第23話 マユナのコンプレックス

 ダンジョン演習は、最奥にある宝箱を入手して、転移の魔法で入り口に帰還することで終了となる。


 最奥にいたボスモンスターを倒したことで、祭壇がゆっくりと開いていく。『ゴライアスの腕輪』をはずしたフィリエリスは、自身のプレートを確認しつつ、リリィの体に毛布を巻いて背負った。

 

「10レベルアップか」


 フィリエリス・バーラエル

 人化状態(Lv.54+10)

 獣化状態(Lv.407+10)

 

 力を制限した状態で、尚且つ体を欠損させながら戦ったんだ。むしろ得られた経験値としては少ないだろう。


 恐らくは、最後のボス戦でリリィの召喚した天使がラストアタックを奪い取ったからだ。

 リリィのステータスプレートを確認すると、レベルが60に上がっていた。このレベルアップはボスの討伐および『権能』に目覚めたからだろう。


「10レベルも? 私は1しか上がんなかったよ?」


 マユナ

 Lv.29+1


 フィリエリスの推測が正しかったことを示すように、支援に集中していたマユナのレベルの上昇は低い。このステータスプレートに反映される値の設定がなんとなく理解できるようになってきた。


「次はマユナを中心に戦ってみるか」


「い、いや、むっ無理! 私、前に出て戦ったことないし」


「マユナにも亜人の力が流れてるんだろ? レベルを見るに並の人間よりは格段に強いはずだ」


「わ、私のは出涸らしだよっ! なんの亜人かも、わかんないしっ!」


「なんのって、どう見ても猫だろ」


 猫耳をぴこぴこさせるマユナに、冷静なツッコミを入れる。

 マユナにかぎらず、今を生きる亜人は亜人としての特徴を失いつつあるらしい。生存戦略か、薄い血同士をかけあわせた結果なのか聞きたいところだ。


「私には亜人としての特徴がほとんどないの。唯一私を亜人たらしめているのは耳だけ」


「いいじゃないか。猫耳」


「よくないよっ! 私は他の亜人と比べても、特に劣っているし」


 劣っているとマユナは言う。それは自身が亜人としての立場を確固たるものとして表明していると同義だった。


「フィリエリスにはわからないよね、私の気持ち」


 フィリエリスだけではなく、誰だってわからない。

 マユナは周囲と壁を作り、誰かと本当に深いところでは通じ合わないようにしていた。通じ合えないと達観していた。


「人間からは亜人って蔑まれて、亜人からは半端者扱いされて、私はどちらでもない半人なんだよ」


 マユナの根底にあるのは、劣等感だった。

 亜人と人間、そのどちらにも成れない悔しさを燻らせている。


 亜人会という組織は、決して亜人の救済を掲げているわけではない。

 亜人会は今の王国と変わらない信念を持っている。それが人間主義か、亜人主義かだけの差異だ。


 どちらも敵を排除することを目的としているから、一番大事な自分たちを自分たちたらしめるものが曖昧なのだ。マユナはその狭間で生まれた被害者だった。


「マユナ、一つ良いことを教えてやろう」


 悲観するマユナにフィリエリスは告げる。

 

「亜人と人間はほぼ変わらない。ゲーム内でも亜人はヒューマン族に区分されていたからな。大切なのは自分がどちらの立場をとるかじゃないか?」


「——っ、そんなの、亜人に決まって、」


 尻窄みになっていく。

 フィリエリスが言ったように、マユナは人間と亜人の間で揺れていた。無意識だったそれが言語化されたことによって浮き彫りになる。


「亜人だろう。そっち側にいる時はな。……では、人間側にいる今はどうなんだ?」


「っ」


 フィリエリスの問いに、マユナは亜人の匂いを消す香水に手に触れ、静かに唇を震わせた。


 どういうわけか、フィリエリスには十代半ばの年齢とは思えない思考をしている。

 頭がいいとか、そういうのじゃない。むしろ勉学に関しては凡庸以下だったことを端々から匂わせている。

 しかし、たまに物事の革新を的確に突いてくる。フィリエリスの諦観した知見を受け、ユナは喉にえづきをおぼえた。


「……私は普通の家に生まれたの」


 マユナは他の亜人とは違って、亜人の共同体では生まれていない。

 人間の社会で生まれ落ち、捨てられた子供だった。そこを亜人会のメンバーに拾われた。


「亜人だったから、捨てられた。だから王国が憎い」


 小さく呟いた。

 ある種の洗脳のようなものだ。


「王国が亜人を排斥するからじゃない。……フィリエリスがフウカ様に言ったように、私も、根幹ってものが無いんだと思う。亜人のこととか、どうでもいい。私が幸せなら」


 それが脚色を取り除いてでてきた、嘘偽りない本音だ。


「それ自体はよくあることだがな」


 フィリエリスは壁を伝い、足場を確かめるようにして歩く。

 悪魔が守っていた最奥の間は、奥に進むにつれて狭くなってきている。


「俺が亜人の力をなんら不自由なく使えるのは、そういった凝り固まった常識がなかったからかもしれない。お前ら亜人会は長く虐げられ続けるうちに、亜人の力を疎むようになったんじゃないか?」


「……それはっ」


「亜人会には人間を恨む過激派が存在するのだろう?」


「……」


 なにも言えずに押し黙るマユナ。

 フィリエリスも適当を言っているわけではない。

 ゲーム内では後天的に獣化なり鬼化なり、龍化なりの力を身につける亜人は大勢いた。


 きっかけは些細なことだ。ストーリー内だと心境変化によって覚醒するパターンや、他にもスキルを伸ばしていくことで獣化状態になれる場合もあった。そもそも英雄鬼譚でのフィリエリスがそうだったはずだ。フィリエリスも初めは獣の力を自覚していなかった。幼少期になにかがあって……


 そこまで記憶を辿ってみたが、幼少期に関する記憶が抜け落ちていた。

 幼少期になにかがあって亜人の力に目覚めた。それはハッキリとしているのに。


「……マユナだけではない。王国が生んだ歪みというなら、リリィ王女もその一人だ」


 長広舌で捲し立てた挙句、肝心なところど袋小路に迷い込んだフィリエリスは、仕方なくリリィに視線をやる。


「フィリエリスはさっきの魔法の正体を知ってるの?」


「ああ、その前に一つ勘違いを訂正しておこう。あれは魔法ではなく『権能』だ」


「権能、ってまさか」


「ああ、神の力だ」


 英雄鬼譚で『権能』は、神の力と説明されていた

 リリィ王女の力こそわかりやすいだろう。

 

「リリィ王女の権能は最高位天使を呼び出すもの。敵を倒すまで、天使は何度倒されても復活し、強くなる」


「そんなの、無敵じゃん」


「だからもう一つ制約がある。それが召喚主であるリリィ王女の意識が保つまでの間だ」


 最高位天使を顕現させる奇跡には、それ相応の代償が発生する。

 代償を支払うのはもちろん、召喚主であるリリィ王女だ。


「生涯、使える回数が定められている。その回数は——三回だ。今ので一回消費したからあと二回だな」

 

「三回使うと、どうなるの?」


「死ぬ」


 フィリエリスは無情に告げた。

 英雄鬼譚において、誰もが一度は通るバッドエンドがリリィの死である。そのルート分岐の条件はリリィ・エルドラがゲーム内で三回『権能』を使うこと。

 マユナは小さく息を飲んだ。


「……俺の読みが甘かった。英雄鬼譚だとクエストを何回も失敗しないと発動しなかったから油断していた」


 そう後悔して頭をふる。

 今すべきことは自責の念に苛まれることじゃない。後悔も反省もあとでたっぷりできる。


「とりあえずは早く転移の魔法式を見つけて、王女様を安全なところに」


 言いかけたところで、フィリエリスはピタリと足を止める。


「誰だ?」


 声に最大限の警戒を滲ませ、今にも噛みつきかかろうとする声を発した。マユナは言われて、ハッとする。通路の奥、転移の魔法式が書かれたところに誰かいる。

 明かりのない通路。そこに明かりを灯すと……


「あーあ、バレちゃったかー」


 声がした。マユナにとっては聞き覚えのある声。

 マユナとは旧知の仲であり、学院に忍ぶ亜人会のメンバー。


「……サヤちゃん?」


「おひさーマユナ。ちょっとそこの王女様、こっちに渡してくんない?」


 犬歯を剥き出しにして陋劣に笑う少女。

 暗い洞窟ないで光る金の瞳。バイオレット色の髪が別の生き物のように伸び動く。マユナにはない、獣化の兆しをちらつかせていた。

 記憶にある少女の笑顔は、鑢で削ったかのように細々と刺々しく錆びれていた。

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