女装お嬢様ステラの華麗なる冒険配信記
きっこうかめん
プロローグ
「はぁ~~~~~~ん、やってらんねぇですわぁ~~~~~!!!!」
暗い洞窟の中にそんな割と情けない声が響き渡る。
誰かがその声が聞こえる方を見たならば、きっとこの場には似つかわしくない恰好をした人影を見ることができるだろう。
フリルのたっぷりとついた黒いゴシックロリータのドレスに、くるくると縦にたっぷりまかれた銀色のロングヘアー。
それだけならばまるで舞踏会から抜け出してきた淑女が、なぜか洞窟の中にいるような、そんな違和感を覚えるに留まるが……話はそこで終わらない。
よくよくとその人物を観察したのならば、きっとドレスの各所に張り付けられた装甲であるとか、あるいは手袋の代わりに装着された金属製のガントレットであるだとかに気づくかもしれない。足元までよく見たならば履いているものがロングブーツではなくグリーブ、すなわちこれまた金属製の脚甲であることにも気づくだろう。
しかも、こちらはよくよくと見なくても一目でわかる違和感だが。このドレス姿の人物は、先端に斧と矛のついた長柄の武器──すなわち斧槍、あるいはハルバードと呼ばれる武器を担いでいるのだ。
つまるところ、一言で言えば。
洞窟の中に、ところどころ戦闘用のアーマーを付けてハルバードを担いだゴスロリドレスの不審者がいた。
「はー、まぁじでやってらんねえですわよ、この雑魚どもが群れやがってよ。小動物のつもりでして? 可愛いですわね、お亡くなりあそばせ!」
その不審者──その恰好から、暫定的に彼女と呼ぶが──は、上品なんだか違うんだかなんだかよくわからない言葉遣いでそんなことを言いながら、無造作に手に持ったハルバードを二度、三度と振るう。その度、ぐしゃり、あるいはゴキャリという音を立てながら、暗い緑色の液体とともに何かがはじけるように吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたそれは、首だ。
とはいえ人間のそれではない。雑草を混ぜ合わせたようなくすんだ緑色の肌を持つ、醜悪な顔の首である。
「ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、オーク、ローパー、ゴブリン、オーク、ゴブリン、ローパー……うーん、見事に特定のアニメとか漫画とかでよく見る人型種とか触手系だけですわね。この部屋がモンスターハウスなのはよくないけどまあいいとして、ここってこんなに偏った出現率でして?」
切り飛ばした首に視線を向けることもなく、ハルバードについた血を振り払いながら彼女はひとりごちる。
口にしたのは目の前に群れを成している怪物たちの名前。この洞窟に生息する魔物、モンスターたちの分類名だ。
完全にひとりごととして口にされたそれは、本来なら返答などあるはずもなかった。が、しかし、その言葉に反応して小さなタブレット端末が彼女の顔のすぐそばまで浮かび上がると、何やら文字が表示される。
『いや、もうちょっとなんかいたと思うけど』
『うーんこの』
『見事な薄い本的ラインナップでおハーブですわよ』
思い思いの言葉が流れては消えていく画面。
それは、この場にいないにも関わらずこの状況を見ている人物……とある生放送の動画を見ている視聴者たちのコメント欄。
「いや薄い本ラインナップじゃねえんですわよこの変態ども。わたくしもちょっとそう思いましたがあなたたち変なことを考えすぎではありませんこと? お可愛いですわね」
『いやお嬢もちょっとそう思ってるって言ってるじゃありませんの』
『理不尽ですわ』
『お嬢も変なこと考えてたんじゃ』
「いや知りませんけど? そんな薄い本であんなことこんなことしそうなやつしかいねーなーとかそんなこと全然思っておりませんしわたくしは関係ないですわよ」
『全部口に出してておハーブですわ』
『正体見たりって感じだな』
「はー知らねえですわ! 今わたくしは死闘を繰り広げているのですわよ! 配慮してくださいまし!」
『死闘()』
『完全に蹂躙なんですわよね……』
『まあこの辺のモンスターがお嬢に太刀打ちできるわけもないから当然っちゃ当然』
「死闘! 死闘ですわ! はー大変!」
彼女はそんな風に軽口をたたくようにコメントに反応を返していきながら、襲い掛かってくるモンスターたちを時にグリーブを纏った足でけり飛ばし、あるいはハルバードの石突に引っかけて投げ飛ばし、またあるいは素直に先ほどと同じようにハルバードで切り飛ばして次々と葬っていく。
淀みなく動き続けながらも別のことに意識を割く余裕があるということは、この人物はそれだけこうした状況の場数を踏んでいるという証左になるだろう。
それもそのはず。
彼女はこうしてモンスターの出現する空間──通称『ダンジョン』と呼ばれる異界を探索する姿を動画投稿サイトで配信している人々のうちの一人。
ダンジョンライバーと呼ばれる動画配信者なのである。
そしてダンジョンを探索するということはそれなり以上にこういったモンスターに襲われるということと同義であり、配信途中での戦闘の経験も同じだけの経験があるのだ。
そうしてハルバードを振り回しながらの戦闘の最中。
「さて」
一先ず近くの間合いにいるモンスターを掃討した彼女は、返り血を振り払ったハルバードをくるんと一つ回すと、刃を上にし杖をそうするように高く掲げる。
傍から見ると隙だらけに見えて、実際にも割と隙だらけのその行為は動画配信をするにあたって少しでも見栄えするようにと彼女が作ったルーティーンである。
そうしてポーズを決めて、一瞬の静寂。
ダンジョンに巣食うモンスターたちも、配信をしている彼女もすべての動きを止めた直後。
「先ほどは死闘などと言いましたが、あまり長引かせても動画的にダレてしまいますし──」
掲げたハルバードを中心に、どこから来たかもわからない風が荒れ狂う様に吹き荒れ始めた。
目に見えないそれは、現代においてはマナと呼ばれる物理法則に反したエネルギーの奔流による現象だ。
ガチリ、と、彼女の左腕につけられたガントレットから撃鉄を下すような音が鳴るたびに強くなるそれは、ドレスのスカートをはためかせながら舞い上がる。
そうしてそのままガチリガチリと数発の音が鳴り、それに合わせてより強くなったマナの奔流。台風のような暴風にも等しいそれを生み出している本人は、空気をかき混ぜるようにハルバードを軽く回すとそのまま勢いよく石突で目の前の地面を打つ。
準備ができたのだ。
「──これで終わりといたしましょう」
言って。
彼女から垂れ流されるままにあふれさせていたマナが、「『
ただでさえ暴風と化すほどのエネルギーを一点に集めたことによって、目に見える光となったをそれを目の前にしてモンスターたちが怯えたように一歩後ずさる。
現在この場にいるモンスターは決して賢い種というわけではないが、そうであるがゆえに本能が強い傾向にある。
その本能が、目の前の光景に彼ら自身の死を感じ取っているのだ。
だからこそモンスターたちは動きがあった瞬間に即座に逃げ出せるように、少しずつ目の前の脅威との距離を取ろうとしているのである。
ではその脅威とみなされた人物がこのままモンスターたちをみすみす逃すかといわれると、そうはいかない。
十分に収束されたマナをちらりと見ると、彼女はまた小さく口を開く。
「『
ささやくように言葉として出されたそれは、マナを利用したとある技術を使うために唱えられる力ある言葉。
そのコードを口にしたことによってハルバードの先端に、光の玉が出現し。
「『
最後にコードをもう一つ呟いて、彼女は光の玉を先端に付けたハルバードを上段に構えなおす。
瞬間。
じりじりと後退していたモンスターたちは、それを状況の変化と見たのか勢いよく動き出した。
後退するがままに走って逃げ出す者。逃げられないと見たか、あるいは判断するだけの思考がないのか、彼女が攻撃する前に倒そうとグギャギャなどと叫び声を上げながら弾けるように襲い掛かる者。
「そぉれじゃぁ……」
彼女はその全てを視界に収めたまま──
「吹き飛べ、ですわぁ!」
──構えたハルバードを、思い切り振り下ろした。
振るわれたハルバードがその勢いのままに地面に叩きつけられた瞬間に、ハルバードから飛び出した光の玉──すなわち、マナの塊がモンスターの集団のちょうど真ん中で、ドォンという爆音とともに爆発する。
収束させたマナを勢いよく弾けさせて爆発のような現象を起こすだけの、単純な
単純であるがゆえに扱いやすく、そして十分なマナを込めればそれ相応の威力になるそれは、この場に十二分な破壊をもたらした。爆風によってあたりに立ち込めた土煙が晴れた時、その場のモンスターはすべて吹き飛んで影も形もなくなっていたのだ。
それだけに飽き足らず、ダンジョンの壁はあちこちひび割れ今にも崩れそうな部分が多分にあり、何なら魔法を打つ前よりも小部屋が一回り大きくなっている気すらするし、あちこち洞窟の壁から転がったのか石だとか小さな岩だとかが散乱していた。ここが洞窟でなく人工の建物だったりしたらそれはもう大惨事だったであろうことが察して余りある状況だ。
そしてその状況をもたらした人物はというと。
「はい、お掃除かんりょーですわ! いやーすっきりしましたわね!」
めちゃくちゃいい笑顔でそんなことをのたまっていた。
そこには圧倒的な慣れがあった。いつもこんな風にしていると察せるほどに自然体であった。
ちなみにダンジョンの壁や地面、天井は時間がたてば自然に修復されるが、それでもとある理由からあまり破壊行動は推奨されていないし、何ならモンスターを跡形もなく消し飛ばすような行為も実はあんまり推奨されていない。
しかしそんなことは知らんと言わんばかりのいい笑顔の彼女は、「さて、コメント確認ですわ~」などと言いながらその笑顔のままタブレット端末に視線を移す。
タブレットに流れるのは『みえ』だの『カメラさん下!』だのといった欲望に忠実なコメントや『ああ、モンスタードロップが……』やら『あの、マナクリスタルの回収って……』などの、彼女の所業を嘆くコメントの数々。
それらに目を通して。
「あっ、マナクリスタル」
彼女はそう言って若干気まずそうに目をそらした。
『おハーブ』
『おハーブですわ』
『忘れてて草』
『割といつもの事でおハーブ』
「いやだってこうした方が絶対早かったですもの。あんまり時間をかけてもしょうがないしそれなら一気に吹き飛ばすでしょ、ねえ。ねえ?」
『言い訳乙ですわ~!』
『早く処理しても消し飛ばしてたら意味ないんだよなぁ……』
『ダンジョンに潜る理由ぅ』
「わたくし見逃しておりませんわよ! あなた方先ほどわたくしのパンツ見ようとしておりましたわよね!?
わたくしが男だとわかってて!」
彼女……いや、それは本来は正しくない。
彼女ではなく彼は、誇らしげに胸を張って。
「そんな変態たちに何を言われても、わたくしには効きませんわぁ~~~~~!」
そんなことを、高らかに宣言する。
その言葉は洞窟の中に木霊して、コメントにも『それはそう……そうか?』『変態じゃないが?』『それはそれ、これはこれ』『男のパンツを見ようとして何が悪い。言ってみろ』などという反響を……反響を? 生んでいた。
そのコメントに再度目を通した彼は一つ頷いてにこりと笑って。
「じゃ、そういうことでさっさと先に参りましょう!」
全部無視して、そそくさと洞窟の奥へと消えていった。
これは、そう。
ダンジョンを攻略する姿の配信を、なんかお嬢様的なドレスで女装してやっている一人の男子高校生の物語である。
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