第11話 応報の儀、一夜目

 今日もまた日が沈み、地に長い影が落ちる時間がやってきた。

 影使いの悪魔たちの時間だ。


 彼らに有利な時間だからこそ、こちらへやってくる動機にもなるし、聖職者が待ち構えていると知っても、すぐに逃げることなく戦う理由になる。相手に有利な状況を与えているからといって、負けるつもりはないのだけど……

 集落の方々は、やっぱり心配みたい。

 後顧の憂いを断つためとはいえ、あえて次なる戦いを呼び込もうというのだから、無理もないとは思う。


 でも、ここの長老殿がご理解を示してくださっているのは、自分一人で作戦を遂行する私にとっては、大きな励ましになった。

 曰く、「一度目をつけられてしまったなら――」と。お言葉を耳にして、私は気持ちを新たにした。

 これから戦いに赴こうという、出陣の時。茜に染まる集落の大広場に皆様方が集う中、私は改まって深く頭を下げた。


「何かとご心労おかけいたしますが……どうか、信じてお待ちいただければと存じます」


 一方、皆様方からはかけられる言葉なんてないように見える。ただ、感謝や申し訳なさ、それに心配入り混じる視線が寄せられる中、長老殿が口を開かれた。


「ティアマリーナ殿がただ者ではないというのは、我々も承知しております。だからといって、我々の問題を丸投げしていることについては、本当に申し訳のない限りで……」


「いえ、それは……」


 これは、恩返しでもあるのだけど……迷いながらも自分で・・・決めた事だった。

 一度宣言したことは、絶対に覆せない。

 曲がりなりにも聖女を志した、元聖職者ならば、なおさらのことだった。


「悪魔相手に、13連夜戦い通すと宣言してしまいましたので……まさか、私の方から契約を反故にするわけにもいきません」


 ちょっと冗談交じりに言った後、私は顔の力を抜いて、「いってきます」と頭を下げた。

 戦いの地へと向き直り、歩いていく私の背に、メリッサさんの声が飛んでくる。

「あったかい朝食とお宿が待ってるからね!」って。

 優しい言葉には、だけど、どことなく不安に駆られたような叫びがあって……

 振り向きざま、「楽しみにしてます!」ってお答えして、私は戦場へと駆けていった。


 今回も、戦場となるのは岸壁に囲まれた荒地。ほどよく影になるところは多くて、影使い向けではあるのだけど、視界が通って身を潜めにくいのは、私にとって好都合だった。

 集落から戦場へ近づいていくと、所定の木陰に例の悪魔シェダレージアの姿があった。


 今日の日没少し前、私の契約通りに同胞はらから一体を呼び寄せることに成功したとの報告を彼からもらっている。

 ただ……契約で縛られているから仕方ないことでもあるし、同胞にとっても「利のある話」ではあったのでしょうけど、だまし討ちに加担して身内を差し出している現状に、思うところはあるようだった。

 ただただうなだれて元気がない彼に、どこかいたたまれないものを、自分の内に感じる。あの集落の方々にとって、彼はただの敵でしかないのだけど……

 それは承知の上、良心にさいなまれた私は、たまらず声をかけた。


「あなた方悪魔は、同族意識をあまり持たないと聞き及んでおります」


「仰る通りです」


「では……あなたはおそらく、同族内でも上等な方なのでしょうね」


 これは予期しない言葉だったみたいで、ハッとした顔を上げてきた。

――痛めつけて、後で優しい言葉をかけて……そんなやり口、人ごとじゃなかった。

 それに……彼が上等な方の悪魔だとして、だったら私は?


 自嘲のため息交じりに、私は続けた。


「契約で命を縛っていることですし……少なくとも、私にやらされている諸々については、あなたに非はありません。私がただ……あなた方よりもよほど、悪辣だというだけです」


 でも、答える声は特になくて、彼は再びうなだれた。

 あの集落の方々に対する過去の行いは、まぎれもない悪行でしかない。でも……


「協力には感謝しています。ありがとうございました」


 あの集落の方々との関係もある手前、滅多なことは言えないし、そもそも契約で縛っているわけでもあるのだけど……

 心の内に生じた感謝の念は、きっと本物だと思う。


 呼び寄せた同胞との戦いへの干渉については、契約で禁じてある。

 影使い同士では影の取り合いになって連携が難しいから、あえて加入する意味もないでしょうけど……念のためのことだった。

 それと、私たちの戦いを見届けさせるようなことはしない。さすがにそれは酷だと思うから……戦場から少し離れたところで待機するようにと命じてある。


 沈鬱な悪魔をひとり置いて、私は再び戦場へと足を向けていった。

 約束の場所へたどり着いたのはいいけど、特にそれらしい存在は見えないし、その気配もない。あたりはだいぶ暗くなってきているのだけど……やっぱり、夕方よりも夜中の方が好ましくはあるみたい。

 とりあえず、ここで待つしかない。私は岩場の中に程よい岩を見つけ、腰かけた。周囲に気を張りながら待ち――


 地に落ちる茜が、ほのかな月明かりに取って代わられる頃、ようやくお客さんがやってきた。岩場の中央あたりに、不意に暗い影が落ちる。

 いえ、湧き出した・・・・っていう方が正しいかも。

 魔界とをつなぐ影の門が生じ、その中からスッと音もなく人影がせり上がってくる。

 人影というか、悪魔なのだけど。

 シェダレージアとほとんど変わらない外見で、優美な印象を与えてくる。流麗ながらもどこか威圧的な黒い翼をさておけば、社交の場に居ても遜色ないような。

 その新たな客は、見た目に違わず悠然とした所作で周囲を見回した後、私の姿を認めるなり、少しだけ愉快そうに口の端を歪めた。


「シェダレージアが言っていた小娘というのは、お前のことか?」


「ええ、まあ……」


 そっけなく返答したのだけど、「小娘」という表現には、少し引っかかるところがあった。

 実際、シェダレージアは魔界ではそのような表現を用いていたはず。じゃないと、お仲間を引き込むにしても、妙な疑いを向けられかねない。

 もっとも、そのあたりの話術のためではあっても……自身を打ち負かし、契約で縛ってくる「聖職者」を小娘と称するのは……

 その心情を思うと、複雑な気持ちになる。


――そんな機微は、この新たな客には理解できないでしょうけど。

 彼は小娘に、自負に満ちた笑みを向けてきた。


「ヤツも落ちたものだ。仕返しにと他者を頼り、しかもその場を見届けることもできぬというのだからな……そのような性根で領主を名乗ったのだ。騙し通せている内はさそ心が躍っただろうよ」


「あなた、私とくっちゃべりに来たんですか?」


 なんだか腹が立ってきた。やや大きめな呆れ声を向けてから、私は向こうに見えるようにあくびをした。

「仮眠までして、合わせてやってるんですから」と。

 この挑発に、露骨に引っかかるほど短慮な相手ではないけど、これを不快に思う程度のプライドはあるみたいで。


 聖教会の手を離れ、ひとり勝手にこんなこと・・・・・をしてしまっている畏れ多さを感じながらも、私は張り詰める緊張に、慣れ親しんだものを感じてもいた。

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