第7話 悪役vs悪党 ④

「……今のを耐えるか」


「っ、はっ ひっひっひ、こひゅー、こひゅー……嗚呼、よかった。だよねェ、ガキの頃から思ってたんだ。ボクは人間だ。化け物じゃねー。やっと証明できた。ちゃんと人間だったんだ」


 まだ騎士として青かった時代、隊長が言っていた言葉を思い出す。「死にも名誉がある」と。


「モトミネだっけ? 君、べらぼうに強いけど、ウチの隊長ほどじゃないね」


「隊長?」


「うん、ボクでも、おそらくは君でも敵わない最強の人。あの人の一撃は……」


 ケインはそこで気づく。なぜ自分は死んでいないのか。

 いくら『異能』で身体能力を底上げしていると言っても、基礎は人間の肉体である。俊敏性や筋力は常人のそれを凌駕しているが、かと言って限度がある。高性能のエンジンも棍棒で叩けば潰れるものだ。

 唯一、ケインの生存を可能にできるとすれば……


「魔法……あー、そっか。だからギリ生きてるわけね」


「おかしい……ありえん。ケイン・ジモンドは魔法を使わないボスだぞ。どうなっている?」


 魔法の存在だ。『異能』は魔力に依らず魔法を扱うようなもの。つまりケインは魔法への理解はあったのだ。

 異能を持つものは、高い確率で魔法師としての才を持っているが、『異能』の利便性が魔法の成長を妨げるのだ。


 死を逃れた代償はあまりにも大きいものだった。

 臓器は主要なものを除いて、ほぼ全てが機能を停止している。あちこちの動脈が破れ、ひどい内出血を起こしていた。それだけではない。折れた肋骨がどこかの内臓に刺さってる。


 剣に全体重を預けて、ようやく立っていられる状態。

 満身創痍を通り越して、死に体とでも言うべきであろう、まさに命が尽きる風前の灯。

 魔法を解くと、倦怠感がどっと波打ってきた。もうこの夢心地のまま終わりたいとすら。

 だが、ケインはそんな状態でも剣を構えた。


「死ぬぞ」


「……ああ、死ぬな。でも、これでいい。……ああ! そうだ! 化け物の君に殺されるのは名誉だ! 名誉の死だ!」


 騎士にとって盗賊に身を堕としての最期は不名誉なものだ。


 だが、ケインにとっての名誉は騎士として死ぬことではない。


 ケインにとって名誉ある死は、人間として死ぬことだった。

 腹を押さえて内臓が溢れぬように介助する。歩くたびに折れた骨が体のどこかに突き刺さった。

 その姿は死しても未練を果たそうとするアンデットのようで……


「本当に人間か? こいつ」


 その鬼気を浴びたフィリエリスの背筋に悪寒が走る。

 皮肉な話だ。人間として死にたがっていたケインが、死に瀕して、本物の怪物に「人外」呼ばわりされるとは。


「ボクは化け物なんかじゃない…」


 ケインは先ほど掴んだ魔法の感覚をすぐさま応用した。

 魔法の対象を人体から延長させ、武器に施す。ありったけの魔力を剣刃に注ぎ、一点突破を狙う。

 極限の集中力がもたらした奇跡の一撃をもってしても、獣化したフィリエリスを傷つけるには足りない。


 ならば、どうするか。


 迸る刹那の奇跡。それを八回。八つ分の斬撃を一度に集約する。

 英雄鬼譚では《アクティブスキル》と呼ばれるものだった。


「———死ね! 化け物!」


 フィリエリスの脇を、淡く輝く八色の光を放つ剣筋が裂いた。

 神と崇められる人狼の血も赤いんだな、なんて感慨に浸る間もなく、呪いを命を投げ打って発動する。常人であればショック死するほどの痛みがフィリエリスの体に流れ、終わることなき苦痛が身体を蝕む。常人ならとっくにショック死しているころだ。


「くっ、ははははッッ!! いいぞ! ああ、最高の一撃だ!! ケイン・ジモンド!!」


 ——《アクティブスキル》死活闘気


 フィリエリスは己が眠っていた力を解放する。

 《アクティブスキル》死活闘気は、現状フィリエリスが持つ唯一の《アクティブスキル》だ。


 剛腕が地表を捉えた。

 点を捉えた一撃だったにも関わらず、半径数百メートルに及ぶクレーターが生まれた。

 その一撃は硬い岩盤を突き抜け、地下に通っている地脈をも揺るがした。亜人の力は窮地に陥るほど漲る。

 ケインの才覚が、死に際して放った攻撃が、フィリエリスをレベルアップさせたのだ。


「フィリエリス様! 無事ですか!? すぐに鎮静魔法を……!」


「俺には、この痛みを受ける義務がある」


 神経一本一本をやすりで削ったような、あるいはそんな痛みが断続して襲ってくる。フィリエリスはそれを甘んじて噛み締めた。


「……ケインは?」


「もう死んでおります」


 メルはケインの体に触れるまでもなく断言した。

 崩れ落ちるような体勢で、糸が切れたようにピクリとも動かない。地面には血溜まりが出来ていた。


「後始末はメルに任せる。転移の魔道具を使って村人を屋敷に避難させろ」


「……逃げた盗賊は殺しますか?」


「ほうっておけ。どうせ戦う意思もないはずだ」


「かしこまりました」


 颯爽と森を走っていくメルを見届けて、フィリエリスは傷を受けた脇腹を触る。亜人が持つ強力な自然治癒能力のおかげで、傷は跡形もなく塞がっていた。


 ケインが放った最後の一撃は、ゲームシステムの範疇を超えたものだった。運営がキャラクターに定めた限界を上回っていたと断言できる。


 この世界は英雄鬼譚というゲームを元にした世界ではあるが、この世界の住人はゲームのキャラクターではない。

 それをフィリエリスは痛みと共に噛み締めた。

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