いざ北部へ
アウル村の人々に見送られ、俺たちは北へ向かって進み出した。ゲンの演出で、今朝も雲一つ無い快晴だ。
「なあ、ゲン。どうして、アウル村の人にホウクを呼び捨てるのはダメだって言ったんだ?」
クイナがゲンに聞いた。ソニという青年がホウクに連れ去られたと聞いた時の話だ。
「ああ……アウル村の人たちも、ホウクに不満を募らせているのは見ていて分かった。だが、いま村の人たちを駆り立ててしまっても、彼らにとって良いことは何も無い。今の状況じゃ、例えアウル村とラーク村が一つになっても勝てる見込みは無いだろうからな。時期が来るまで、もう少し待とう」
クイナは納得したような、していないような顔で「分かった」と言った。
「そして今日からは、島の中央に位置するカイト村へ向かおうと思う。二人は行ったことはあるか、カイト村へは?」
「いいえ、ありません。大きな村で往来することがあるのは、さっきまでいたアウル村くらいです。あとは周辺の小さな村くらいでしょうか」
「ああ、そうだな。でも、なんかワクワクするな、初めての村に行くのは。カイト村は大きくて立派な村って話は聞くしな!」
カイト村へは、徒歩で二日ほどかかるらしい。バトルが長引けば、もう少し掛かるかもしれない。そうそう、実は昨日今日となかなかの筋肉痛に悩まされている。
「——あ、そうだ。言い忘れていたが『ホウクたちをやっつけたい』と、最初に言ったのはユヅルだからな。俺はそれに賛同しただけだ」
ゲンが言うと、クイナとアトリは驚いた顔を俺に向けた。そして次の瞬間、両サイドから二人が抱きついてきた。
クイナはともかく、アトリに抱きつかれたのは初めての事だった。だが、アトリは咄嗟に抱きついてしまったのだろう。頬を赤く染めると、すぐに俺から離れた。
***
北へ向けての初日、大きなダメージを誰も受けることなく、計18体の魔物を退治して終わった。夕食も終え、俺とゲンはベッドで横になっている。今日もゲンは夜間に雨を降らせていた。
「——そうそう、ゲンに聞きたい事があったんだ」
ゲンは眠りに落ちるところだったのだろう、少し遅れて「ん?」と言った。
「あ、寝そうだった? ごめん」
「——構わんよ。何だ?」
「何でさ、俺と一緒に……しかも、60年前の俺と一緒にここに来ようって思ったの?」
俺が言うと、ゲンはクスッと笑った。
「いつ、それを聞かれるのかと思ってたよ。まず、一人で来るのは流石に心細かった。じゃ、誰と一緒に行こうって事になる。出来れば体力のある、若い奴の方がいい。でも、俺の友人は既にみんな年寄りだ。気兼ねせずに、声を掛けられそうな若い奴……って事でユヅルになった」
なるほど……まあ、納得出来なくもない。
「60年前のあの日にしたのは? ……俺が留年しそうだったから?」
「そうそう。俺が生涯で、一番後悔した日かもしれん。だからあの日を選んだ」
「——って事は、やっぱり留年したんだね、俺」
ゲンは俺を見て、またクスッと笑った。
「だから、ユヅルの世界に戻ったときは頑張ってくれ。次は留年しないように」
「あ、あとそれに繋がる大事な事。俺たちの記憶ってどうなるの? 元の世界に戻ったとき、ここでの事は憶えてる?」
「——残念ながら、記憶を持って帰る事が出来るのは俺だけだ。タイムリープの際にIDを発行するんだが、それを持っていないものはタイムリープ中の記憶は残らない」
確かに、俺たちの時代の人間が記憶を持ち帰る事が出来たら、それは大変な事になるだろう。ヒーローになれるか、もしくは変人扱いされるかの二択だと思う。そして俺の場合、きっと後者の変人扱いになることだろう……
「だけど記憶が無くなったら、また同じようにゲームしちゃいそうだな、俺……」
「まあ、ここでは無心で身体と心を鍛えろ。気付いて無いだろうが、来る前よりずっと逞しくなってるぞ、ユヅルは。——明日も早い、今日は寝よう」
しばらくすると、ゲンの寝息が聞こえてきた。
***
アウル村から北へ向けて二日目、この島に着いてからは五日目となる。予定よりかなりスムーズに進んでおり、カイト村まではあとしばらくという距離になった。
「それにしても、この『地図』っていうのは凄いですね。私たちの村が海に近いのは知っていましたが、こんな端っこに位置していただなんて正直驚きました」
アトリはリストバンドで地図を表示させている。どの時代でも、若い人は飲み込みが早い。
「ホントホント。ただ、アタシたちの住んでいる島って、こんなに小さかったんだ。延々と大地が広がってると思っていたよ」
クイナの頃は、地球は平らだと思っていた頃だろうか。いや、地球という概念さえなかったかもしれない。
「——なあ、ゲン。クイナは『延々と大地が広がってると思ってた』か言ってるのに、ここを『島』って呼んでるのは何で?」
ゲンにこっそりと聞いた。
「俺たちの時代に比べて、この時代は極端に語彙が少ない。それを翻訳アプリが補完しているから、このような違和感が出るのだと思う。まあ、それでもよくやってくれていると思うが」
ああ、確かに。普段は翻訳されているなんて、意識もせずに話が出来るくらいだ。俺たちの時代にもある翻訳アプリが、ここまで進化すると思うと胸が熱くなった。
「なあ、ゲン。ちょっとだけ翻訳ネックレス外してみていい?」
そう言うと、ゲンは「好きにしろ」と言って笑った。
「○%×$☆♭#▲□&○%$■☆♭*%△#?%◎&@□」
「*#☆♭*%△#?%△%◎!!!」
案の定、アトリとクイナの会話は何一つ聞き取れなかった。ただ、二人が楽しそうに会話しているのだけは伝わってきた。
「ゲン様! 前方に魔物がいます!」
クイナがドラゴンに不意打ちされて以来、リストバンドはマメにチェックしている。その中でも、一番先に気付くことが多いのはアトリだ。アトリとクイナは俺たちと距離をおいて、前方を注視しだした。
「ゲン。リストバンドさ、『魔物近いよ』って通知してくれてもいいのにね」
「ハハハ、もともと遊びでやるものだからな。あえて便利にはしてないんだよ」
もともとは遊びか……幼い頃にテレビでみた、『神々の遊び』という芸人のネタを思い出した。
「あそこだ! 先に行く!!」
先を行くクイナがダッシュで駆けていった。
俺たちもクイナを追うが、何かがおかしい……
ひ、人と魔物がバトルをしている……!?
「お前たち、下がれ! あとはアタシたちに任せろ!」
戦っていたのは、男二人だった。年齢に差があるように見える二人は、親子かもしれない。
敵は何度か戦った、角を生やしたウサギの魔物。ただ、ウサギの魔物といっても図体はデカい。その上、動きは俊敏だ。
ウサギの魔物は、二人の男を庇うように立ったクイナに跳びかかった。クイナは下がることなく深く屈むと、魔物の土手っ腹に強烈なアッパーを入れた。
『グギッ』という鈍い音を立てて、魔物は宙高く浮く。そして、アトリの炎魔法によって、地に戻る事無く炭となって消えていった。
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