第2話 現状把握


 フィリエリス・バーラエルは二年後に殺される。


 自分の末路を知ったフィリエリスは、力なく自室の椅子に体を預けた。

 ぎぃと簡素な木製の机が悲鳴を上げる。

 仮にも貴族が座る椅子としては程度が低すぎる上に、芸術の観点から見ても趣すら感じられない粗悪な代物だった。


「ったく、冷遇しされ過ぎじゃないか? 一応、これでも長男なんだが」


 フィリエリスはバーラエル家内で冷遇されている。

 長男ではあるが、その扱いは家中でも最下層。

 フィリエリスが亜人の血を受け継いせいだ。隔世遺伝というやつらしい。

 亜人排他の気運にあるエルドラ王国では、当然ながら差別の対象である。


「亜人だからって、次男どころか三男四男より扱いが下だし、このままじゃ良くて貴族の召使いコースか」


 長男の立場からすれば考えられないほどの屈辱だ。

 全てを投げ捨てて遊んでたのも理解できる。

  

「ここで貴族をやってても、腐るだけだな。……どうせ死ぬんなら盛大に暴れてやろう」


 フィリエリスは中途半端に国に忠実だった。

 そのせいで力を伸ばす機会がなかったのだ。

 どうせ、このままじゃ死ぬんだ。悪役をやろう。強くなって、逆に主人公が力をつける前に叩き潰す。


「フィリエリス様、如何なさいましたか?」


 自室で思考に耽っていると、ドアがノックされた。


「メルか。入れ」


 フィリエリスは声を低くし、貴族の品格を出した。

 元峰としては慣れない尊大な態度だが、フィリエリスの体だからか堂に入っていた。


「失礼します。フィリエリス様」


 扉を開けて入ってきたのは、メルというフィリエリス直属のメイドだ。


 ショートロングの黒髪にパチクリとした目。身長は150センチ前後で、やや小柄。どこか妖艶さがある。所作の一つ一つが丁寧で機械じみているが、それがまた美貌を引き立てていた。


 メルはフィリエリスがこの家で唯一信頼を置いている人物である。

 幼少期の頃から世話役としてずっと一緒に居て、フィリエリスからすれば姉みたいな存在だ。


「すまんな。急に呼び立てて。少し頼みたいことがあってな」

 

「夜伽でしょうか?」


「え」


「本日はいかがなさいましょう?」


「待て待て! 夜伽!?」


「はい。朝の処理がまだでしたので……違いましたか?」


「本日って、いつもやってんの?」


 15歳の誕生日。この世界では成人となる年齢を迎えたからだとも思いたかったが、「本日は」と言っているということはこれが初めてではない。つまり筆おろしは終わっている。


 というか記憶がある。

 メルの乱れる姿とかあられもない姿とか瞼の奥底にまで焼き付いている。


「うらやましすぎるだろ!」


 俺は強く机を叩いた。

 亜人の力を受け継ぐフィリエリスがたかが木彫りの机を本気で叩くとどうなるか、想像に難くない。

 机は真っ二つに割れ、衝撃波は床にまで及んだ。自室が屋敷の一階でよかった。二階だったら底が抜けていた。


「ッ! ご無礼をお許しください!」


「ああ、いや……お前は悪くない。強いて言うなら俺が悪い」


 フィリエリスもとい元峰は自分の頭を小突く。

 好き勝手遊びほうけやがって。そんなんだから処刑されるんだぞ。


「酔い覚ましに水をくれ。今は気分が悪い」


「お酒の飲み過ぎには気をつけてくださいね」


「わかっている」


 昨晩は夜通し誕生日パーティーを執り行っていた。

 フィリエリスは現代で言う陽キャで、さらには成人を迎えたこともあり、酒やら女やら煙草やら好き勝手にやっていた。

 ほんとに無能ではあるんだよな。我ながら悲しくなってくる。

 

「一週間後には学院の入学式がありますよ。成人の儀を楽しむのは結構ですが、ほどほどにと口を酸っぱくして言ったではありませんか」


「学院……?」


 知らない単語にフィリエリスは首を捻る。

 いや、厳密には知っている。フィリエリス自身の記憶領域に学院に関する情報があった。

 問題は……

 

「こんなの、ゲームには無かったぞ」


「げえむ?」


「……いや。こっちの話だ」


 薄い記憶だから信頼はできないが、英雄鬼譚には貴族が通う学院なんてものはなかった。政争が激し過ぎて、国内の公共事業は遅れていたはずだ。


 元峰の記憶力は大したものではないし、フィリエリスとしての記憶と混ざり合ってるせいで、転生前の記憶が薄れている。


 だが、それでもはっきりと断言できる。


「どうやら、まだ酩酊してらっしゃるようですね」


「ああ。すまんが、少し頭を冷やしたい。くだらぬ問答であるが、付き合ってくれ」


「なんなりと」


「タージマル侯爵殿と父上の関係は良好か?」


「侯爵様は一年前に殺されました」


 さっそく史実と違う展開。


「誰が殺した? 侯爵殿を誅するのは容易ではなかろう」


「王都警備隊の手によるものでしょう」


「王都警備隊?」


 知らない組織だ。

 というか、ゲームだと衰退しつつあった王政が盛り返している。

 貴族の粛正は主人公の手によるものだったはずなのに、最大の貴族派閥だったタージマル侯爵は血の改革を前に悲惨な死を遂げている。


「……もしや、奴がもう暴れてるのか?」


 英雄奇譚の主人公、「アディアス」。

 彼は勇者として、また革命という大義名分を掲げ大虐殺を行ったヤバいやつ。


「メル、アディアスという人物は知っているか?」


 俺の質問に、メルはあごに手を当てる。


「……申し訳ありません。寡聞にして存じ上げません」


「そうか。奴はまだ来ていないか」


 アディアスは暗躍する柄ではない。

 表舞台にのしあがったのなら、堂々と国家転覆を行うはずだ。

 おそらくはまだアディアスはこの世界に顕現していない。そうと知るや、フィリエリスは胸を撫で下ろす。


「とはいえ、猶予はあまりないのは事実だな」


 二年。長いように聞こえるが、余命二年と言うと短い。

 やれることは限られている。

 アディアスはいずれ魔王をも殺す独善男だ。

 そしてバーラエル家は腐った貴族。それがなによりも枷になる。

 アディアスはやるならとことんやる男。きっと見逃しては貰えぬだろう。


「……よし、レベリングをしよう!」


 決断は早かった。

 フィリエリスは立ち上がって、軽く肩を回す。


「メル」


「はっ」


「離れの地下に捕まえた盗賊が何人かいるだろう。その中から活きのいい奴を見繕え」


「かしこまりました」


 ゲーマー魂が疼いた。

 せっかく夢にまで見たゲームの世界にやってきたんだ。思う存分に暴れてやろう。


 








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