第693話 勇者パーティー(捌)

 一色の黒髪が腰まで伸び、その瞳が神々しい金色の光を放つ。

 彼の身体から溢れ出した膨大な魔力が、スタジアムの空気を震わせた。


「これは……」

「これが、草薙の剣に秘められた、もう一つの力――」


 次の瞬間、雫の視界から一色の姿が消える。

 なにが起きたのかもわからないまま背中に強い衝撃を受け、床を転がる雫。


「シズク!」


 それを見ていたシェリルが、戦装束形態ヴァリアントモードで割って入る。

 右手にアダマンタイトの剣を携え、一色に迫る。

 しかし、


鉄壁の盾プロテクトガード


 青白い障壁に攻撃を弾かれ、次の瞬間――

 ドゴン、と大きな音を立てて、先程の雫と同じようにシェリルの身体もボールのように弾け、床を転がった。

 そして、一色は呟く。


「――〈混沌の英雄トリックスター〉。それが、この力だ」



  ◆



 ほんの数瞬前まで繰り広げられていた攻防が嘘のように、戦場から音が消える。

 スタジアムの中心で悠然と佇む一色と、床に倒れるシェリルと雫の姿が、両者の間にある力の差を物語っているかのようだった。


「……できることなら、この権能チカラを使いたくはなかったんだけどね」


 ぽつりと、誰に聞かせるともなく一色が呟いた。

 その声には、勝利の高揚など微塵も感じられない。むしろ、自らの行いを悔いるかのような、深い哀しみの響きがあった。

 彼の身体から淡く、力強い四色のオーラが陽炎のように立ち上る。

 それは、地に伏した仲間たちの魂の輝き、そのものだった。

 ユニークスキル〈須佐之男スサノオ〉が持つ権能の一つ〈混沌の英雄トリックスター〉。

 それは、仲間の能力スキルを自由に使えるようになるというものだった。

 その発動条件は、パーティーメンバーが戦闘不能に陥ること。

 だからこそ、一色はこの力をできることなら使わずに終わらせたいと思っていた。

 仲間の犠牲の上に成り立つこの力が、どうしても好きになれなかったからだ。

 四人分の魂の力が、いま一色の身体に注ぎ込まれていた。

 Aランク探索者、四人分の魂の力だ。ただ単純に力をあわせたのではなく相乗効果によって増幅された力は、人間の限界を超え、一色を神人に迫るほどの高みへと押し上げていた。

 単純な身体能力だけであれば、いまの一色は姉のシオンにも迫るほどに強化されている。言ってみれば、いまの一色は〈神君〉と同じ仙人の領域に立っているということだ。


「今度はアタシが相手だよ、勇者さん」


 明日葉の震える声が、静寂を破った。

 敵討ち、と言う訳ではない。二人がやられる光景を見て、自分の為すべき役目を悟っての行動だった。

 一色の能力については、ある程度の察しは既についていた。雫の警戒を掻い潜って一瞬で距離を詰めた動きは、音花と同じだった。そして、シェリルの攻撃を防いだ盾は、守人のものだ。

 そのことから一色の権能は、他人のスキルを借り受けるものだと明日葉は推察していた。それを確かめるため、そして手の内を少しでも引き出すために、自分が挑むべきだと考えたのだ。


「良い目だ。キミたちは、本当に良いパーティーだね」


 一色はそう言って、少し羨むような表情を見せた後、すっと印を結ぶような動作を見せた。次の瞬間、彼の姿が揺らめき、二、三、四――と、合計で十に達する一色がアリーナに出現する。

 天城音花のスキル〈忍術使い〉の能力――影分身だ。


「やっぱり――でも、それなら、こっちも負けてないよ!」


 驚きに目を見開きながらも、明日葉の反応は速かった。

 即座に〈幻影使いファントム〉を発動。一体、二体、三体――と、瞬く間にその数は増え続け、スタジアムを埋め尽くすほどの明日葉が出現した。

 数の上では、明日葉が圧倒している。

 そして、スタジアムの中心で無数の影が衝突するのだった。



  ◆



 戦いは一方的だった。

 神人に迫るほどの力を得ただけでなく、五人分のスキルを使用することが可能なのだ。まともに戦っても勝てる相手ではない。

 だが、そんなことは最初から分かっていたことだった。だから明日葉は時間稼ぎに徹する。少しでも多くの技を一色に使わせるため、そして体力と魔力を削ぐことを目的に、幻影を生みだし続ける。


「本当に厄介な能力だ。やっぱり、キミから片付けておくべきだった」


 作戦の誤りを一色は認める。皆の助言から夕陽を封じることに意識を向けていたが、やはり最も警戒すべきは明日葉だったと。

 いまの一色でさえ、明日葉を仕留めるのは簡単ではない。〈幻影使いファントム〉は敵のかく乱や不意を突くことに長けたスキルだが、それ以上に逃げに徹せられると、これ以上に攻めにくいスキルは他にない。

 気配と魔力を完全遮断した隠蔽によって姿を隠し、幻影に紛れられてしまえば、明日葉の位置を掴むことは難しい。目で捉えることは出来ず、魔力探知で追跡することも出来ないのだから、まさに打つ手のない状況だ。

 方法があるとすれば、幻影ごと周囲のものを吹き飛ばすくらいだろう。

 だが、その手段は取れない。スタジアムの隅には、まだ意識を失って横たわる仲間たちの姿があるからだ。それさえも見越して、明日葉は立ち回っていた。一色が広範囲攻撃を放てないように――


「だけど、そろそろ限界じゃないか? 分身の数が少なくなってきているよ」


 一色の言うとおりだった。

 二度に渡る〈ファントムレイド〉の行使によって、明日葉の魔力は残り少なくなっていた。このままでは、もっと一分と言ったところだろう。だが、それで構わないと明日葉は笑みを浮かべる。

 一色の注意を、自分に向けさせることが最大の狙いだったのだから――


「――雷霆の雨サンダー・レイン!」


 紫電の光が、一色の頭上に降り注ぐ。

 これが、明日葉の狙いだった。〈忍術〉によって生みだされた一色の分身が、雷に撃たれて次々に消滅していく。

 そして、数が少なくなってきたところで――


強嵐の稲妻ライトニング・ブラスト!」


 さらなる追撃が放たれる。紫電の嵐が、一色に迫る。

 だが、一色は冷静だった。その手に魔力で構築された盾を出現させ、構える。

 九重守人のスキル〈反響の盾リフレクトガード〉。

 雷撃は盾に触れた瞬間、その軌道を捻じ曲げられ、完璧に弾き返された。


「くっ……!」


 放った魔法が反射され、自分に襲いかかる。

 朱理は咄嗟に障壁を展開するが、その衝撃に大きく体勢を崩した。

 一色はその隙を見逃さない。回転しながら剣を振るうと、アナスタシアのスキルによって刀身から極低温の嵐が吹き荒れる。そこに最大出力の風神神楽を乗せて、一色は一気に解き放つ。


「――風神神楽――氷嵐!」


 絶対零度の嵐が、スタジアムを白く染め上げる。

 明日葉が生み出した幻影は、その冷気に触れただけで次々と霧散していく。


「しまっ……!」


 嵐の余波に巻き込まれ、明日葉と朱理の身体が木の葉のように吹き飛ばされた。

 手足の感覚が麻痺し、徐々に身体が凍り付いていく感覚に二人は襲われる。

 この状態で壁や床に叩き付けられれば、スタジアムに付与された安全装置〈絶対防御インビンシブル〉が発動し、二人の魔力は完全に尽きる。そうなれば、試合が終わるまで目を覚ますことはないだろう。


「くっ……」


 どうにかして体勢を立て直そうとするも身体が動かない。

 近付く黒い壁に気付き、思わず朱理が目を瞑った、その時だった。


「――やらせません!」


 満身創痍のはずのシェリルが、いつの間にか割って入り、その身を呈して二人を受け止めたのだ。そして〈アダマス〉が、瞬時に巨大なドーム状の盾へと変形し、氷嵐の直撃から三人まとめて守り抜く。


「シェリルン!?」


 驚く明日葉の声が響く中、シェリルは必死に氷の嵐に耐える。

 しかし、その代償は大きかった。

 アダマンタイトの盾が凍り付き、バキン、と蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 シェリルの口から、苦悶の吐息が漏れた。


「まだよ!」


 朱理がアダマスの盾から飛び出す。

 手足の感覚は既にない。身体の自由も利かない状況だ。

 それでも、残る魔力を振り絞り、神剣を召喚する。その瞳には、明日葉が作ってくれたチャンスを活かしきれなかった、自らの不甲斐なさに対する悔しさが、怒りとなった燃え盛っていた。

 だからこそ、この最大の好機を逃すつもりはなかった。

 大技を放ったタイミング。いまであれば、一色は完全に無防備な状態だ。

 これを逃せば、二度と好機は巡ってこない。だから――


「喰らいなさいッ――魔導電磁砲カラドボルグ!」


 朱理の想いに応え、神剣が槍へと姿を変える。

 そして、紫電の光を纏った魔槍が、裂帛の気合と共に放たれるのだった。

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