生け贄の秘密

「凄いな、クイナ……」


 ゲンが呟いた。


 俺も余りの凄さに声が出なかった。まるで特撮の1シーンを観ているようだった。


「イタタタタタ……」


 だが、勝利したクイナは喜ぶどころか、その場に座り込んでしまった。やはり、最初のドラゴンの一撃が相当効いていたようだ。


「大丈夫か、クイナ。もしかして、肋骨が折れているかもしれんな……これを飲んでおけ」


 ゲンは空腹時に渡してくれたものとは違う、黄色の錠剤をクイナに渡した。


「これで、ほとんどの怪我なら治してくれる。プラス、即効性の痛み止め効果もある。お前たちにもいくつか渡しておこう。

——ただ、数はあまり無いから、よっぽどの時以外は飲むなよ」


 ゲンは俺たちに3錠ずつ、黄色い錠剤を配った。クイナの手を引いて、ゆっくりと立ち上がると、再びアウル村に向けて歩み出した。目的地はすぐそこだ。




「おーい、セッカおばさーーーん! クイナとアトリがやってきたぞーーー!」


 畑作業をしていた、少しふくよかな中年女性にクイナが声を掛けた。セッカおばさんと呼ばれるその女性は、クイナとアトリを認識すると、手に持っていたクワを落とした。


「クイナ……アトリ……」


 そして、駆け足で畑から飛び出してくると、両腕を広げ二人を抱きしめた。


「あんたたち……生きていたんだね……一昨日、雨が降ったとき、これはクイナとアトリが降らしてくれたんだよって、村のみんなで泣きあかしたんだから……あーーーん!!」


 セッカおばさんは大声を上げて泣いた。


 クイナたちが生け贄になる事は、他の村にも通告されているようだった。そして一昨日の雨が降った日、アウル村の人たちはクイナとアトリは天に召されたと思ったのだろう。


「——セッカおばさま、もう泣かないで。ほら、私たちは元気に生きています。後ろにいる、ゲン様とユヅル様が現れて雨を降らせてくれたのです」


「そうそう。おばさんも神の使いになんて会った事ないだろ? 二人は神の使いなんだぜ」


 クイナたちが言うと、セッカおばさんは二人から素早く離れ、その場にひれ伏した。


「か、神の使いの方々とは……クイナとアトリを救ってくれましたこと、何と感謝すればよいか……」


「セッカさんとやら、頭を上げてください。俺たちもただの人間です。今進めている魔物討伐だって、彼女たちに助けて貰ってばかりなんですから」


 ゲンはセッカおばさんの横に屈んで言った。


「魔物討伐……? だから、あなたたちそんなおかしな格好してるの?」


 顔を上げて言ったセッカおばさんのセリフに、俺たちは声を上げて笑った。




 アウル村に入ると、まずはセッカおばさんの家に招かれた。歓迎会を開くので、準備のあいだ部屋で待っていて欲しいと言われたのだ。


「あー、疲れた!!」

 

 クイナはそう言うと、長椅子にゴロンと寝転がった。


「もう、お行儀の悪い……でも確かに、今日もクイナはよく頑張ってくれました。お疲れ様」


 隣の丸椅子に座ったアトリは、クイナの頭をポンポンとなでた。


「アトリとクイナが生け贄になる事は、他の村の人たちも知っていたんだね。ところでさ……どうやって、そのー……アトリたちが生け贄に選ばれてしまったの……?」


 実はずっと聞いてみたかった事だった。俺は思いきって聞いてみた。


「ふぁ~……アタシたちの村ではさ、雨を降らせるために『二人の少女を生け贄にした』って言い伝えがあるんだよ。その時は、恵の雨が何十日も降り続いたんだってさ」


 クイナが大あくびをしながら言った。


「そうそう。文献が残っているって訳では無いんですけどね。口頭伝承って言うのでしょうか。それが、他の村はじめ、ホウクたちにも伝わっていて」


「——で、ホウクたちが生け贄の儀式をやれと?」


 ゲンが身を乗り出して聞いた。


「はい。じいじ……いや長老たちを城に呼び出して、言い伝えを再現しろと……あれは単なる言い伝えだと、長老たちは申し立てましたが、ホウクには聞き入れられませんでした」


「言い伝えでは、長老の孫とか血筋が生け贄になるって事だったの?」


「いいえ、そうではありません。言い伝えられていたのは『二人の少女』という事だけです。なので、それを誰にするかの会議が村で行われました。ね、クイナ?」


 アトリはクイナに話を振ったが、クイナはスースーと寝息を立てていた。


「ああ……疲れたのもあるだろうが、あの薬のせいだ。身体を強制的に回復させるために、強烈な睡魔を誘発させる。俺たちも飲む時には気をつけよう。

——で、会議の結果は?」


「会議自体は、誰も何も言えない状態が続きました。それはそうですよね、誰かが誰かに『生け贄になれ』という事ですから……

——私は悩みました。強制的に誰かが決めるなら、長老の孫である私とクイナが選ばれるだろうと。そうなると、他の家の子や、私たちより幼い子が選ばれてしまいます。私たちは村の人たちに、普段からとても良くしてもらっていました。だから、いつかは恩返しがしたい、何か出来ればといつもそう思っていました……」


「も、もしかして自分から手を上げたとか……?」


「ええ……でも、先に手を上げたのはクイナでした。『これで一人は決まったな』と、一言だけ言って部屋を出て行きました。その後、私も手を上げて会議は終わったのです」


 クイナが最初に手を上げた……


 縄を解いた時に、『まだまだ生きられる!!』と喜んだクイナ。クイナは無理矢理生け贄にされたものだと、俺は思い込んでいた……


 アトリもアトリだ。俺と歳の変わらない、こんな若い子たちが自ら生け贄に名乗り出ていたなんて……


 俺は「分かった、ありがとう」とだけ言って、部屋を出た。


 自分の泣き顔を、彼女たちに見られたくなかったからだ。

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