93 空腹の饗宴

遥か未来、地球上のすべての生物は高度な進化を遂げ、自給自足の生活をしていた。食物連鎖は過去のものとなり、各々が太陽光や風から直接エネルギーを吸収することで、生きていくことができるようになっていた。


しかし、ある日突然、古代の感覚が蘇った。それは「空腹」という感覚だった。空腹は一種の病として恐れられ、広がりつつあった。各地で人々は突如として何かを「食べたい」という欲望に駆られ、社会は混乱の渦に巻き込まれた。


「このままでは人類は滅びる」

研究者たちは急いで対策を講じるが、特効薬は見つからない。そんな中、一人の天才科学者が大胆な提案をした。


「過去の食文化を再現し、その原因を探ろう」と。


巨大なドームが建設され、中に過去の食事風景が再現された。テーブルには豪華な料理が並び、香ばしい匂いが漂っていた。科学者たちは緊張しながら、そのドームに一人ずつ患者を入れていった。


最初の患者、アランがドームに入ると、目の前の料理を見て一瞬立ち尽くした。


「これが……食べ物か?」

と、アランは震える声でつぶやいた。しかし、その瞬間、彼の顔が青ざめ、目は恐怖に見開かれた。突然、アランは料理に背を向け、全速力でドームから逃げ出した。


「腹ペコが治った!」

彼は外で叫び、驚いた顔で太陽を見上げた。


次々と患者たちがドームに入るが、誰もが同じように恐怖に駆られ、逃げ出していった。科学者たちは首をかしげながら、その現象を解析した。


「一体どうして……?」

ある科学者がつぶやくと、天才科学者が静かに答えた。

「彼らの『腹ペコ』は実際の空腹ではなく、『過去の飢餓感』が精神的に再現されただけだったのだ。つまり、彼らは本当に食べ物を必要としていたわけではなく、ただ過去の記憶が蘇ったに過ぎなかったのだ。」


その発見により、人々は安心し、再び穏やかな生活を送ることができるようになった。だが、ドームの中の料理は誰も手をつけることなく、永遠にそこに存在し続けた。


数年後、そのドームは観光名所となり、訪れる人々は好奇の目でかつての料理を見物したのだった。

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