第4話 イレギュラー・エンカウント
前書き
一部キャラクターの名称を変更しました。
ご確認下さい。
『カリン』→『ヒナ』
以下本編です
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それは、突然の襲撃だった。
「ヒナ! ハルカをお願い! リリも一緒に下がって!」
「ハルカちゃん、起きて、ハルカちゃん……!」
「し、シオン先輩は!?」
「私は……あれを、何とかしないと……!」
少女たちの悲鳴のような言葉が、洞窟の中にある少し開けた広間に響き渡る。
そこにいたのは制服のように同じ意匠の、しかし色違いの服を身に着けた四人の見目の良い少女。
その中で藍色が基調の服を着た一人は頭から血を流して倒れており、周りのこれだけの騒ぎの中でも目を開く様子さえ見せない彼女はよく見ずともすでに意識がないことがわかるだろう。まだ息があるのが幸運だったと言えるのかもしれない。
その少女を守るように引き摺って後ろに下がろうとするのは、半ばから折れた幅広い長剣を腰にぶら下げた、明るい髪色に赤がベースの制服の少女。
意識のない藍色の少女に縋りつくように泣いている少女は、白がベースとなっている服を身に着けている。
そしてその三人を庇う様に前に立つのは少女は、他三人よりも幾分か装飾が多かったはずのしかし今はぼろぼろになってしまっている黒い制服を身に纏い、傷だらけの体を庇いながら目の前にいる敵を睨みつけ、手に持った細剣を構えていた。
彼女たちは、ダンジョン攻略配信をメインとして運営されている『アンサンブラーズ』というライバー事務所に所属している配信者兼探索者である。
今回は、この配信で探索者デビューとなる新人である三人……すなわち、ヒナ、ハルカ、リリと呼ばれた少女たちと、そのサポート役兼教育係として選ばれた先輩ライバーであるシオンと呼ばれたCランク探索者の少女。その合計四人でこのダンジョン、
上がA、一番下がEまでのランク分けがされている中で、探索者組合に難易度Eランクとして分類されたこのダンジョン、
その初めての探索配信も、行く道にトラップがないか確認したり敵の位置を確かめたりする
そう、途中までは順調に進んでいたのだ。
それに、遭遇するまでは。
「ああもう、どうして……!」
焦燥に駆られた声色で、シオンが呟く。
和気藹々と、順調に進んでいたはずのデビューしたての後輩たちとの探索配信。
しかし、今ここにはシオンにとって地獄のような風景が広がっている。
あたり一面は火の海と化し、前も後ろも燃え盛る炎に囲まれていて。
彼女の後輩三人のうち一人は突然現れたそれに叩きのめされたせいで意識を失ってしまい、他の二人も実力不足で戦うことも、そして自分たちを囲う炎のせいで逃げることもできず。
そして三人を守るべき彼女自身も、三人を庇いながらの戦闘でもう満身創痍になってしまっており、これ以上戦闘行為を継続するのは難しいだろう。客観的に見てもそうであるとわかるし、彼女自身もそのことをちゃんと自覚している。
それでもやはり、彼女は退くわけにはいかないと、自らを奮い立たせて立っているのだ。今目の前にいる敵から彼女が逃げれば、後ろの三人が死ぬのだと。
その、彼女が対峙する敵。この惨状を作り出したのは、一体のモンスターだった。
本来このダンジョンで出会うことがなかったはずのそれは──
「どうして、ワイバーンがここにいるの!」
──ワイバーン。
翼竜とも称されるそれは、その名の通り翼の生えた竜のような姿をしたモンスターだ。
とはいえ竜と呼ばれるモンスターはあらゆるモンスターの中でも最強種の一つとして分類される、強さとしても存在としてもかなり特殊なものだ。このワイバーンというモンスターはそこに至るほどのものではないため、正確には竜種として分類されているわけではなく亜竜種。つまり竜に似た姿の爬虫類型のモンスターとしての分類がされているわけだ。しかしそれは別にワイバーンが弱いということを指すわけではない。
むしろ、強いと言えるモンスターである。
まず最初に見るべき特徴は翼による飛行能力を持ち合わせていること。そして、炎のブレスを吐くことのできる体内器官を備えているため飛行能力と合わせて空中から炎をまき散らすことが可能であり、それによって追い詰められる探索者は多い。
また、口の中の牙は非常に攻撃力が高く、防御性能の低い武装では一撃噛みつかれただけでも戦闘不能に陥ってしまう。
尻尾にも注意が必要だ。まるで
あるいは足から生えた鋭い鉤爪に掴まれる、あるいは切り裂かれてしまえば、それも致命傷となりうる一撃になってしまうだろう。
そうした多彩な攻撃手段に加え、さらにワイバーンは小さくとも3m、大きい個体であれば10m近くになる巨体を持っていてその体に見合ったタフネスがある上に、その身を覆う鱗はかなり固く物理的な攻撃は効きにくい。そのため、物理攻撃を得意とする探索者にとっては倒しにくい厄介な相手となる。
もしワイバーンを討伐しようと思うのなら、シオンのようなCランク探索者なら少なくとも同程度の実力を持った人間が5人。それだけいて、初めて勝ち目があるかないかの戦闘になる。それだけの脅威となるモンスターなのだ。
そんなワイバーンに、この
これはそう呼ばれて然るべき、明らかな異常事態であった。
その遭遇は、本当に突然だった。
順調に探索配信をしている途中。階段を一つ降り二つ降り、この広間で少し休憩を取って、そろそろいい時間だからと引き上げようとしたその瞬間だった。
まず最初、突然通路からワイバーンが飛び出してきてハルカに衝突し、その衝撃でハルカは壁に叩きつけられ気を失ってしまった。
次に、その光景を見てしまったことによる一瞬の硬直の後にシオンが全員を連れて逃げ出そうとしたときにはもう遅かった。退路も進路もワイバーンのブレスによって作られた炎の壁で塞がれてしまっていた。
そしてそのままなし崩しに戦闘が始まってしまったがしかし、新人二人とシオンだけではワイバーンにかなうはずもない。新人を庇いながらもどうにか攻撃をしのいでいたシオンはすぐにぼろぼろになってしまい、そうして今の惨状に至るというわけである。
この事態に、彼女たちの配信用の端末にも『ゴブネスにワイバーン!?』『やば、だれか救援いけないのか!?』『これもしかして全員もうシールド切れてる!?』『死んじゃうっていうかリリちゃん死んでないか』『これ全滅するだろやべえよやべえよ!』などの慌てふためく視聴者からのコメントが多数流れている。
中には彼女たちへのアドバイスのコメントも少数ながら見受けられはするが、しかしいまそのコメント欄に目を通す余裕は、彼女たちには存在しない。
目を逸らしたら死ぬ。
いや、それも正確ではないだろう。
もっと正しく言うのなら──
「ぐっ!? かっ、ハッ────!!!!?」
「シオン先輩!?」
──目を逸らさずとも、死ぬ。
ブォン、という鈍く風を切る音とともに勢いよく振り回された尻尾を、シオンは何とか構えた細剣で受け止めたが、しかしその代償は大きい。すでに傷だらけで立つこともやっとだった彼女は大きく吹き飛ばされてしまい、ダンジョンの壁面に叩きつけられてしまう。
その衝撃はシオンの意識を刈り取るには十二分にすぎるものだったのだろう、ずるずると地面にずり落ちてしまった彼女は、そのまま立ち上がることなく倒れこんでしまった。
「シオ、ン、先輩……?」
「えっ……うそ……」
そんなシオンの姿に、ヒナとリリの二人は呆然と固まってしまう。
無理もないだろう。
ただでさえ初めてのダンジョン探索で緊張していたところに、普通ならばありえない強すぎるモンスターとの遭遇。一緒にデビューした仲間の一人はモンスターの攻撃に倒れて目を覚まさず、そんな中自分にできることといえば倒れた仲間のそばで戦闘に巻き込まれないように震えていることだけ。
そんな過度の精神的ストレスの中で、頼りにしていた先輩がモンスターにやられて倒れてしまったら。
それはもう、絶望するしかないだろう。
事実、リリはもう目から涙を流しながら「死にたくない、死にたくないよ」と呆然と震えた声で言うことしかできなくなってしまっており、ヒナも今にも吐きそうな顔でうわ言のように何かつぶやきながら
彼女たちが目を通す余裕もないコメント欄にしても同じような空気だ。『え、もう無理だろこれ……』『どうしようもないじゃん』『放送事故すぎるでしょ』などという、彼女たちのことを諦めた視聴者たちのコメントしか流れてこなくなってしまった。
ここが彼女たちの終わり、末路となってしまうのはもう確定した未来だった。
だが。
「……なきゃ」
その時、いまだ俯いたままではあるが、ヒナが立ち上がる。
「……ヒナ、ちゃん……?」
突如立ち上がった彼女を
「先、輩を──」
睨みつけた先にあるのは、倒れ伏してはいるがまだ息のあるシオンにとどめを刺すためだろう、その鋭い鉤爪でもって今にも襲い掛からんとするワイバーンの姿。
そのままでは死んでしまうであろう彼女の姿を視界に収め。
「──助けなきゃ!」
ヒナは、吠えた。
「ヒナちゃん、何を……待って!」
リリの引き留める声を、しかしやはりヒナは気にも留めることなく勢いよく一直線に走り出した。
向かう先は当然、倒れているシオンの元である。
「っ、ああああああああああああ!!!」
そうして飛び出したヒナはその勢いのままに襲い掛かるワイバーンとシオンのあいだに割って入り、その鉤爪を折れた剣で受け止めた。だが当然、彼女の力だけでは足りるはずもなく、そのまま押し込まれてしまい二人とも諸共に串刺しになってお終いになってしまう、はずだった。
が、その瞬間。
半透明の防壁のようなものが現れ、ガリガリと何かを削る音とともにその鉤爪の脅威を食い止めた。
──
すべての探索者が持つ命綱。特殊なデバイスに込められた魔法術式によって自動で発動する、デバイスのバッテリーが切れるまでは自身の受けた攻撃をすべて防ぐ、
最初の遭遇時に被害にあったハルカが気を失っているだけで済み、そしてシオンがワイバーンと戦闘してもすぐに死ななかった理由であり、そして今、ヒナがワイバーンの鉤爪による攻撃を受けても死なずに済んでいる理由がこれだ。
だがその防護壁が持続したのも少しの間。ヒナの魔法障壁はその一撃を防いだだけで、すぐに壊れて消えてしまう。
次に攻撃されてしまえば、もうヒナにそれを防ぐ手立てはない。死を待つのみだ。
だから、彼女のここまでの行動はシオンが殺されてしまうまでの時間を、わずかに引き延ばしただけに過ぎなかった。
「……ぁ……」
再度襲い掛かろうと自らを睨むワイバーンを前に、ヒナはそのことを自覚する。
リリの泣きわめくように自身を呼ぶ叫び声も遠く、彼女はもう間もなく訪れる死を悟った。
そうして、再度勢いよく襲い掛かってくるワイバーンの鉤爪を前に目をつむってしまったヒナは──
「────ダイナミーック……エントリィィィィィィィィィ!!!!!!」
──しかし、その鉤爪に刺し貫かれることはなかった。
ドゴン、というけたたましい音に彼女が目を開けると、そこにワイバーンの姿はなく。
その代わりに、なんか鎧っぽいパーツのついたゴスロリドレス姿で長身の不審人物が目の前にいた。
「よしっ、セーフ! 一応聞いておきますけれどもこれ横から入ってアレ倒しちゃっていいヤツでよろしいですわよね!?」
「えっ、あ、はい、大丈夫です……?」
「オーケーわっかりましたわ! マナー違反にならなそうで安心いたしました!」
まくし立てるようにそう言って手に持ったハルバードをぶんぶんと振り回すアーマードゴスロリドレスの人。
見ればワイバーンは今自分がいるのとは反対側の壁に叩きつけられた状態でいて、つまりさっきの轟音はこの突然現れたやかましい乱入者が、轟音と共にワイバーンをドロップキックで蹴り飛ばした音だったのだと知る。
そして似非お嬢様っぽいその人物──すなわち、ステラは。
銀色の長髪をなびかせながらヒナに向き直ると──
「よく頑張りました。後はわたくしが片づけますので、安心なさい」
──そう、にこりと笑って言い切った。
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