無くしものと願いもの

月見

第1話 無くしもの

どこにでもいるただの高校生。親はどちらもあまり好きではない。




「キャァァァァ!」




現在、部活の先輩の紹介で入ったスーパーのバイト中。




刺された。




『.....そのまま....手を離してください。引き抜いた瞬間、あなたは殺人犯になります。』




妙に冷静になれた。約18年間生きたうち、いい思い出なんて2年くらい。せっかく自分のやりたいことを見つけたのに親に否定され挙げ句の果てに進路を勝手に決められた。




「あーあ、楽しいことなんて一切なかったなぁ。」




あれ、いつの間に私は横になっていたのだろう。声が聞こえるが耳鳴りがして音量がどんどん小さくなっていく。




『.....クソ喰らえ、人間なんて。』






次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。




「生きてたんだ。まぁ死のうとしたわけじゃないんだけど。」




母が隣にいたみたいで驚いた顔をしていた。目には涙を浮かべている。そこまで愛してないくせに。




「お母さん、私さ。家に帰りたくないしお母さんにも会いたくないんだ。入院してる時だけでいいから会いに来ないで。」




怒声。これが怖いんだ。私が小さいときから怒ると手を出して来たお母さん。しかも加減しないで馬鹿力で叩くから痛いったらありゃしない。よく通報されなかったなぁと思う。




父さんもなかなかのクズで風俗に行ったり浮気したり、挙句に自分が生きてる時に保険金使ったり.....まぁもう死んだからいいけど。




今思えばお母さんは父さんが死んだ時、食欲がなくよく涙を流していたが私はそれをよそによく食べていた。まぁこの人は私に足も出して来てたし嫌いになるのもしかたないか。




「出て行って。お願いだから。」




私がそう言うと扉を乱暴に開けて出た。音を出すのもやめて欲しい。体に染み付いているから。




例え話、私が月だとしよう。月は一見綺麗だが近くでみると灰色でぼこぼこしていてとても綺麗とはいえない。太陽があるから成り立つ美しさなんだ。




私は小さい頃から殴られていたからか相手の顔や声色をよく気にするようになった。他の親戚に会ったりクラスメイトには大人っぽいや落ち着いている、など言われるのはそれが原因だ。




「大丈夫?」




隣にいた人が話しかけてきた。細いが背が高くて儚げな男の人。手には分厚い本を持っていてベッドの棚には写真や花などが置いてある。多分、ずっとここに居るんだろう。




「それはもう。思っていたことを言えたので。...まぁ親子の関係は無くなりましたけど。」




心配そうな顔。この人はここにいたから何も知らないんだろう。それにちゃんと愛されてるんだろう。バイトでクレーマーの対応したり、進路のための成績維持したり、人に嫌われないように言葉を考えて話をしたり...そんな苦労をこの人は知らないのだ。




「僕は5歳の時に心臓が悪くなってね。病院の屋上と院内くらいしか行き来出来ないんだ。」




ほらやっぱり。いいなぁ何も知らないのは。




「君は何でそんなに悲しい顔をしているの?」




「悲しい....まぁ疲れてる顔してるとは思いますけど。私、精神科も兼ねることになってるので一応、3ヶ月間はよろしくお願いします。」




「よろしくね!隣が同世代くらいの人って初めてなんだ。仲良くしたい。」




この人は太陽なんだ。嫌なことは燃やしてないしずっと輝いている。心も熱い人なんだろう。私みたいな人には眩しすぎて消えてなくなりたくなる。




全て、消してしまおう。最初から、やり直してみよう。




この人が隣なら多分、何でも言える。なぜかそう思った。

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