第17話 夜

「「ッッすいまッせんッしたあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」」


目の前で年上の男性2人が土下座をして僕を見上げています、正直ドン引きですっ!!?


何があったかと言いますと、数十分前のお話です。


ジルスさんとアルさんが僕の差し出した平原ウルフのホロホロリステーキ丼を見つめたまま、視線を交錯させつつお話をしていた所に遡ります。




「食うとは言ったものの・・・本当に食うのか?」


「ふ、普通にめっちゃ良い匂いですよ?ジルスさん。実は美味しいんじゃないですか?」


「な、何言ってんだアル、金持ちの子供が作った料理なんて、きっと高い金かけて買った匂い付けのポーションとかヤバイ薬が入ってて誤魔化してるだけだって!友人の息子が作った料理を一度食った事があるんだが、俺はふっつーゥに腹を下したぞ。人間の腹は頑丈にできてる訳じゃないんだ。腹を壊した時のリスクを考えてみろ!この先魔獣が現れた時にお前はトイレを我慢しながら戦うのか?」


「・・・そりゃあ無いっすね。そもそも、水魔法が使えない俺らがそんな状況になったら看過できませんね。脱水症状は普通に危険ですからね?やはり、ここは断るべきでしょうね。」


「そうだろうそうだろう。むしろ坊主みてぇなボンボンのガキには、現実を知ってもらわないといけないと思うんだ。こりゃ愛だよ愛。」


「・・・お二人共、普通に聞こえてるんですが?」


「むむむむむむぅぅうううううーーーー!!トーヤのごはんは美味しいんだもん!!!!!食べてよーーーーーーッッ!!!!!!!!」


「む・・・フィノが言うなら食うのも有りかもしれない。どう思う?ジルスさん。」


「ぬーーーーーーーーん・・・マジ天使の嬢ちゃんが言う事だからな。1利どころか10利あるんじゃないか?食ってみるか?しかしな・・・正直食いたくない。」


「アンタら、僕とフィノの扱い違いすぎませんかね・・・?・・・僕、生まれて初めてアンタなんて言葉使いましたよ?」


「ほら!!我儘言わないでちゃんと食べなさい!アーンしてあげますから!!!!!」


「や、やめろ坊主!俺はまだ死にたくねぇんだ!!!ヤダヤダヤダ口に近づけないでヤメテェーーーーーーッ!!!」


「・・・ジルスさんキモいっす。」




無理矢理口に突っ込んだ直後に目の色を変えてバクバクと食べ始め、そのまま4杯もおかわりして、食べ終えた途端にそばに居るジトメを向けた僕とフィノに土下座をした。


これが8セク前の事です。




「で、率直な感想を聞かせていただきましょうか?ニコォ・・・」


「やっぱり!トーヤのご飯は美味しかったでしょ!!やっぱりトーヤのご飯は最高でトーヤはお料理の神様なのっ!!!」




2人して至高のドヤ顔で眼下にいるこちらを仰ぎ見る男どもを見下ろします。


隣の僕の天使、フィノさんと言えばふすーっ!って感じの満面の笑みです。


やってやったぜ、って顔をしています。うん、マジ天使です。




「大変美味でございました。お坊ちゃまァ!!」


「もの凄く上手かった、言葉で表すのは難しいが全身が喜ぶのを感じた・・・ひどい事を言ってしまって済まない。」


「わかれば、いいのっ。」(ふすーっ!)


「お坊ちゃま・・・なんだか馬鹿にされている様な気がするので複雑ですね・・・。アルさんは大丈夫ですよ、誠意を感じたのでお許しします。良ければこちらの細長いデザートの果実を食べてくださいな。」


「あ、トーヤっ、わたしも!わたしもーっ!」


「む・・・良いの?見たことはないけど、おいしそうだな。」


「お、お、俺の分はないんでしょうか?坊主様ァ・・・?」


「・・・なんかもうそれ馬鹿にしてません?ニコォ・・・」




もうこの人いらないんじゃないかな??????




「ヒィィィィ!?そんな人を殺せる目を向けないでくださいビャアアあああああああああッ!?」




ふと、小さな手でチョイチョイと袖を引っ張られます。




「トーヤ。」


「うん?どうしたの?フィノ。」


「いじめるのは、ダメ。」


「わかったよ、フィノ。二度とジルスさんをいじめないよ。ぎゅー・・・。」


「いいこいいこ、よしよし。」


「嬢ちゃん、マジ天使・・・。」


「なんなんだ?これ・・・。」












野営の準備を済ませた後、俺達は交代で睡眠を取る事にした。


・・・静かな夜だ。


魔獣除けのおかげで魔獣は来ないだろう。


けれど、見張りを立てない理由にはならない。


この世界に住む魔獣は容赦無く人を殺すから。


心の奥に仕舞いこんだ記憶が俺の心にじくじくと痛みを寄せて来る。


(今日は変わった事があったな。)


トーヤとフィノの事を考えた。


2人の子供、13歳の少年と9歳の少女。


大人になろうと頑張っている少年と純粋で人を疑う事を知らなかった少女。


人生の迷子と本当の迷子。


(この世界で生きていくには弱すぎるんじゃないか・・・?)


過去、パーティーメンバーの全滅によって、俺は酒に溺れた。


来る日も来る日も酒をかっ喰らい、無理矢理に体と心を熱くさせては酩酊の海に沈めてゆく魔性の飲み物だ。


いつも悪夢にうなされる俺は、朝も昼も晩も喉を焼くこいつに助けられては少しづつ、魔の水底に落ちていく。


海の底に居る間、俺はいつも惨めな気持ちで、ゆらぐ水面越しに誰かを見るが、今日は。


(・・・酒を飲まなかったな。)


4年間、自責と後悔、そして思い出そうとすれば零れだす切望の涙に心と体を捩じ曲げらせる日々だった、でも。


(こんな日があるんだな。)


俯く顔の前に、揺れる焚き火を捉えながら俺は今日を思い返していた。


(兄と呼ばれたから?)


家族は居ない。


親は幼い時に死んだ。


魔獣の襲撃を受けて。両方ともだ。


やがて同じ境遇の少女と出会った時、俺達は自然と惹かれて同じ時を過ごす事になった。


心の傷口が開く時、やはりと言ったように、共に過ごした日を思い出す。


何度も、何度も。


思い出しては、涙してきた俺が。


涙の言い訳にするための酒を、今日は飲まなかったんだ。


酒は飲んでないが、酔ったような心持ちのまま、ぼーっと考えていた。




「あの」




顔を上げるとトーヤが居た。




「・・・どうしたんだ?」


「アルさんにお話をお聞きしたくって。」


「そうなのか?」


「えぇ。」




俺に?俺に何か力になれるような事は無いと思うけど。




「僕は・・・冒険者になりたいんです。お話を聞かせてくれませんか?」


「・・・そうなのか。」




危険だ。まずそう感じた。


子供には危険すぎる。フィノは魔法の才能があるそうだが、俺は正直フィノの事もこのままでは危険だと思った。




「俺が、冒険者だから、聞きたいのか?」


「えぇ・・・。それと・・・とても失礼に当たるかもしれません。でも、自分にとって大事な事だから、聞きたくて、覚悟をして聞いています。」


「・・・話してみろ。」


「あなたは・・・悲しみを知っていると思いました。僕が感じた事の無い悲しみを・・・。・・・アルさんの悲しみに土足で踏み込む事になります・・・ですが、冒険者がどういう物なのか、聞きたいんです。悲しみも含めて。」


「人に寄っては逆鱗に触れる事だ。わかって言ってるのか?」


「でも・・・フィノを守るために、大事な人を守るために、聞きたいんです。・・・利己的でごめんなさい。」


「もっともらしい理由だな。人の心に踏み込むのに足りてる理由か?」


「はい、承知しています。・・・ひどいです、とても・・・。でも、僕にとってフィノは・・・命に代えたって良いくらいの、大事な人なんです。」




ギシリと、思わず拳を握りしめて、俺は立ち上がった。心を怒りが支配していくのを感じる。


俺はトーヤの胸倉を掴んだ。トーヤの顔は俯いていて見えない。




「命に代えたって良い・・・?・・・ふざけるな。お前は残されたやつの気持ちを考えてるのか?」


「・・・考えていますよ。」


「なら、何で軽々しくそんな事が言えるんだ?お前みたいな口だけな奴は心底腹が立つ・・・。正直な所、今ここでお前を殺してやりたいぐらいには腹が立ってる。」


「・・・僕には、・・・フィノにとって価値があると思えません。お金も父さんの力も無い・・・何も出来ない僕には・・・自分ではそう思っています。」




怒りに震えてそのままトーヤを持ち上げた。両足が地面から離れてブラブラと揺れる。




「く、くるし・・・・いッ・・・・ですっ・・・ッ。」


「あの子にとって、お前がどれだけ大事な人なのか、お前には見えないのかもしれない。だがな?お前が死んだらあの子の心は容易く壊れるんだ。わかってるのか・・・!?」




怒りに震える腕に力が入る。手のひらに食い込んだ指は布を噛んでいなければきっと血が滲んでいただろう。


頭の中に悲しみとやるせなさと、過去の自分への怒りや悔しさが胸を満たして行く。情けない事に涙が出そうになるが、こいつの前で涙は見せたくない。必死でこらえる。




「ゲホッ・・・ゲホッ・・・ッ・・・離し・・・てくださ・・・ぃっ・・・。」




その時、雲と雲の間から顔を出したのか、トーヤの顔を月あかりが照らした。


その顔は。




真剣そのものだった。少なくとも腐ったやつの顔じゃない。




その瞳の奥に隠れる切実さと・・・何よりも、深い悲しみと悔しさを見た気がして、俺は腕の力を抜かせられた。


目の前で迷子の少年がドサリと落ちる。




「ゲホッ!!ゲッホッ!・・・グ・・・フッ・・・ゲホッ!・・・ッ。」


「お前は・・・何を考えてるんだ?」


「・・・ゲホッ・・・ッフ・・・はぁ、はぁ・・・僕は・・・ッ。」


「・・・言ってみろ。」


「はぁ・・・はぁ・・・ッ!・・・強くなります。」


「どういう事かわかっているのか?平原ウルフや森ウルフを見たんだろう?魔獣と正面からやり合うって事なんだぞ。」


簡単な事じゃない。


魔獣は人型人種と同じくらいに頭が良い。


並大抵の努力でどうにかなる程、甘くは無いんだ。



「怖いと・・・そう思いました。でも。」


「弱いままでは居たくありません。魔獣や他の存在から傷つけられるフィノを見るのは、絶対に嫌です。」


「・・・・・・。」


「このままの僕は、守れない僕です。それだけは絶対に許せません。」


「・・・そうか。」




いつかの自分と同じ事をこの少年は言っている。


怒りは・・・正直な話まだ消えないし、痛みを正面から受け入れる事、魔獣と向き合うのが困難な事を、こいつは知らない。


(・・・けれど。)


俺は共感してしまった。


俺も、かつて心から望んでいた事だったから。


自分や大切な誰かが傷つくのは絶対に嫌だったから。


きっとフィノは心配するだろうし、悲しみもするだろう、けれど。


俺は戦う事を決めたやつを止められる言葉なんて持っていない。


(決めたのなら、背中を押してやる。正直、気に入らない所はある。・・・でも。)


その目は本物だと、俺は思ったから。




「わかった。なら・・・お前を適した所に連れてってやる。」


「えっと・・・良いんですか?」


「悔しい話だが、俺じゃ役不足だ・・・だけど、手伝いはしてやる。」


「申し訳ありません・・・。けど、とても感謝しています。」


「感謝してる暇があるなら強くなれ。あの子を、体だけじゃなく心まで守って見せろ。」


「・・・はい、必ず。」


「・・・あぁ。」




話は決まった。


こいつをギルドの教官の所へ連れて行く。アインの所に。


やっかいな話になった。・・・でも。


こいつが強くなる事で、こいつとフィノが悲しむ事が減るのは、良い事だと感じた。


・・・ずるい奴だ。















「坊主、もうすぐトトスに着くぜ。お前金が無いんだろ?俺の知り合いの知り合いの夫婦の所に泊めてもらえるよう頼んでやるよ。」


「それもう他人ですよね。・・・いいんですか?何から何までお世話になってしまい、申し訳ありません。」


「気にすんなって!!!美味い物食わせてもらった礼だぜ!!!!悪いと思ってるならまた飯作ってくれないか?」


「ご飯ですか?いいですよ。」


「トーヤ、わたしも欲しい・・・すっごく欲しい。」


「お、嬢ちゃんも作ってもらおうぜ!ついでにアルの分と合わせて3人分頼んだ。」


「わかりました。今後ごちそうしますね。」


「俺も良いのか?」


「もちろん良いですよ。僕もフィノもお世話になったので。」


「楽しみだねっ!ジルスおじちゃん!!アルお兄ちゃん!!!」


「・・・そうだな。」


「でもあんまり時間が無いんだよな。次の町に行かねぇといけないからよ。・・・嬢ちゃんと離れるのは寂しいぜ・・・あ、ついでにアルとトーヤもな?」


「取ってつけたように言われても・・・。」


「ジルスさんは照れてるだけだ、トーヤ。」


「えぇ、わかってます。」


「あ、ジルスおじちゃん、顔真っ赤。」


「お、お前ら!!俺は繊細なんだ!!!!もう少し気を使え!!!!」


「「「あははははははは。」」」





ユユナが居ない。


父さんも居ない。


助けの無い生活、でもフィノが傍にいる。


その始まりが、間近に迫っていました。





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