(2)
「正者」として目覚めたわたしは、『まばルナ』のシナリオ通りに宮廷へと招かれた。
声をかけてくださったのは、現国王陛下の側妃であらせられるアルテミシア様。
亡国の元王女という経歴の持ち主であるアルテミシア様は、厳しい女教師のような顔をしていて、目の前に立たれると自然と背筋が伸びるようだった。
しかし絢爛豪華な白亜の宮殿へと招かれても、わたしの心は浮き立ちはしない。
「初めまして、アステリア王女殿下」
浮かない気持ちと、慣れない場所に立たされた緊張感から、わたしの声は固かった。
けれどもそのときのわたしの声と同じくらい、彼女――アステリア様の表情も固い。
これはゲームの立ち絵でもそうだったから、わたしは特に彼女の胸中について邪推はしなかったけれども、ひとによっては気分を害したのかと誤解をしてしまいそうだとは思った。
側妃アルテミシア様たっての「お願い」で引きあわされたのは、アルテミシア様の一女であるアステリア王女殿下。
体の前、お腹の当たりで重ねられたアステリア様の左手の甲には、「正者」の証である紋章が宿っている。
アステリア様は『まばルナ』においては、ストーリー上では
「楽にしてくれて構わない」
ぶっきらぼうとも取れるアステリア様の男口調からは、わたしのことをどう思っているかはうかがい知れない。
ゲーム中でもアステリア様の心境が語られる場面がないため、わたしは彼女の本心というものをゲームでも、現実でも知ることはできなかった。
アステリア様はわたしと同じ「正者」だけれども、しかし一切油断できないキャラクターであることを、わたしはすでに知っている。
アステリア様は「正者」であるにもかかわらず、「改竄者」を庇う「隠匿者」となってわたしの前に立ちはだかる可能性があるのだ。
ただアステリア様が「隠匿者」としてわたしと対峙するかはルートによってまちまちで、現段階ではアステリア様が「隠匿者」なのかどうかまではさすがにわからない。
共通ルート中では一貫して
アステリア様はさすがに攻略対象キャラクターほどではないにしても、その人柄をうかがい知れるイベントがゲーム中にはいくつかある。
自分にも他人にも厳しそうな雰囲気だが、実際はだれに対しても優しすぎる一方、自罰的な言動が多い。
他人の感情の機微に敏感で、思いやりがあるが、他人の心がわかりすぎるために流されやすいところもある。
そしてそんな自分は、女王にはふさわしくないと思っている――。
現国王陛下にはアステリア様以外の御子がいないため、現在病状が思わしくない国王陛下が万が一崩御されれば、その王位はアステリア様が継承することになっている。
無論、それに異を唱える勢力も当然あり、宮廷の状況は不安定と言わざるを得ないだろう。
そしてそれを好機と見て暗躍する「改竄者」もいる。
側妃アルテミシア様はそんな宮廷と娘であるアステリア様を慮り、「正者」であるわたしを宮廷へと招き入れたのだ。
王位については、このままなにも起こらなければアステリア様が継ぐのがおおかたの見方である。
問題は「改竄者」のほうだ。
王位についてはともかく、「改竄者」については大問題があるとわたしは知っている。
わたしはぎこちない笑みを浮かべて、アステリア様を見た。
そしてその脳裏に、アステリア様をそっくりそのまま男にしたような人間を――いや、「改竄者」を思い浮かべた。
アステリア様には秘された双子の弟がいる。
名をアステリオスという彼は、本来であれば王子として下にも置かない扱いを受けるべき身分である。
しかし彼は今現在、王宮の敷地内にある地下牢に幽閉されている。
生まれたときから現在まで、ずっとだ。
その事実を知るのはごくごくひと握りの人間だけで、母親であるアルテミシア様ですら、アステリア様の双子の弟はお産の際に命を落としてしまったのだという嘘を今でも信じている。
生まれてすぐにアステリオスを地下牢へ幽閉することを決定したのは、今は重い病に臥せり、公務もままならない国王陛下だ。
国王陛下は――わたしは理由を知らないが――子をなせぬ身であった。
そのことはたしかで、ならばなぜアステリア様とアステリオスという双子が生まれたのかという話になる。
答えは簡単。
その事実を「改竄」できる「改竄者」と取引をしたから。
いつ、どうやって、どのようにしてか……まではわたしも知らないものの、「改竄者」から子のない国王陛下に接触した、というのが一番無理のないシナリオのように思える。
国王陛下は「改竄者」の甘言に乗ってしまったのだろう。
その結果、アステリオスという「改竄者」が生まれた。
ただ、ゲーム中の説明では国王陛下は我が子が「改竄者」であることに確信は持てなかったものの、代々「正者」である王家の血筋からくる勘とでもいうべきものが働いたのか、アステリオスの正体については察していた様子――という描写が存在する。
アステリオスが幽閉されているのは、「改竄者」を閉じ込めておくために神代に生み出された牢獄。
王宮があって、その地下牢が作られたのではなく、「改竄者」を幽閉するための牢の上に王宮が建てられたのだ。
その地下牢内であれば、「正者」の力がなくとも、「改竄者」を殺すことができると言われている。
けれども国王陛下がそうせずに、アステリオスを生きながらえさせたのは――やはり、少なからず情があったからだろうか。
わたしの身分では直接問うことなんてできないし、そもそも現在の国王陛下は日常的な会話もままならないような状態なのだ。
真相は闇の中、ということである。
とにもかくにも、王宮は現在アステリオスという「改竄者」を抱えている状態だ。
わたしとしてはできるだけ早くにアステリオスと接触し、彼を異界へと送り帰したいところである。
それから宮廷に潜むアステリオス以外の「改竄者」たちもまとめて。
「改竄者」たちによって、悲劇が起こる前に――なんとかしたい。
そのためにはアステリア様の助力が必要だ。
アステリア様は地下牢への出入り口を知っているし、なにより彼女はアステリオスと違って「正者」の紋章を持っている。
味方になってもらえれば、これほど心強いひともいないだろう。
その未来のためにはまず――アステリア様の好感度を上げなければ。
にこりともしないアステリア様を前に、わたしは心中で決意を固めた。
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