第10話 初コラボ
あたり一面の湯気に包まれて、ドローンが追尾する眠れる美女を見る。うん。湯気がなんとも言えない淫靡なムードを演出している。ちょっと怪我してたみたいだから、軽く応急措置はしておいた。
多分高名な配信者なのだろう。ドローンは相変わらず追尾して配信中だ。多分視聴者から監視されてる。変なことをする気もないがそもそも出来ない。また何いわれるかわからない。
これは救助したのであって、天地神明に誓って危害は加えていない。でも主観100%の視聴者はどこかひとつでも粗相があればそれが全てかのように非難するだろう。視聴者を自分の意志でコントロールすることはできないからな。
とりあえず自分の配信は取りやめにして意識が戻るのを一切お触りなしで待つしかないだろう。放置してこの場を去れば薄情者と言われるだろうし、触ればそれこそ何言われるかわからないからな。女はいつも待たせるだけで、男はいつも待ちくたびれて……だね。
しかし、なんで変な格好してるときに限ってこういうのに出くわすかなぁ?
……いや、いつも変な格好してるからか。
とりあえず、配信中のドローンの向こう側にいる視聴者に、敵意がない善意の第三者アピールしようとドローンのカメラに向かう。
ドローンの前に立ち、喋ろうとしたらカサコソとドローンがアランを避けて邪魔されずに眠れる美女が写せるところに移動する。
……ですよね~。
思わず納得した。カメラが避けても避けてもカメラと美女との間に入ることも出来ないわけではないのだが、配信されるのだから悪名がよりひどくなる。それは本意ではない。
とりあえず、声だけでも届けておこう。
「視聴者の皆さん。てまえ生国と発しまするところ東京葛飾です。帝釈天で産湯をつかい……」
イカン。プロ仕様の本格シネカメラが稼働してるところで自己紹介をしようとすると何かになりきってしまう。ここはネタじゃない本当の自己紹介をしないと。
「アランといいます。縁持ちましての渡世はヒモです。配信者に憧れて修行中の身、こちらにお邪魔しました。どちらさまか存じ上げませんが、配信者様は少々怪我をなさっておりましたが、軽く応急措置はしましたので心配はありません。意識が戻られたのを確認したら去りますので今しばらくお付き合い願います。」
といったものの、間を埋める術は持ち合わせてない。間をこれっぽっちも恐れないギタリストもいるけど、アランはそうではない。
困ったな。ギターでも弾くか。いや、この配信者様の普段の配信を知らんのにいらんことしたら後で何言われるかわからない。
間を埋めるためにギター弾くのはかなり危険な賭けだ。そもそも配信者様を無視した、視聴者さまにとって期待されてないことではないか。この配信者様のファンはいまなにを期待してるのだろうか。
いくら考えても答えはふたつにひとつ。「配信者様が目覚めて安全な場所に帰り着くか、続きの配信を再開すること」だな。いずれにしても起きてもらわなければ。
アランはリアカーからブルースハープとギターを取り出し、J.S.Bach作品140番「目覚めよと呼ぶ声聞こえ」を熱演した。
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