第8話 脱走計画実行

 食料調達からさらに3日後、そろそろ頃合いだろう。

 脱出の意思を保ち続けるのも、限界が近づいてきていた。


 今日、ここを脱走する。


「カナリア、今回の狩りは俺に任せて欲しい」


「いいのですか?実力に申し分はないと思いますが、まだ2回目です。もしよろしければ私も同行しますよ」


 こんな時に限って、カナリアは俺を気遣ってくれている。

 決心が揺らぎそうになるが、なんとか平静を装って断りを入れる。


「いや、大丈夫だ。もうやり方は分かったし、自信もついた。カナリアは自分の仕事に専念してくれ」


 怪しまれないための演技をしていること自体にどうしても心が痛む。


「わかりました。お気をつけて」


 カナリアは工房の出口まで見送ってくれた。

 丁寧にお辞儀し、こちらに軽く微笑みかける。


 くっ、どうしようもなく後ろ髪を引かれるがここは心を鬼にしなければ。

 俺は不自然に見えないよう手を振ってから背を向け歩き出す。


 さよなら、カナリア。今までありがとうな。

 心の中で別れを告げ、俺は工房を後にした。



 -----



 俺はまず前回連れてきてもらった湖に足を向けた。だが、本当の目的地はそこではない。


 オルドミストリは広大なダンジョンであり、現状第三階層までは冒険者による探索がかなり進んでいる。

 この第二階層の最奥に第三階層の入り口があると人づてに聞いたことがあった。


 湖に着いたところで太陽の位置から方角を割り出す。

 そこからエルドランの反対方向、ダンジョンの奥地に向けて俺は探索を開始した。


 道中で何匹か魔物に遭遇したが、さほど苦戦することもなく対処できることに拍子抜けしてしまう。

 特に足の扱いに慣れてきたからか、ワイルドボアと戦った時よりも体が軽い気がする。

 そうこうしている内に、入り組んだ木々の間隔が徐々に開きついに樹海を抜け出すことができた。


「着いたか」


 そこには樹海の大木にも引けを取らない高さの洞窟がぽっかりと口を開けている。

 中は緩やかな下り坂になっており、見通しのきかない漆黒の暗闇が広がっていた。


 ここがオルドミストリの第三階層。地下に広がる大迷宮への入り口だ。


 さて、まずは先に進む前に確認しておくことがある。

 俺は洞窟の入り口に足を踏み入れ、辺りを見回す。


 すると、壁際に立派な彫像が立っているのを見つけた。

 それはローブを纏った女性を象っている。像はぼんやりと光を放つ宝石をその手に包み込むようにして持っていた。


 この像には見覚えがあった。

 第二階層の入り口にあったものと同じだ。


 そして、大事なのはこの像が持っている宝石の方である。

 これに触れると、エルドランの中央広場まで一瞬で転移することができるのだ。この宝石は『転移宝玉てんいほうぎょく』と呼ばれ、冒険者たちがダンジョンと街の行き来に利用している。


 その仕組みは一切不明だし、誰が作ったのか、いつからあるのかも分からない。

 エルドランが冒険者の街として賑わっているのも、転移宝玉に匹敵する古代の遺物がダンジョンに眠っていると噂されているのが理由だったりする。


 それはさておき、今の俺に転移宝玉が使えるかどうか。それを確認しておきたい。

 俺は彫像に近づき、転移宝玉に手を伸ばす。


 が、ダメだ。体がピタリと動きを止め、転移宝玉に触れることができない。


「やはり無理なのか」


 触れようとする意志を手放すと同時に体の硬直が解ける。

 隷属の首輪は転移宝玉の使用すらも制限しているらしい。抜け目のないことだ。


 となれば、予定通り洞窟の奥に進むしかないな。

 この先は第二階層よりもさらに凶悪な魔物が跋扈ばっこしている。

 より一層気を引き締めて進まなければ。


 薄暗い洞窟内にはところどころに松明が設置されていた。

 おそらく冒険者が探索のために残して行ったものだろう。

 お陰で最低限の視界は確保できそうだ。


 松明のわずかな明かりを頼りにしながら慎重に探索していると、遠くから足音が聞こえ始めた。

 俺は岩陰に隠れて、音のする方向を凝視する。


 暗がりの中から現れたのは、巨大なハンマーを持った人型のなにかだ。

 よく見ると、そいつは牛の頭をしている。


 ミノタウロスか。


 第三階層の魔物の中でも厄介とされる種族だ。人間の倍以上ある体格によるパワーも凄まじいが、知能が非常に高く戦闘技術にも優れているという。


 人間顔負けの戦術を駆使してくるため、犠牲になる冒険者は後を絶たないらしい。

 タイマンを張るにはあまりに分が悪い相手だ。


 だが、それこそ今俺が求めていたものだった。

 俺は双剣を構えて、岩陰からでる。


 ミノタウロスはすぐこちらに気づき、唸り声を上げた。

 それに応じるように俺も気合いを込めて挑発する。


「かかってこい!!」


 俺は目の前の敵に向かって一歩踏み出した。

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