第587話 暗夜の灯(玖)
明日葉たちが〈探高〉で暴れている頃、〈ダン高〉の理事長室で夕陽はロスヴァイセと向かい合っていた。
窓から見える校庭には、緊張した面持ちで結果を見守る生徒たちの姿も確認できる。なかには地面に膝をつき、祈るようなポーズを取る生徒もいる。全校生徒の凡そ八割に上る生徒が、いまここに集まっていた。
「この短時間で、よくこれだけの署名を集めましたね……」
生徒たちの結束力の高さに、さすがのロスヴァイセも驚かされる。一部の連絡が付かなかった生徒を除いて一年生から三年生まで、ほとんどの生徒が夕陽たちの呼び掛けに応え、こうして集まったのだ。
ロスヴァイセの手元の端末には、学校の存続と〈トワイライト〉の支援継続を訴える署名が映し出されていた。
昔ながらの紙の署名ではなく電子署名だが、生徒一人一人に割り当てられた魔力認証付きの
「先生を慕っている生徒が、それだけ多いってことです」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
主のことをよく言われて、悪い気はしないのだろう。ロスヴァイセの表情が緩む。
しかし、それだけが理由でないことくらいロスヴァイセも分かっていた。
彼等がなにを危惧し、どうしてこんな行動にでたのかまで、すべて理解している。
その上で、
「この学校がなくなるのは決定事項です」
と告げる。
これには、顔を顰める夕陽。
既にそこまで話が進んでいるとは思っていなかったのだろう。
「それは……先生の考えですか?」
だから尋ねる。夕陽の問いに、無言で頷くロスヴァイセ。
椎名の考えと聞き、更に夕陽の表情が曇る。
楽園のメイドたちにとって、なによりも優先されるのは主の意志だ。
それを知っているだけに、この決定が覆らないことを理解したのだろう。
(先生に直接お願いするしかない? でも……)
それが成功する保証もないし、夕陽は本音で言うと迷っていた。
今回の一件には魔法王国が絡んでいるとはいえ、日本にも落ち度はある。支援庁を解体するだけで満足せず、しっかりと対応していれば、こんなことにはならなかったはずだ。
付け入る隙を与えたのは、間違いなく日本の落ち度だった。
勿論、しっかりと対応すると言っても、それが簡単なことでないことは夕陽も理解している。法治国家である以上、ルールを無視した処分は出来ない。日本政府が支援庁と関わりがあった役人や官僚たちに重い処分を下すことが出来なかったのは、確かな証拠が見つからなかったからだろう。
しかし、それでもこの国のことを真剣に考えているのであれば、やるべきだったと言うのが夕陽の感想だった。
それに、日本人だからと言って日本を擁護する気は夕陽にはなかった。
ダンジョンで姉が行方不明になり、絶望し、生きることすら諦めかけていた時に救ってくれたのは、この国ではなく楽園――椎名だったからだ。
だから椎名には感謝しているし、恩を感じている。逆に、この国には良い思い出がない。事情も知らずに好き勝手述べるテレビ局の報道は、三年前の嫌な記憶を思い出させるものだった。
そのため、怒りを覚えているくらいだ。だから、どちらかと言えば、夕陽の気持ちは楽園に傾いていた。これで〈トワイライト〉が日本から撤退しても自業自得にしか思えないからだ。
迷っているのは、祖母と友達がいるからだ。
「少し意地悪が過ぎるんじゃない?」
難しい顔で悩んでいると、見知った声が聞こえてきて顔を上げる夕陽。
声のした方に視線を向けると、そこには――
「司書長さん?」
「久し振り。一年半振りくらいかな?」
メイド服の上から白衣を着たノルンの姿があった。
椎名が留守にしている間、夕陽の訓練に付き合ってくれていたのが、ヘイズとノルンだった。主にはヘイズが錬金術の指導を行い、ノルンが魔法言語の習得を手助けしていたのだ。
「ロスヴァイセ、ちょっと意地悪が過ぎるんじゃない?」
「ご主人様の教え子でありながら生徒たちと一緒になって、愚かな人間たちの味方をしようとするからです」
「それは仕方ないんじゃないかな。この国って、ユウヒの故郷でしょ?」
状況が掴めず、目をパチクリと瞬かせる夕陽。
しかし、ロスヴァイセとノルンの会話を聞いて、自分が思い違いをしていたことに気付かされる。
「えっと……日本を見限ったんじゃ……」
「この国には、随分と投資してるからね。その分を回収するまで、レギルが手を引くことはないと思うよ」
ノルンの説明に、確かにと納得する夕陽。
ノルンの言うように、これまで投資した分を回収しないまま日本から撤退すれば、〈トワイライト〉は大きな損失を被ることになる。
僅か二十年ほどで〈トワイライト〉を世界有数の大企業に育て上げた人物が、それを見過ごすとは思えなかった。
「なら、さっきの廃校の話は……」
「簡単な話さ。二つの探索者学校を統廃合する計画で、話を進めてるんだよ。幸い今回の件で計画の邪魔になりそうな連中は、ほとんど排除できそうだしね」
クツクツと悪い笑みを浮かべるノルンを見て、ああ……と夕陽は察する。
「いつから、なんですか?」
「王様から新しい学校を造る話を聞いたのは、一週間くらい前だね」
「だとすると、先生は読んでいたんですね。こうなることを……」
最初からすべて、椎名の手のひらの上だったのだと理解させられる。
いま思えば、
「安心した? まあ、王様の名を貶めた連中には、罰を受けてもらうけどね。レギルも、そこだけは譲るつもりがないと思うよ」
報復を示唆するノルンだったが、夕陽は止めるつもりがなかった。
そこは、自業自得だと考えているからだ。
懸念点があるとすれば、報復の内容によっては日本と楽園の関係が悪化することだが――
「いま、はっきりと分かりました。楽園の狙いが……」
新しく学校を造るつもりで統廃合を計画していたのだとすれば、その関係者を始末してしまうのは楽園にとってもデメリットが大きい。だから、最初から日本政府とギルドに邪魔者を排除させる方向に話を持っていくつもりだったのだろう。
そこに首を突っ込んでしまったのが、夕陽たちだったと言う訳だ。
彼女たちが介入しなければ、〈暁月〉と〈天谷〉が排除に動いていたはずだ。
「私たちが余計なことをしたから、先生は政府とギルドの介入を静止した」
いや、最初から自分たちの行動すらも椎名は読んでいたのだろうと夕陽は思う。
今回の件で、日本政府とギルドは夕陽たちに大きな借りを作ることになるからだ。
それは夕陽たちの立場を強化することにも繋がる。
(ほんと……守られてばっかりだな)
椎名に守ってもらってばかりだと気付かされ、夕陽は嬉しいような情けない気持ちになる。本当は恩を返したい。もっと、椎名の役に立ちたいと思っているのだが、まだまだ子供扱いされているような気がしてならなかったからだ。
しかし、否定も出来ない。少しばかり強くなったつもりでいても、こういう時なにも出来ない自分に気付き、未熟であることを実感するからだ。
ここで、一つ疑問が浮かぶ。最初から夕陽たちに支援庁の問題を解決させるつもりだったのだとすれば、メイドたちが主の計画を邪魔をするとは思えない。だとすれば、メイドたちの狙いは――
「報復の対象は、ルシオン王国……」
楽園は既に、王国に狙いを定めているのだと夕陽は考えた。
支援庁の人間を殺したところで、それはトカゲの尻尾切りに過ぎない。
だから元凶を絶つつもりでいるのだと――
「半分、正解と言ったところかな? まあ、王国にも責任がない訳じゃないけどね」
「……半分? 黒幕はルシオン王国じゃないんですか?」
「あの国の人間が関わっているのは間違いないよ。でも、ボクたちは今回の件に〈
「キミたちには、こう言った方が分かり易いかな?
そう告げるのだった。
後書き
話が上手くまとまりかけたところで、遂に真の黒幕の登場です。
星霊教会については過去にちょこっとだけ話に出て来たと思いますが、この世界で大きな勢力を誇る宗教組織です。楽園のメイドたちが現状、最も警戒している相手とも言えますね。
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