秘めて。


数年後、男性は再び店を訪れた。今度は成功者としての顔を持って。


「ありがとう、あの夢が私を動かした」

と彼は微笑んで言った。


店主もまた、静かに微笑んだ。

「こちらこそ、お客様。」


その言葉が交わされた瞬間、店は静かに姿を消し、跡形もなくなった。

まるで現実も夢だったかのように……。

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