第51話 レオス・ヴィダールと誘拐

 レインが行方不明だとアインから告げられ、おまけに自室の机の上にはご丁寧に誘拐犯からの手紙が置いてあった。

 クソっ、俺が一緒に帰っていればこんなことにはならなかったのか? 力を持て余して余裕ぶってるんじゃなかった。

 後悔ばかりが俺に押し寄せる。とにかくレインの安全の確保だ。わざわざ場所を指定してきてるということはまだ生きている可能性は高い。いけば罠にかかるかもしれないが、今の俺ならそのすべてを弾き返してやる。


「おい! ムルムル、いつまで寝てるんだ。レインが攫われたんだぞ」


「ん~、おはようなのです。どこかいくのですか?」


「だから今すぐ行くって言ってるだろ。さっさといくぞ」


 俺は寝ているムルムルを強引に掴むと、頭に乗っけて擬態させていく。万全を期すのは当然だ。今の魔力量ならなんだって出来そうな気がするけどな。


 俺は急いで寮を出ると、手紙に指定されていた場所に向かって走っていく。王都はいつも通りの喧騒だ。男爵の子が一人行方不明になっただけで慌ただしくなるようなこともない。

 薄情とは言わない。貴族とは守る存在であって守られる存在ではない。

 魔力という力を持っているのだ。己の身は己で守らなければならない。


 でも俺たちはまだ子供だ。

 不測の事態なんていくらでもある。それに一人が出来る事なんてたかが知れている。

 でもそれを市井の人に求めるのは酷だ。対応するのは兵士や騎士団。今も必死に探索をしているだろう。


 だからこそ、俺は一人でここに向かわなければならない。そして俺なら解決できる、そう信じている。


 王都を出て、レインのいる領から反対に向かってしばらくの山の中。

 地図に記されたところ付近につくと、辺りが嫌に静かになってきたのを感じる。こんなに近くなのに誰にも気づかれていないとかあり得るのか? こちらには分からない認識阻害の術でも掛けられているのだろうか。


 しばらく周囲を探していると、ふいに怪しい男が俺の前に現れた。


「レオス・ヴィダールですね、こちらで党首がお待ちです」


 その男はそう告げると指をさして俺をその先へと誘う。党首? なんのだ。俺は少し嫌な予感がした。

 男についていった先には木々しか見えないところだった。


「インビジブル解除」


 そう男が言うと、ざわめきと共に木々が消え去り目の前には扉が現れた。


「さあ、こちらへ」


 誘拐犯の一味とは思えないほど腰の低い男に連れられ、扉の下の階段を降りていく。この先に何があるのか、不安は募るばかりだ。この男の魔力量はたいしたことはない。大丈夫だ、レインを見つけて速攻相手を倒して終わりだ。そうだ出来る出来る。


 俺は誰に言うにでもなく心の中で強気を保った。

 階段を降りきった先には大きな部屋があった。その中心にはレインが意識を失っているのか倒れている。


「レイン!」


 俺は男が制止しないことに違和感を覚えつつもレインの元へ向かう。口に手を当てる。息はしている。大丈夫だ。問題ない。

 俺がレインを担いでここから離脱しようとすると、部屋の扉が閉まり男が立ち塞がった。


「そこをどけ。何のためにこんなことをしたかは知らないが、ただで済むと思っているのか?」

「いえいえ、ここまで来てもらうだけで充分ですよ。後はそう、これを発動させれば!」


 男がそう言うと、今いる地面が光りだす。よく見ると魔法陣のようなものが描かれていた。レインのことばかりに目がいっていて気が付かなかった。だから何だというのだ。


「何をした!」

「そうですね、親切に教えてあげましょう。その魔法陣は悪魔召喚を行うためのものです。しかし通常のものとは違い、契約者に闇魔法の適正がある必要はない。代わりとして魔法陣なのですよ」


 俺の知らなかった魔法だと。確かに悪魔召喚についてはあの本以外俺は知らない。こんなことを知っているものは自ずと誰か絞られてくる。


「悪魔教か……」

「ご明察!」


 男が嬉しそうに笑うと、頭上から何かが出てくる気配がする。

 俺は急いでレインを部屋の隅に置き、その出現に備える。大丈夫だ。俺にはムルムルもいるし魔力も――


「ぐっ!」


 なんだ! 俺の魔力が吸い取られていく! まさか……俺の魔力を奪って悪魔を召喚しようっていうのか!? まずいまずいまずい、どれだけ吸われるか分からない。最悪干からびる可能性すらある。


 俺は対処の方法が分からなかったが、全身の魔力を循環させ、それを体内に収めるように必死に抵抗する。しかしその抵抗むなしく、魔力はどんどん奪われていく。


「俺の……魔力が」


 そしてダンジョンで溜めた魔力のほとんどが吸い取られたくらいでようやく魔力の簒奪が終わった。そして頭上から光と共に悪魔が召喚される。


 その姿は天使と見間違うほど清らかで、背中に生えた羽も白く、纏う衣服も純白でしかし頭の上に天の輪はない。しかしこれは悪魔なのだ。そう直感が告げている。


「おお、なんと神々しいお姿。わたくしが契約者でございます」


 天使のような悪魔は周りをぐるりと見渡し、けだるそうな声で答える。


「我が名はクロセル。ふむ、魔力はその人間の物のようだが、確かにお主と繋がっているな、名を何という」


「はっ、ケリモッサでございます」


 ケリモッサ、その言葉を聞いて俺は朧げな記憶からその名前を呼び起こす。アニメでは自分の改造を指示した男、そして主人公たちの敵となる名前。


「悪魔教幹部、ケリモッサ……!」


 結果的に自分の体をいじられた、こんなところで原作再現なんてしなくていいんだよ。俺は状況を見極める。こいつと戦うか? 大丈夫、魔力は奪われたがムルムルと合体できればあのベリトだって倒せたんだ。俺はムルムルに耳打ちする。


「ムルムル、合体だ」

「無理なのです、相手はあのクロセルなのです。負けちゃうのです」

「何言ってんだ、どうせ戦わなきゃ負けだろ」

「それでも無理なのです」


 俺は煮え切らないムルムルに苛立ちながらも、相手がこちらを向き敵意を向けているのを感じた。


「どうしました、人の子よ」

「いや、どうにか見逃して貰えないか考えててね」

「ふむ……いいですよ」

「クロセル様!?」


 なんだ、話が分かるじゃないか。ムルムルと合体出来ない以上、戦うのは愚策だ。俺はレインの方に歩いていった。


「待ちなさい。確かに見逃すとは言いましたが、貴方だけですよ? あくまで魔力を提供してくれたということに敬意を表し、放置してあげようというだけです」


 俺はゆっくりとクロセルに向かって振り返る。


「じゃあ他の人は?」

「そこの娘もそうだし、ああ、ちょうど近くにたくさんの命がありますね。あれを持って今回の召喚の褒美とさせてもらいましょう」


 ざわりと背中に悪寒が走る。やはりどこまでいっても悪魔は悪魔。ムルムルが例外なだけでどいつもこいつも破壊を当たり前のように行ってくる。


「ふざけるなよ! そんなことさせると思っているのか!?」

「? 何を言っているのですか? これは決定事項ですよ」


 俺は剣に力を込め、頭上にいるクロセルに攻撃した。

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