南下
俺たちはグドンを従え、早速南下を始めた。
グドンの右手にはアトリ、左手にはゲンが乗っている。アトリに関しては手の平で優しく包まれ、その中でグッスリと眠っていた。
「おーい、グドン! もう少しゆっくり歩いてくれ! こっちは付いていくのに必死なんだ!」
クイナがグドンを見上げて大声で言った。
だが、グドンは見向きもしない。どうやら、アトリの言うこと以外は聞かないようだ。
「チッ、なんだアイツ! 見た目も中身も可愛くないな!」
そんなクイナに、俺はフフフと笑った。クイナが俺と同じ時代に生きていたら、どんな女子だったのだろう。
「アトリが目を覚ますまで、もうちょっと頑張ろう。——にしても、殺されると思っていた相手が仲間になるなんて、面白いこともあるもんだな」
俺はズシンズシンと歩くグドンを見ながら言った。
「だな……アトリの叫びが届いてなかったら、死んでただろうなアタシたち。それにしても……ホウクたちをやっつけるのも、急に現実味を帯びてきた感じがする。
——もちろん、嬉しいよ。嬉しいんだけど、なんだろう……」
クイナにとっては嬉しい事に違いない。だが、それが終わると、俺とゲンはどこかに行ってしまうからだろうか。
「でも、そうなればお姉さんやお父さんとも会えるかもしれない。嬉しい事の方が多いじゃないか」
「もちろん、それはそうだよ。でもさ……今のこの時間がさ、今まで生きてきた中で、一番楽しい瞬間なんだって気がしてさ……」
クイナはそう言うと、俺に腕を絡ませてきた。なんだろう、少しだけ久しぶりの感覚。
「アタシの言ってる意味、分かるか?」
俺の顔をジッと見て聞くクイナに、俺は「もちろん」と答えた。
俺だって……
今まで生きてきた中で、一番最高の時間を過ごしているのだから。
***
アトリが目を覚ましたタイミングで昼食を取ることにした。テントの床用のパーツだけを設置し、食事の準備を始める。グドンはその横で、大人しく三角座りをしていた。
「なあ、アトリ。グドンにアタシたちの言う事も聞けって言っておいてくれよ」
「二回言ってもダメだったから、無理じゃない? でもいいじゃない、私の言う事は聞いてくれるんだから」
アトリはフフっと笑いながら言った。大きな図体で言う事をきくグドンが、どんどんと可愛く見えているようだ。
そんな時、進行方向の南側から叫び声が聞こえた。
「おっ、お前たち!! これはどういう事だ!!」
カナリー村のダックだった。
「——おや? ホウクの城へ行ったんじゃなかったのか? 何で戻ってきた?」
「ホ、ホウクだと……!? な、なに、呼び捨てにしてやがる! も、もしかしてお前たち、最初からグドンと仲間だったってオチじゃ無いだろうな!」
ダックたちは南下している際、北上するイグルの兵に会ったそうだ。イグルの城の兵器を全て、ホウクの城に集結させるためらしい。それに合流した、との事だった。
「いやいや、グドンは本当に敵だった。俺たちがぶっ飛ばされたのは、その目で見ただろう。ホウクに関しては……俺たちにとっては、最初の最初から敵だ」
「なっ、なんだと、コイツら!! おい、コイツらを引っ捕らえろ!!」
ダックは後ろの兵たちに命令を飛ばした。だが、誰一人として動こうとしない。魔物と戦う俺たちを見ていた連中は、やり合おうとは思わないだろう。しかも、今はグドンも従えている。
「ハハッ、もしかしてアンタの兵たちもイグルたちの事、嫌いなんじゃないの? アタシたちは今、イグルとホウクを倒すためホウクの城に向かってる。アタシたちだけじゃないぞ! 他の仲間たちも一緒にな」
「う、嘘を付くな。どう見てもお前たちしかいないじゃないか」
「クイナの言ったことは嘘じゃ無い。仲間たちは東側のルートから、同志を募って南下している。——まあ、これに関しては、クイナが言わなかったら俺は黙っているつもりだったが」
ゲンが言うと、クイナは「あっ」と声を上げて口を塞いだ。
その後、俺たちとダックは話し合いの場を持った。万一戦闘になったとしても、グドンがいる以上ダックたちに勝ち目は無いだろう。
「——という事で、俺たちと同じ意志を持つ者は、トキという者を追って、東側のルートから南下して欲しい。ダックに付いていく者は、そのまま北上してくれ。俺たちは危害を加えないと約束する」
「——わ、分かった。だが、お前たちの作戦が失敗に終わったときは憶えていろよ。必ず、イグル様とホウク様の前に叩きだしてやるからな」
「ダックさん? そういうあなたも、失敗した時は覚悟しておいてくださいね。——ねえ、グドン」
アトリが言うと、グドンは『グルル……』と低い唸り声を上げた。
***
トキに合流するという者たちを、ゲンは先に出発させた。その数は、全体の七割にものぼる。元からイグルやホウクに対して、反感を持っていた者が多かったという事だ。それに加え、俺たちやグドンも仲間なら『本当に勝てるかもしれない』、そう思った者も多いに違いない。どちらにしろ、その数の多さにダックはかなりのショックを受けていたようだ。
「ど、どうして、俺たちだけ足止めにする! その化け物に、俺たちをやらせるつもりじゃ無いだろうな!」
残りの三割の一人、ダックが言った。
「ハハハ、俺はそんな悪趣味は持ち合わせていない。お前たちを先に行かせると、彼らを待ち伏せたりしそうだからな。しばらく、我慢してくれ」
携行している武器は、残った三割の方に集中していた。なるほど、ゲンはよく見ている。
そして数時間が経った頃、俺たちはそれぞれの目的地へ、南北に分かれて移動を始めた。
***
俺たちはゆっくり、ゆっくりとホウクの城へと向かっている。トキやヨタカがホウクの城に到着するには、四日ほどかかるからだ。それでも俺たちが移動に使った時間と比べると恐ろしく早い。
そうそう。ラスボスのグドンが戦闘状態を放棄している今、他の魔物も攻撃をしてこなくなった。さっきも小型の魔物が、俺たちの前をスーッと通り過ぎていったところだ。
「急に平和になった感じがしますね。まあ、魔物が現れる前はこんな毎日でしたけど」
魔物を出現させたという意味では、俺たちはこの島の平和を乱したと言える。だけど、死ぬ運命だったアトリとクイナが今は生きている。それだけで、俺たちが来た意味は充分にあった。
「それにしてもさ……もう少しで、ホウクたちから解放される日が来るかもしれないんだぜ……物心ついたときから、ホウクたちは上に立つ人で、アタシたちは仕える人。そんなのが当たり前だと思ってた。——ゲンやユヅル、ヨタカたちは本当に凄いよ」
俺の時代でも、後世の人たちからしたら『当たり前』では無い事が沢山あるのだろう。こんな時代に、自分の腕を犠牲にまでして、世界を変えようとするヨタカ……なんという人物なのだろうか。
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