第9話 親魏倭王

「良し!王手!」


「ま、参りました……どんだけ強いんですか…」


「わらはは将棋は得意かもしれん!」


 それは将棋をしていた時。


「卑弥呼様!」


 召使いの少女がやって来た。


「どうしたのじゃ?」


「大陸の魏に行った人達が帰ってきました」


 卑弥呼はきょとんとする。


「……どうしたのですか?」


 卑弥呼は考える仕草をする。


「えー……あ!魏に使いを送ったんじゃな!忘れとったわ!……」


 谷崎と少女は卑弥呼をじーっと見る。


「な、何じゃ!誰もが一つや二つ忘れてしまう事はあるじゃろ!」


「……これは忘れてはいけない事では……」


「……晴人!お主はそう思うじゃろ!」


 卑弥呼はせめて谷崎を同調させようとするが、


「…………」


「…何?晴人もそう思っているのか!?……わらはは……うわぁーーん!!」


「ああ!ごめんなさい!僕もそう思うので、泣かないでください!」


 少女は卑弥呼が泣き始め、谷崎がなだめる所を見てため息を付く。


「はぁ……泣く時間があるなら早く行ってください」


 卑弥呼を押して外に出そうとする。


「お、お、押すな!自分で行けるわ!おーい!」


 卑弥呼は魏から帰ってきた人達に会いに行く。


「……卑弥呼さんっていつもこんな感じなんですか」


「はい。儀式などの時はしっかりしているんですけど……いつもはこんな感じで……」


 少女は少し笑う。


「ほら、卑弥呼様の所に行きますよ」


「あ、はい」


 谷崎は少女と一緒に卑弥呼や魏に使いに行った人達に会いに行くと、そこは宝の山だった。


「卑弥呼様、魏からこのようなものが届きました」


 魏から帰ってきたと見られる男たちが持ってきた木の箱を開ける。


「おお!こんなに!」


 それは100枚ほどあった。丸く、光沢があり、模様が施され、どこか不思議な力を感じるようなものだった。


「うわぁ!こんなにきれいなんだ……」


 谷崎は目をキラキラ光らせる。博物館や教科書に載っていたものが今、目の前にあるからだ。


「これがなにか分かるのか?」


「銅鏡ですね、未来にも発掘されたものがあるんですが欠けたり、錆びていたり……こんなにきれいなものだと思いませんでした」


 当時の銅鏡を再現したレプリカはあるが、それとはわけが違う。


 卑弥呼は一つの銅鏡を手に取る。


「おお…綺麗な模様じゃ……」


 そして裏を見てみる。表の模様とは違い、ピカピカな表面をしている。


「おお!わらはが写っている!美しいのう……」


 卑弥呼は自分の容姿に惚れていた。


 男たちはどんどん持って帰ったものを紹介する。その中にはみんながガラクタと思うものもあった。谷崎と卑弥呼は除いて。


 谷崎は考古学で勉強していた昔のものがたくさんある事、卑弥呼は見たことがないものがたくさんある事で目をキラキラさせていた。


「こんなに……お!知らないものもある!」


「これは何に使う道具じゃろ?どれも面白いものじゃな!」


 谷崎と卑弥呼は目をキラキラさせていたが周りの人たちはその素晴らしさがよく分からない。


「卑弥呼様はこんなに興味津々で……隣のものも興味津々で見ているが誰なのか?」


 男が卑弥呼の召使いである少女に尋ねる。


「んー……召使いみたいな存在ですね」


「そうなのか…こんなに親しく話しておる。卑弥呼様は彼を物凄く信頼しているな」


 少女は眉を寄せる。


「私の方が卑弥呼様に信頼されています」


「はは、そうだな」


 男は別の木の箱を開け、入っていたものを卑弥呼に渡す。


「それにとても貴重な紙もございます」


 男が紙を卑弥呼に渡す。現代の紙とは質はかなり悪いがこの時代の日本は紙を作る技術がない。紙はこの時代ではとても貴重なものだ。


「かなりの数じゃな」


「また使いに行く時はこれで手紙を書き、皇帝に渡してくれと……そうだ、その件でとても凄い品物を魏の皇帝様から頂きました」


 男は装飾が施された箱を取り出す。


「ほう、綺麗な箱じゃな……中には何が入っているのじゃ?」


「とてつもなく素晴らしいものでございます」


 男はゆっくりと箱を開けていく。


 それは金色に輝く神秘的なものだった。


「おお……これは凄いものを……」


 卑弥呼はおずおずとそれを取り出す。


「うお!なかなか重いな……」


「純金で作られた判子、金印でございます」


 卑弥呼は文字が書かれている裏側を見る。


 そこにはという文字が書いていた。


「これはどういう意味じゃ?」


「これは魏の皇帝様が卑弥呼様を倭国わのくに、いわゆる邪馬台国の女王として認めてくださったという意味でございます」


 卑弥呼は金印をまじまじと見る。


「手紙にはこの金印を押して、渡してくれと」


 卑弥呼は男たちを見て応える。


「皆、良くやったな。褒美をやるがどのようなものが良いか?」


「勿体ない御言葉でございます」


「いや、皆の功績を称えてやらねばならん」


 話し合いの末、男たちは褒美を貰うことを約束し、久しぶりの家に帰った。


「いやぁ、綺麗じゃな、晴人」


「ええ、初めて見ました……」


 谷崎と卑弥呼は荷物を持ち、話をしながら卑弥呼の家に戻っていく。


「そうじゃ!」


 卑弥呼は振り向き、荷物を置く。


「…どうしたんですか?」


 金印を顔に寄せ、言う。


「この金印とわらは、どちらが綺麗かの?」


「……え、」


「あはは!その表情、面白いの!」


 卑弥呼は荷物を持ちながら逃げるようにして家に向かう。


「ま、待ってください!」


 それに追いつこうと谷崎も追いかける。


 それは梅雨が明け、少しずつ暑くなった夏の事だった。

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