第20話 服と髪留め

「いや~! 庶民の店と侮っていましたが、中々の味ですよイヴさん!」

「そうですか。当機は味覚が希薄ですのでそう感じれるのは良い事かと」


 イヴとマイストス、そしてレーヴとアーシャはそれぞれ人気のカフェのテラスに座っていた。

 飲み物を飲んで少し落ち着いたのかマイストスは頼んだ紅茶の感想をイヴに語る。

 一方でイヴも同じく紅茶を飲みつつ、今までのように相槌だけではなく会話をしていた。


「凄いな」

「でしょ? 雰囲気を整えるだけでも結構違うものよ?」


 その隣の席でレーヴはコーヒーを飲んで感想を述べる。

 そんなレーヴが新鮮なのか自慢げにアーシャは水を飲みながら何かを待っている。


「この系統に限っては今後お前を頼る事にするよ。ちょっと請求書見せろ」

「フフン♪ 先生って呼んでくれていいわよ? それと自分の分ぐらい払うわよ」

「絶対に呼ばないから安心しろ。教わっておいてそんなの出来るか、奢ってやるって」

「遠慮しなくてもいいのに。私の方が高いの頼んだんだから気にしなくていいって」

「いいから見せろよっ、と!」

「えっ! あっ……」


 アーシャの手に持っていた請求書をレーヴが取ろうとする際にお互いの手が重なる。

 その事にアーシャの動きが止まった隙に、レーヴは請求書を奪い取る。

 レーヴはその書かれていた金額を見て若干眉を顰めると呆れたように口を開く。


「よくこの金額のメニュー頼めるな、俺でも少し勇気がいる値段だぞ?」

「い、いいじゃない。好きなんだから」


 顔を赤らめながらそっぽを向くアーシャにレーヴは思わず笑いが出る。


「悪いとは言ってないさ。そういう所は可愛らしいもんだな」

「……えっ? い、いいいい今。誰の事を、か、かかか可愛いって?」

「お前」

「……そういう不意打ちやめてよ」

「?」


 顔を湯気が出そうなほど真っ赤にして、テーブルに突っ伏すアーシャを不思議そうに見るレーヴ。

 しばらくすると落ち着いたのか顔を上げ水を飲んだアーシャは一つ質問をする。


「ねぇ。一つ確認……というより、もしもの話だけど」

「何だよ」

「もしイヴがあの貴族様に本当に惚れちゃったりしたら、どうする気?」

「……」


 アーシャのその質問にレーヴはコーヒーを飲む手を止める。

 カップをテーブルに置き、腕組みしながら答える。


「まあ店は基本一人で回さないといけなくなるな、忙しい時はバイトでも」

「そういう意味じゃないって分かってるでしょ? 引き延ばさないで正直に言って」

「……厳しいな」


 レーヴは苦笑いを返しながらアーシャの問いに真面目に答える。


「それぞれ進みたいと思う道がある。確かに俺はイヴの所有者にはなっているが、アイツがしたい事を止める気はない」

「例え自分の前から居なくなっても?」

「……それをイヴが望むなら、な」


 そう言ってレーヴはマイストスと会話している(と思われる)イヴを見る。

 その視線は友人にも、父親にも、あるいは恋人のようにも見えたと後にアーシャはアクトに語った。


「意地っ張り」


 アーシャがレーヴにバレないようにそう言うと、後ろから店員が頼んでいた最後の品を持って来た。


「お待たせしました。こちら『ツインタワーアルティメットジャンボパフェ』となります」


 そう言って店員が重そうにテーブルに置いたのは、超特大の器に彩られた数々のフルーツやスイーツ。

 美味いが確実に胃もたれを起こすと評判のこの店の看板商品であった。


「これ! これ! これ!! 一度食べてみたかったのよね!」

「よく食おうと思えるな、そんなモンスター級の食べ物。見てるこっちが胸やけする」


 レーヴも甘いものは嫌いではないが、ここまでの物は食べる気にならなかった。

 だがアーシャは意気揚々とスプーンを持って嬉しそうにしている。


「こんなモンスターなら何時でも大歓迎~! それじゃあ頂きま」

「やんのかテメー!」


 アーシャの言葉は突然の叫び声にかき消された。

 ついでにパフェも吹っ飛んで来た何か(後に投げられた鉄材である事が判明)によって地面に叩きつけられた。


「な、何が起こったんだい!?」

「どうやら揉め事のようですね。マイストス様、下がられた方が」


 イヴの判断した通り、ここら辺を縄張りにしている不良グループの抗争が今まさに始まろうとしていた。

 怯え始める店員や他の客たちであるが、レーヴは顔を伏せたまま動きを見せないアーシャの方が怖かった。


「……レーヴ」

「……何だ」

「申し訳ないけど会計、済ませておいて。多分、戻れないから」

「……手加減しろよ?」

「善処するわ」


 アーシャはそう言うと立ち上がりゆっくりと両グループの間に割って入る。


「アァ!? 何だテメェ! 邪魔すんじゃ」

「アンタたち。一回だけチャンスをあげる。今すぐ目の前から消えなさい」

「ハァ!? 眠たいこと言ってんじゃねぇぞ女!」


 リーダー格の不良がそう言うと、周りの舎弟だけでなく相手グループも賛同する。


「そう」


 アーシャはそう言うと召喚魔法で両手に槍を持つ。

 その後ろには武器が続々と召喚されており、異様な雰囲気を出していた。

 流石に嫌な予感を感じ取って逃げようとする者もいたが、時既に遅し。

 ここで抗争を始めようとした時点で彼らの命運は決まっていた。

 そしてついに修羅……ではなくアーシャが吠える。


「仲良く地面でも舐めてろ! この腐れ外道ども!!」


 それと同時に不良たちが空中を舞う。

 槍や剣、はたまたハンマーなどで吹き飛ばされていく不良たち。

 その光景を見てマイストスは驚きを隠せないでいた。


「つ、強かったんだねぇ。彼女」

「アーシャ様はハイクラスのウォーリアですので」

「二人とも、ここを離れますよ。会計は済ませたので」

「い、いいのかい? あのままでも?」

「その内に騎士団が来るでしょう。さ、とばっちりを受けない内に早く」

「! 動かないでください」


 イヴの視線の先にはアーシャが吹き飛ばした不良がコチラに飛んでくる光景があった。

 すぐさま戦闘モードに切り替えると、回し蹴りをして不良を人がいないところに吹き飛ばす。

 だが。


「えっ?」


 イヴの言う通り全く動かなかったレーヴに対し、マイストスは動いてしまった。


「「あっ」」


 レーヴとイヴ、二人の言葉が重なると同時にマイストスは勢い余った蹴りを食らって動かなくなってしまった。


「……」

「……」


 どうしようか悩む二人の横で、アーシャの暴れる騒音と不良たちの悲鳴が響くのであった。



「お疲れ様でしたレーヴ」

「全くだ。しばらくはデートは避けたいもんだ」


 その後、騎士団により事態は鎮圧された。

 不良たちと暴れていたアーシャが拘置所に連れて行かれる中、レーヴは事情の説明を騎士たちにしていた。

 マイストスはその前に使用人たちが馬車に乗せて帰っていった。


「大きな怪我はなさそうだったし、大丈夫だろ」


 とレーヴはイヴに語っていた。

 そうこうしている内に、店に戻る頃には既に夕方になっていた。


「アーシャ様は大丈夫でしょうか」

「明らかに過剰だが、事の大元は不良たちだからな。まあ一晩反省で済むんじゃないのか?」


 レーヴはそう言うとイヴに何かを渡す。


「これは?」

「今回みたいな時にメイド服しかなかったら不便だろ? 勝手で悪いが服を買わせてもらった」


 イヴが広げてみると、それは白のワンピースであった。

 シンプルながらも適度にフリルもついた、イヴから見ても可愛らしいものであった。


「レーヴ」

「っと、忘れるとこだった。ついでだ、これも受け取っておけ」


 そう言ってレーヴは手に持っていた何かをイヴに向けて緩く投げる。

 イヴがそれをキャッチすると、何やら小さな箱であった。


「! レーヴ、これは」


 箱に入っていたのはシンプルな髪留めであった。

 イヴは驚いた様子でレーヴを見る。


「今日これチラ見してたろ? 欲しいのかと思って買っておいた」

「……数秒のつもりでしたが。見てたのですか?」

「一体何年一緒に暮らしてると思ってる。普段と違う感じがしたらすぐ分かるさ」


 そう言いながらレーヴは夕食作りに入る。

 だがイヴは二つの贈り物をもったままオドオドしている。


「で、ですが。贈られる理由が……」

「俺がお前に贈りたいからしたんだ。気にする事じゃない」

「レーヴ」

「さっさと片づけてこい。夕飯にするぞ」

「……ありがとう」


 そう口にしたイヴの花も恥じらうような笑みを、レーヴはしっかりと見ていた。



「やあイヴさんに便利屋くん!」

「……ファウゼン様、お加減は如何ですか?」


 翌日。

 開店準備を始める二人の前にマイストスが現れた。


「ああ、ただ気絶しただけだったよ。イヴさんの蹴りは当たってないから安心してくれ」

「そうですか」


 マイストスはそこまで言うと真剣な表情になる。


「今日ここに来たのはイヴさんに謝りたかったからだ」

「当機に、マイストス様が?」

「そう。僕はあの時、動いてしまった。他でもない君の言葉を無視して、信じられないで」

「咄嗟の事ですから気になさらない方が」


 レーヴがそう言おうとするが、マイストスはそれを遮る。


「だが、君は動かなかっただろ? 便利屋くん」

「ま、まあそれはそうですが」

「目が覚めた時に気付いたんだ。僕のイヴさんへの愛は便利屋くんとの信頼に負けていると!」

「いえ、勝ち負けの問題では」

「今僕はここに宣言する! 今は敗北を認めよう! だが必ず君に打ち勝ってみせる!」

(その前に人の話を聞けよ)


 レーヴがそう思っていると、マイストスは柔らかく笑う。


「それはそれとして、ソウジキゴーレムはあるかな? 一つもらおう」

「……開店までお待ちいただいたらすぐにでも」


 そう言ってレーヴはイヴと共に開店準備を再開させる。


(ま、悪い奴じゃないかな)


 そう思うレーヴ……であったが。


「すまない。今日も一つ」

「すまない。今日も」

「すまない」

「すま」

「す」

「毎日買うぐらいならまとめて買え!!」


 イヴ目的で毎日来るようになったマイストスにレーヴはそう怒鳴るのであった。




 あとがき

 皆さん、如何でしたでしょうか?

 これにて一旦マイストスのお話は終了です。

 後日談としてアーシャは一晩頭を冷やした後、あのカフェに謝りにいきました。

 すると逆にお礼を言われ、パフェを食べる事ができたそうです。

 次はまた新たなキャラが登場します!

 お楽しみに!

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