エロゲーの攻略対象?!攻略させるわけないでしょう!

由友ひろ

第一章 リリベラ…侯爵令嬢編

第1話 リリベラ・レーチェの悪夢

 黒い人間の影のような者が覆いかぶさり、ユサユサと揺さぶられる。自分の口からは聞いたこともないような嬌声が上がり、自分の意思とは関係なく、足が影に絡みつき、影を引き寄せる。


 嫌よ、止めて……。


 身体を突き抜けるような快感に、こんなものは知らないと、頭の中では拒絶しているのに、身体はもっとと疼いて求めて勝手に動く。


 ヤダヤダヤダ!


 こんな自分は知らない。黒い影は誰かもわからない。なぜ自分に触るのか?誰にもこんなことは許したことないし、許すつもりもない。

 なのにどうして?!


 口が勝手に開いて何かを言っているようだが、その言葉を理解できない。


 わたくしの言葉を聞いて、影がニヤリと笑ったような気がした。目も鼻も口もわからないのに。

 影が顔を寄せてきて、その顔が私に重なる。


 キス……されている?!


 思考は停止しているのに、なぜ自分から口を開き、舌を絡ませているのか。


 私の目尻から涙が溢れる。この涙は嫌だからよ!決して歓んでいるからじゃないわ!


「私は……私はリリベラ・レーチェよ!私に触ることは許しません!」


 ★★★


 身体が重く、ジットリと嫌な汗をかいて目が冷めた。


「…何なんですの」


 何か嫌な夢を見た気がするが覚えていない。


 リリベラ・レーチェ。レーチェ公爵家の令嬢で、背中までの長さで緩やかなウェーブを描く髪の毛は燃えるように赤く、エメラルドグリーンの瞳は曇りなく輝き、やや吊り上がった目はキツイ印象を与えがちだ。

 何よりも、上から90-56-85の完成したプロポーションと口元の黒子は、十八歳には有り得ない色気を醸し出し、男達の視線を釘付けにした。


 公爵令嬢という高貴な立場と、イングリッド王国第三王子の婚約者候補筆頭でなければ、イングリッド王国学園に入学した時点で、好色な貴族子弟に体育館裏にでも連れ込まれていたことだろう。


 リリベラには夢の記憶はなかったが、漠然と残る不快感に、リリベラはベッド横の呼び鈴を鳴らした。


 さほど待たずに、リリベラ付きの侍女であるビビアンがやってきた。黒い髪をお団子に結ったビビアンは、侍女ではあるが今はイングリッド王立学園の制服を着ている。

 男爵令嬢であるビビアンはリリベラと同じ年で、今年一緒に学園に入学したからだ。決して、制服を着てコスプレをしている訳ではない。


 学園内では、貴族も平民も自分のことは自分ですることが求められており、貴賤の区別なく学べる学園ということになっている為、公爵令嬢とはいえ侍女を引き連れて学園には通えない。しかし、抜け道がない訳ではなく、ビビアンのように同じ年の下位貴族の子女や子弟を侍女や侍従として雇い、学費などを支援するとして学園へ通わせ、表向きは学友、実際には主従関係ありということはざらなのだ。


 五年間リリベラの侍女をしているビビアンとリリベラの間には、主従関係以上に友情も成立していたが、ビビアンが何故か出会った最初からリリベラに心酔しており、「お嬢様と侍女」の関係は学園でも崩れることはなかった。


「おはようございます、お嬢様。朝食の用意ならできております。こちらにお運びしましょうか?それとも食堂にいらっしゃいますか?」

「食事の前にお風呂に入りたいの。湯船にお湯を溜めてちょうだい」

「かしこまりました、すぐに」


 ビビアンが部屋についている浴室へ繋がるドアに消えると、リリベラは大きく息を吐いてからベッドから立ち上がった。


 カーテンを開け、朝の日差しを部屋に入れる。窓からは公爵邸の広い中庭が見渡せる。薔薇園には薔薇が咲き誇り、他にも季節の花々が庭園を彩っていた。空は青く、雲はほぼない。

 いつも通りの美しい景色は、リリベラの気持ちを少し浮上させた。


「お嬢様、お風呂の準備が整いました」

「ありがとう」


 リリベラは歩きながらロープを脱ぎ去り、見事な裸体をさらす。ビビアンがロープを受け取ると、リリベラは浴室へ消えた。ビビアンの「ハァー」という感嘆の声を背に。


 髪の毛はアップにし、リリベラはゆったりと湯船に浸かる。美肌効果のあるカミツレエキスの入ったオイルを湯に垂らし、肌を撫でるようにマッサージする。洗顔もすまし、すっかりリフレッシュしてお風呂から上がる。柔らかいタオル地のガウンを羽織り部屋に戻ると、すでに部屋に朝食の用意がされていた。


「お嬢様、学園にいらっしゃるお時間もありますので、こちらに朝食を用意させていただきました」


 ビビアンはリリベラと同じ年ながら、出来た侍女なのだ。


「ありがとう」


 リリベラが座って朝食を取り出すと、ビビアンはリリベラの髪の毛にオイルを塗り込み、髪を整えてくれる。リリベラの豊かで艷やかな髪の毛は、ビビアンの毎日の手入れの賜物だった。若干強めのウェーブのかかった髪の毛は、放置したら絡まって爆発してしまうのだ。


 朝食を食べ終わる頃には、すっかり髪の毛も綺麗に整っていた。サイドを編み込んでピンで留めた髪型は、よりリリベラの顔をシャープにスッキリと見せ、「今日もお嬢様は完璧に美しいです!」というビビアンの心の声は、毎回のことながら口から漏れていたが、リリベラは気にせずチェストの前に移動して化粧を始めた。


「お嬢様、お時間です」


 リリベラが化粧まで終わった段階で、朝食の皿などを片付け終わったビビアンが声をかけてくる。


「口紅、赤過ぎたかしら?」

「お嬢様の髪色と似合っていると思います。大変お美しいです」

「ありがとう」


 うっとりとした表情でリリベラを鏡越しに見るビビアンの瞳には、素直な称賛が伺えた。


 大して化粧をしていないのだが、元の顔立ちが派手なせいか、少し色を乗せただけでも化粧が濃く見られがちだった。リリベラの年齢を知らなければ、誰も彼女を十代とは思わないに違いない。


 リリベラは、制服のブレザーを羽織ると、両親に挨拶をしてからゴールド邸を後にした。


 リリベラとビビアンを乗せた馬車がイングリッド王国学園の馬車停めにつくと、ビビアンがまず馬車から降り、リリベラに手を差し出す。リリベラはそんなビビアンの手に手を添え、颯爽と馬車を降りた。


 リリベラに媚を売る女子生徒達が、こぞってリリベラに挨拶をしにきて、まるで大名行列のようにぞろぞろと後ろをついてくる。ビビアンはリリベラの真後ろをキープし、女子生徒達がリリベラに不必要に話しかけないようにブロックしていた。


「リリ、また随分とお付きを引き連れているな」


 リリベラに声をかけてきたのは、この国の第三王子、クリフォードだった。


 今日も無駄に爽やかな笑顔を振りまいている。しかし、実際は爽やかというよりも腹黒い部分も多く、外面と中身がかなり違う。笑顔を絶やさないいかにも王子様な外面より、ランドルフとリリベラにしか見せないシニカルな態度や、悪巧みをしている時のいかにも悪そうな笑顔とかの方が、人間味があって良いのに……とリリベラは常に思っている。


 リリベラがクリフォードに抱いている感情は友情であって愛情ではない。それはクリフォードも同様である。クリフォードがリリベラを婚約者候補達の中で一番優遇し、婚約者候補筆頭と名乗らせているのは、自分の娘をクリフォードの婚約者にねじ込み、外戚になることを狙っている権威主義の貴族につけ込まれないようにする為……というのは建前で、もう一つ大切な理由があったりする。本人はひた隠しにしているがリリベラにはバレバレで、今もクリフォードはその理由彼女からわざと目を背けていた。

 リリベラ的にも、まだ婚約者を決めたくない理由があるので、第三王子の婚約者候補筆頭でいるのは、ウィンウィンの関係と言えるのだ。


「クリフ、あなた一人?」

「そう。リリには申し訳ないけどね」


 金髪をかき上げながら、クリフォードは今朝の空と同じ色の瞳をリリベラに向ける。後ろでキャーと女子生徒の悲鳴が上がる。

 微妙に照れたような表情を作るクリフォードは、かなりあざといと思う。好かれたくはないが、王家の好感度は上げておきたいようで、なんなら他の女子と仲良くなれないのは、リリベラのせいくらいなことを匂わせたりする。すっかりリリベラは気の強い悪役令嬢キャラが定着してしまっていた。


「ランディはもう教室に行ってしまったの?」


 ランディとは、ランドルフ・アーガイル子爵令息のことで、クリフォードとリリベラの幼馴染だ。

 同じ十八歳だが、あまりの天才ぶりに基礎過程である一・二年はスキップし、入学してすぐに専門過程の三年生に編入になった。しかも、通常は二年間かけて一つの学科を研究して論文を書いて単位を取得して卒業するものを、魔法学部魔術科と文化学部経済学科の二学部に籍を置いている。本人は、卒業までには武術学部以外の全ての学部をコンプリートすると豪語しており、多分それは有言実行するだろうと、クリフォードとリリベラは考えていた。


「今日は魔法学の学術発表があるとかで、その準備で先に行ったよ。リリが来るのが遅過ぎるんだよ」

「しょうがないわ。女子には支度に時間がかかる日もあるものよ。あなたも、私を待たずに先に登校していれば良かったのに。どうせ朝から見るなら、クリフの胡散臭い笑顔じゃなくて、ランディの涼やかな笑顔が見たかったですわ」

「君ね、ランディの前でも同じことを言いなよね」


 リリベラの初恋はランドルフで、それは現在進行形だった。リリベラは、クリフォードと侍女のビビアンにしかバレていないと思っているが、思っている以上に沢山の人間にバレており、その中にはランドルフも入っていた。つまり、本人にバレバレなくらい、その恋心は隠しきれていなかった。


「バッカじゃないかしら。言えたら今頃あなたの婚約者候補筆頭なんかやっておりませんの」


 リリベラがわざとらしく顎をツンと持ち上げて高飛車な態度を取ると、クリフォードもわざとらしくリリベラのご機嫌を伺うように顔を覗き込む。


「それは失礼しました。ぜひ、今のままでお願いします」


 クリフォードは、親しげにリリベラの腰に手を当て、エスコートするように歩き出した。

 他の人間には聞こえないように声をひそめて話している姿は、親しげな恋人同士の会話に見えるかもしれない。

 本人同士には、全く恋愛感情はないのだが。


 クリフォード第三王子、金髪に空色の瞳を持つ美男子でリリベラと同じ十八歳だ。しかも、優秀な頭脳を持ち、魔力量が多いと言われる王族の中でも、驚く程の魔力量を持つ逸材。多分、王子三人の中では、一番王に相応しい人材かもしれない。本人は、王位なんかさらさら継ぐ気はないから、凡庸を偽っているようだが、残念ながら偽りきれていない。


「ちょっと、距離が近いわよ」

「まぁまぁ、教室までだから」


 気心の知れた幼馴染だから、ギリギリセーフの距離感だが、やはり異性に触れられる嫌悪感は耐えられない。

 第二次性徴が始まってから、リリベラは男性から下卑た視線を向けられやすくなり、やたらと男性に距離を詰められるようになった。そのせいか、親しい家族や友人以外の異性に必要以上に近寄られると、鳥肌が立つくらい嫌悪感を抱き、拒絶反応が出てしまう。


 クリフォードはそんなリリベラの心境を知っているから、他人からはエスコートしながら親しげに歩いているように見えるように工夫しつつ、リリベラに触れないギリッギリの距離で手を腰に回しているように装う。


 クリフォードのこういうところは、さりげなくて優しいんだけど……と思ったリリベラだった。


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