第14話 コラボ配信・教えてステラ先生! 実戦訓練

 ギィィン、という鋭い金属音が白い部屋の中に鳴り響く。

 ぶつけた剣同士で鍔迫り合うヒナと骨の兵士のようなモンスター、スケルトン。しかしヒナがそのまま力任せに押し込めば、スケルトンはたたらを踏んで体勢を崩した。

 そうしてできた隙に、すかさずヒナはもう一歩踏み込む。


「せぇええええい!!!!」


 裂ぱくの気迫と共に振りぬかれる両手半剣バスタードソード

 それはガツンという鈍い音を立てて骨の体にぶつかり、スケルトンを大きく後ろへと弾き飛ばす。だがしかし、倒しきるには至らない。一撃でそのモンスターの硬い骨を砕くには、ヒナの膂力が足りないのだ。

 そうして剣を振りぬいた姿勢のままのヒナの横を、黒い影が走り抜ける。とっさにそれを追おうとした彼女であったが、攻撃直後で体勢が整っておらずに、わずかに体を向けることしかできなかった。そしてそのままその影が後ろに迫ることを許してしまうこととなった。


「ごめんハルカちゃん、抜かれました!」

「まかしとき!」


 ヒナの呼びかけに応え、その黒い影を迎撃に向かうハルカ。

 彼女が迎撃しようとしたその影は、黒い毛皮で身を覆った人の腰ほどの大きさのある獣、名称をジャイアントラット。その名の通り、ネズミのような姿をしているモンスターだ。

 その大きさに似合わずネズミらしい俊敏さを持ったそのモンスターは、迎撃しに来たハルカに逆に襲い掛かろうと牙を剥く。だがしかし、ハルカは顎を蹴り飛ばすことで対処。そのまま手に持った短剣で追撃をかける。


「せあっ!」


 彼女は逆手に構えなおした短剣を振りかぶると、勢いよくジャイアントラットの脳天に突き立てる。

 根元まで短剣の刺さったその獣は、ハルカが短剣をグリ、と捻ったことによりビクンビクンと痙攣しはじめ、そのまま動きを止める。絶命したのだ。


「こっちは倒したで、そっちは!?」

「すみません、まだ、です……!」


 手際よくモンスターを処理したハルカは、ヒナの方に顔を向ける。

 そちらのほうでは、まだ少女とスケルトンの剣と剣による応酬が続いていた。

 ヒナが剣を振るえばスケルトンが手に持った剣でそれを防ぎ、骨の兵士がそれに返すように剣を叩きつければ少女がそれを自らの剣で叩き落す。その繰り返しが続く、どちらも決め手に欠けるそのやり取りにはヒナの問題が良く表れていた。

 身体能力で言えばスケルトンよりもヒナの方が高いのだが、しかし彼女は技量が足らずに振り回されるように剣を振るってしまっている。そのせいで、スケルトンの剣をはじくことができてもそこから追撃に移ることができずに、防御を許してしまっているのだ。

 これで防御の上から叩き潰せるほどの膂力があればそれはそれで問題なかったのだが、ヒナにそれはまだできない。故に一対一でスケルトンを倒すことができずに戦闘を長引かせてしまっているのだ。


「ヒナちゃん! 支援魔法、かけるよ……!」


 その戦況に一石を投じるべく、リリがマナを練り上げ、ヒナへと魔法をかけようとする。

 だが。


「あかん! リリ、後ろや!」

「えっ!?」


 そんな彼女の背後から、人影のようなものが襲い掛かる。

 スケルトンだ。

 ヒナが相対しているものとは別の個体、槍を持ったそれがリリの後ろに回り込んでいたのだ。

 その状況に、ハルカは慌てて魔法でもってリリの援護をしようとするがしかし。


「っ、あかん、こっからじゃ……!」


 スケルトンに『射出』の魔法で攻撃するには、リリの体が邪魔だった。

 彼女の後ろから襲い掛かるスケルトンに、ハルカの位置からでは射線が通せないのだ。


「ひっ……!」


 ヒナはまだ別の個体と戦闘中で、ハルカの位置からでは駆け寄っても間に合う距離ではない。

 それゆえに、今まさにリリに襲い掛かるスケルトンを止めてくれる仲間はいない。

 その事実に、リリは身をすくませて動きを止めてしまう。

 そうなってしまえば、少女はもうモンスターに狩られるだけの獲物でしかなかった。


「リリちゃん……!」


 そんな彼女に呼びかけるヒナの声もむなしく。

 カタカタと骨の擦れる音を鳴らしながら、スケルトンは振りかぶったその槍をリリへと突き出す。


「きゃぁっ!」


 その槍がリリに刺さり、魔術障壁マギテクスシールドが破れ戦闘不能判定が出たその瞬間。


「はい、そこまで!」


 突然横から聞こえてきたその言葉と共に、すべてのモンスターが消滅した。

 ステラがコンソールを操作して、戦闘を終了させたのだ。


「だはー、いや三体同時はこれ無理やってぇ」

「うう、一体倒すのに手間取ってしまってすみません……」

「わ、私も援護が遅れちゃってるから……ごめんね」


『うーんだめかー』

『二体までは全然余裕そうだったのになぁ』

『失敗はこれで三回目か』


 ステラの宣言に地面に倒れこむ三人と、残念そうにするコメント欄。

 そう、今の戦闘はハルカも言った通り三体同時に相手取る、戦闘訓練の三段階目だったのだ。

 一、二段階目を一発でクリアした彼女たちは、しかし三段階目である三体同時戦闘をクリアすることができず詰まってしまったのである。


「いやー、見事にだいたいの新人が一度詰まるところで詰まりましたわねぇ」


 そんな彼女たちとコメント欄を見ながら、あっはっはと笑うステラ。


「ちょっと、なにわろてんねん。こっちは真剣なんやで!」

「そうだそうだー! なんかこう、もっと良い感じのアドバイスくださいよー!」


 楽し気に笑う彼に、少女たちは不満げに口をとがらせぶーぶーと文句を言った。

 だがそれはそうだろう。自分たちが失敗した様を見て楽しんでいるのだから、文句の一つや二つくらい出てくるというものである。なお、何も口に出してはいないリリも、当然言いたいことはあるのでジト目でステラのことを見ていたりする。

 そうして彼女たちに文句を言われたステラは、「はいはいわかりましたわかりました」と半分笑いながら答える。


「ですが、アドバイス自体はもう与えているでしょう? あとは実践するだけですわよ」

「うー……それはそうですけどぉ……いやでも難しいですって!」

「しょうがない子ですわねぇ……」


 ステラの言葉に、まだ難しい顔をするヒナ。

 そんな彼女に、ステラは軽くため息を一つ。


「まあ改善点はいろいろとありますが……とりあえずすぐに実践できそうなこととして言えるのは、きちんと前衛がモンスターを引き付けておく、ということですわね」

「うっ」


 そして彼の口から出てきた言葉に、ヒナが気まずそうに目を逸らした。


「三体同時になってからの三回。すべて、モンスターに横から抜けられてリリさんが魔法を使う前に攻撃を通してしまった、という失敗をしておりますわね」

「は、はい……」

「そうなってしまう原因は、ひとえに前衛がモンスター一体に構う時間が多く、他のモンスターの相手をできていないからです。ご自身もそれは理解しておりますわよね?」

「はいぃ……」


『確かにそういう失敗だったなさっきのも』

『つまりさっさと倒せばいいってワケ』

『でもすぐ倒せるならそもそも失敗せんやろ』

『それはそう……』


 ステラの指摘に縮こまるヒナ。確かに彼の言っていることは間違いではなく、先ほどの戦闘もヒナが相対していたスケルトンを早く倒してほかのモンスターの足止めもできていれば、リリが魔法を使うまでの時間もあっただろう。

 だが言うは易し行うは難し。コメントでも言われている通り、それができるのならば苦労はないのだ。

 では、どうすればいいか。


「というわけでとりあえず、ヒナさんは目の前の相手を倒そうとするのをやめましょうか」

「はぇっ?」


 その答えとしてステラから出た言葉に、ヒナは驚いて目を丸くする。

 それはリリとハルカも同様で「えっ」「どゆこと?」と頭の上に疑問符を浮かべているし、コメントでも『なんで?』『倒さなきゃ勝てなくない?』と書き込んでいるものが多数見受けられた。

 だが、コメントの一部に『まあそうだよな』『あそこは倒しに行く場面じゃないしな』とステラに同意するものもある。つまり、ステラの言葉はそう突飛なものではないと感じる者もいるのだ。


「理由は一つ。貴女の仕事が足止めだからです」


 その理由について、ステラはそう言って説明する。


「対複数の戦闘の際、貴女はリリさんが魔法を使うまでの時間を稼ぐことが目的となります。なぜならば、現状の貴女には即座にモンスターたちを倒すほどの技量が無く、それを為すために味方の支援を必要とするからですわ。

 だからこそ、貴女はすぐに倒すよりも、より多く、より長く敵を引き付けることを意識せねばなりません。支援が来るまでは体勢を崩した相手に追撃するより、すぐに動きそうな別の敵に注意を送るべきです」


 「そして、そのためにはハルカさん」と今度はハルカに言葉を向けるステラ。急に話を振られたハルカは「えっ、ウチ!?」と驚いた表情を見せる。

 そんな彼女に、ええそうですとステラは頷く。


「貴女はヒナさんが上手く足止めできるようにサポートする必要があります。無論ヒナさんともども、可能なら敵にとどめを刺しても良いのですが……それよりも、広く視界を取り、抜かれたモンスターの注意を引いてその場に留める、可能ならそれをヒナさんの方に誘導することの方が重要でしょう。

 例えば先ほどの場面ような場面ではジャイアントラットにとどめを刺すために足を止めてしまうよりも、一撃加えたらすぐに周囲の警戒をするべきでしたね。そうすればスケルトンの接近に気づけたかもしれませんから」


 ステラの言葉になるほどと頷くも、「でもそう言われても、急に視野を広くとるってむずくない?」と少し難しそうな顔をするハルカ。ヒナの方も、言われたことを飲み込もうとしてはいるが「ちゅういちゅうい~……うーん」とうんうん唸りながら目を回している。コメントも『なるほどなぁ』『言うは易しなんだよな……』『実際やってみるとなかなか目の前以外に注意払うって難しい』と、納得半分、難しいと思うもの半分と言ったところだろう。実際、ステラも言いながら初心者にいきなりやれと言ってできるかと言われるとまあ難しいだろうなとは思ってはいる。


「ま、低ランクダンジョンだと上層で三体以上同時にエンカウントすることは少ないので、今言ったことは追々できるようになればいいですわ。

 そして最後にリリさん」

「う、うん!」


 先ほどまでの指摘に頭を悩ませている二人を見ながら苦笑いしていたリリは、ステラに言葉を向けられて姿勢を正す。

 そんな彼女に、ステラは一言。


「走りなさい」


 それだけを言った。


「うぐぅ」


『簡潔すぎて草』

『バッサリ過ぎて笑っちゃった』


 うめき声を上げながら崩れ落ちるリリ。そんな彼女に、ステラは呆れたようなジト目で言葉を続ける。


「後衛だからといって守られる事を当てにするだけではいけませんわよ。

 走って逃げ回るのです! さすれば生存率も上がりましてよ!」

「し、シオン先輩に言われたのと同じ事言わてれるぅ……」

「みんな言いますわ! 探索者は足を止めないのが基本ですので!」

「ワァ…ァ……」


「あ、はは……」

「ま、まあ正論やし……」


『泣いちゃ……った!』

『リリちゃんぇ……』

『でも足を止めないのが基本なのは間違いないので……』


 ステラの勢いに、何といっていいのか絶妙な表情で静かに涙を流すリリ。

 だがヒナたち二人は曖昧に笑ってそれを見るばかりだし、コメントにもリリの味方をするものはなかったので、リリはそのまま沈むこととなった。

 そんな彼女に「基本ですので……ね!」と念押ししてさらにうめき声を上げさせたステラは、はてさてとタブレット端末……の、時計を見る。


「それではもう一戦……と言いたいところなのですけれども。これ配信お時間そろそろおヤバですわね?」

「え? あっ、もうこんな時間ですか!?」


 そしてその時計を見ながら言った彼の言葉に、ヒナが驚いた顔をする。時計は、もう配信の終了予定時刻を示していた。

 それを確認したヒナは「それじゃそろそろ締めないと……っとその前に」と、ステラの方へと向き直って頭を下げる。


「それじゃあステラさん、今日は本当にありがとうございました!」

「まあ、今日は正直、だれでも教えられる範囲のことしかできませんでしたけどね。次の機会ではもうちょっと、高ランク探索者っぽいことを言えたらなと思いますわ」

「おっ、次の機会……っていま言わはったな? ってことは~?」


  ステラの言葉を、ニヤリと笑って拾うハルカ。その言葉に、じゃじゃーんと言わんばかりの楽し気な顔でヒナが続く。


「そう、実はこのコラボ! 第二弾として今度はステラさんとダンジョンに潜るコラボ配信も企画されておりま~す!!」


 どんどんぱふぱふ~と盛り上げるヒナのその言葉に、コメントの方も『わーい!』『やったぜ』『おお~!』と大きな盛り上がりを見せていた。


「というか本当はそっちがメインで、今やってるのがおまけなんだけどね……今日はたまたま時間があったからやってるだけで」

「まあまあ、それは言いっこなしやでリリ。元々ダンジョン攻略配信の打ち合せに来たステラさんを、ついでに無理矢理この場に引っ張りだしたとかは内緒の話や」


 そこにひそひそと付け足したリリとハルカに、『そうだったのかw』『無理矢理て』『うーんこの』というコメント。それを見つつ、「まあわたくしも配信のこととかまだよくわかってないので勉強になりましたわ」と軽く言いながら、ステラは改めてカメラに顔を向ける。


「ま、そういうわけでお次はダンジョン攻略配信というわけで、まあダンジョンのレベル自体はヒナさんたちに合わせますがそれなりに面白い絵面ができるようにしましょう。楽しみにしていなさいな」

「わ~い! それじゃあ今度は、Aランク探索者の戦いが見れるんですね!?」

「ええ見せますとも! ……まあ見せますが、ダンジョンのランクが低いとこに行くので対応もそれ相応なのはちょっと内緒! あと、次の配信の時には今日言った指摘が改善されてるかどうかも見ますのでお覚悟を! 特にリリさん!」

「ワッ……!」


 最後に付け足された言葉に、また絶妙な顔をしたリリと、「うぐっ」とうめき声を上げながら目を逸らしたヒナとハルカ。だが彼女らは配信者だ。締めの挨拶をしなければと、すぐに笑顔を作ってまたカメラの方を向く。


「それでは皆さん! ここまでのご視聴ありがとうございました!」

「次の配信も見たってや!」

「よろしくね……!」

「皆様、ごきげんようですわ~~~~~~~~!!!!!」


 彼女らの締めの挨拶に合わせて一緒に手を振るステラ。

 こうして、彼の初めてのコラボ配信はつつがなく終了したのであった。

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