ポンコツ聖女ティアマリーナの不品行録 ~私が異端者だって言うなら、本当に悪い子になっちゃいますよ!

紀之貫

第1章 追放

第1話 ひとりぼっちの宗教裁判

 アトラシア王国王都に座し、その実、王国の外にまで確かな威光を示すユナリエ聖教会。その中枢である教皇府の一角、大講堂のそのまた中心に私はいて――

 このようなところへお呼び出しを受けた、その理由を耳にするところだった。


「聖女見習い、ティアマリーナ。右の者、聖女として求められるべき能力の不足につき不適格とみなし、聖教会における全職位を剥奪す」


――こういうことになる、かも? ぐらいのお話は、上役の方から耳にしたことはあった。

 私自身、前々からそういう可能性を考えてはいた。

 だけど、本当にそうなる・・・・だなんて、本気でそうは思っていなかったって、今になって思い知った。

 下されたお言葉を耳にして、頭の中が真っ白になって……何も考えられない。


 白亜の聖堂に響き渡る宣告が静寂に変わっても、なお、私が平静を取り戻すにはいくばくかの時間を要した。

 判決に抗弁なんてできない。私が至らない存在だっていうのは、私が一番良くわかってるから。

 どうにかやっと落ち着いた頭でできることって言ったら、そんな再確認ぐらいだった。


 私に対する処分読み上げの後、職位剥奪――つまり、聖教会から追い出す破門と同義ってこと――という、重い処分が下った理由が言い渡される。

 去年、この星の上から、私たち(私たちというか、今から追い出されちゃうんだけど……)聖教会は最後の邪教国家を討滅するに至った。

 ひとつ旗の下に天下を統べる覇権国家は未だにないけど、聖教会の教えは星の隅々にまであまねく行き渡っている。

 つまり、血で血を洗う時代は、過去のものになりつつあるってこと。

 そうした中で、聖女を目指す身でありながら、幾度となく儀式を重ねても、それにふさわしい力を身につけられないでいる私の存在というのは――

 端的に言って、この世の行末に影を落とす、不吉の兆しでしかないのだと。


 私は、否定できなかった。聖教会が、選ばれしものに施す聖秘術。身につくかどうか人それぞれという超常の力の内、私に宿った力は、自らを永らえさせつつ、敵を滅ぼすための力ばかりだった。

 聖女なら当然身につけるべき、他者に癒やしを施す力は、私には一片たりとも備わらなかった。


 だから私は、「出来損ないの聖女」だった。


 こうした場を設けて、高座のお方にわざわざ宣告していただかなくても、周囲はもとから知っている。

 いえ、もはや私は聖女の見習いですらなくって。じゃあ、何なのかというと……

 見上げてみれば、答えのようなものはあった。


 目を背けたくなる、私へ注がれる視線の数々。そこには憐憫れんびんと同情と、侮蔑と――

 どことなく漂う、恐れの色があって。


 ここにいてはいけない存在だったんだって、いまになって心から感じた。


「なにか言い残すことはあるか」


 厳かな声に尋ねられ、私は胸元を軽く握り……小さくうなずいた。


「このような不肖の身を、ご迷惑にも関わらず今まで置いてくださいましたこと、本当に」


 それから、少し言葉を続けられなくなって……落ち着くまで寛大にもお待ちいただけて、私は最後の務めと思って口を開いた。

「ありがとうございました」って。



 非公式だっていう裁判が終わってからの動きは、本当に目まぐるしいものだった。

 みんな、こうなることを知っていて、あるいはそう望んでいて、待ち構えていたみたいだった。

 私には、どこかへ早く行ってほしい、って。


 全ての職位・権限を剥奪された私は、ごく小規模な移送部隊の手によって、教皇府から移送された。

 流罪――という言葉は用いられなかったけど、実質的にはそういうことだと思う。どこへ飛ばされるのかはわからない。

 一つの馬車を私なんかと共有する、移送部隊の方々は、特に感情の動きを見せたりはしなかった。忌み嫌われて追い出された私が相手でも。

 そのように訓練されてる、立派な方々なんだって思う。


 それにしても、道中は長くって、どうにもいたたまれない。

 どこへ行くかも聞かされないままに、教皇府のある都市部からどんどん離れ、人里まばらな地へと馬車は進んでいく。何日も何日も。

 やがて、木々生い茂る森の中で馬車が止まった。木漏れ日が差す森の中の道が、光と影で綾なしていて……

 いいものは見れたかな、って思った。


 私の直感を支持するように、「ここまでです」と、隊長さんの声が告げる。「ここで解放、後は勝手に」ってことなのか――

 あるいは、「ここで始末する」ということなのかも。


 少し考えた私は……せめて何か、意味のある最後をと思った。私を見つめて立ち止まる護衛の方の一人に素早くを見寄せ……

 腰に携えた長剣を抜き盗って構える。


 突然の凶行に、移送の方々は大いに戸惑った。

 私に信頼してくださっていたのか、あるいは、こんな元気は残ってないって思っていたのか。

 皆様方が困惑しながらも、型通りに剣を抜き放って構える。

 一気に張り詰めたの空気の中、私は、やはり若干の狼狽ろうばいを隠せないでいる隊長殿に顔を向け、口を開いた。


「これから若干、あなたに傷を負わせます……頬あたりに浅く、少し残る程度の傷を」


「お、落ち着いてください!」


「十分落ち着いてます。私が先に傷つけますから、あなた方はしかる後に、私を殺してください」


 続けた言葉も完全に予想外だったようで、ますます混乱してこちらの意図を読めない皆様方に、私は告げた。


「世の中や教会で、どのように処理されるかは知りませんが……十分な功績にはなるでしょう」


「な……まさか、このような木っ端役人の踏み台になると、本気で仰せで?」


 信じられないとばかりにうろたえる皆様方に、私は静かにうなずいて……

 皆様方は互いに顔を見合わせた後、苦笑いになり、少し声を上げて笑い始めた。隊長さんが最初に剣を収め、配下の方々もそれにならって、構えを解いていく。


「ほら、聖女殿も剣を収めてくだされ。いかにお考えあろうと、徒手の者に切りつけることはありますまい」


 実際その通りだった。討たれることを望みながら、ひとり剣を構える一人芝居。急にバツの悪い思いが胸に押し寄せ、私は抜き盗った剣を本来の持ち主に、丁重にお返しした。

 それからすぐ、隊長殿が口を開かれた。


「もしかすると……『ここまで』という言葉が、誤解を招いてしまったのかもしれませんな」


 どうも、私をここで始末するような密命を帯びているわけではなく、都市から十分に離れた隔地で置き去りにするのが任務とのこと。

 この先、聖教会と関わろうとしなければ、私はいち私人として生きることを認められているそうで。


「上命とはいえ、うら若き乙女をこのようなところに置き去りにするのは、さすがに心苦しくはありますが……」


 隊長殿のお言葉に、配下の方々も沈鬱な面持ちでうなだれた。

 ここまでの道中、決して感情の揺らぎを見せてこなかった方々なのに、任務の最後の段になって強く抵抗感を覚えておられる。


 もしかすると、私の勘違いと軽挙が、皆様方の感情を引き出してしまったのかも……


 さすがに恥ずかしく思い、私は深々と頭を下げた。


「どうか皆様方のこの先のご健勝、聖女としてあまりに至らぬ身ではありますが、せめて天に聞き届けられますよう、心よりお祈り申し上げます」


 祈りを口にし、胸の前で手を合わせて祈念して……

 顔をあげると、どこか憂いのある優しい笑みを向けられていた。


「聖女殿は……もう少し、楽に生きられてもよろしいかと」


 でも、私は元々、聖女見習いでしかなくって。

 今は見習いですらない。

 私を指しての表現は、とても不適当なものだった。


 だけど、「楽に生きても」というお言葉には、本当に温かなお気持ちを感じる。

――こんなことを思うのは無礼千万も承知だけど、聖教会の一員としての数年間、めったに感じたことはない温かみがあった。


 再び、心からの感謝に頭を下げ、私は木深い森の中へと駆け出していく。


 この先がどこへ通じるかもわからないままに。

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