ユニのアンデッド

花道優曇華

第1話「ダンピーラの住む家」

アンデッドと言われると真っ先にゾンビを思い浮かべる。他にもミイラや

ヴァンパイア、スケルトンもアンデッドとされる。

ユニは確か、自分の家で眠っていたはずなのだが目を覚ますと

違う場所にいた。古い洋館のようだが…。


「もう朝のはずだけど…」


だが空は暗く、月が浮かんでいるではないか。いやいや、目覚まし時計の音が

したのは確かだ。だから今は青空が広がり、太陽の光を浴びているはず。

これは現実。窓の下に目を向けると覚束ない足取りの人型が蠢いている。

一人が顔を上げた。目が合った。彼らの顔が見えた。人間では無い。

そう、彼らはゾンビである。ハッキリこちらからは見えているが、相手は

上を見上げたまま呆然としている。手には凶器、チェーンソーが握られている。

恰好から察するに囚人か。橙色の囚人服を着ている。

不意に背後の扉からノックする音が聞こえて、心臓が止まりそうになった。

ユニが現状を受け入れる速度は異様に早かった。すぐに声を出したりしない。

足音を立てず、ゆっくり扉に近寄る。覗き窓から扉の奥を覗くと貴族のような

服装の男が立っている。扉を開けるか、開けないか。声を掛けるか掛けないか。


「俺はキースだ」


彼の言葉は滑らかに口から出て来る。生気を感じさせないほどの白い肌の青年だが

その美貌は誰もが目を奪われるだろう。


「お前が知りたい事、俺が答えられる範囲で教えてやる。扉を開けないなら、

外のゾンビ共にお前を明け渡しても良いんだぞ」

「ゾンビ!?」


本物のゾンビが外をうろついているらしい。サーッと血の気が引くのを感じる。

光の速度で扉を開いたユニ。俊敏な動きにキースと名乗った青年は驚いた。


「早くて助かるよ。外の奴らは気にしなくて良い。館の中には入れん」


キースはヴァンパイアと人間のハーフ、珍しい種族らしい。彼の容姿の美しさは

ヴァンパイアの血が流れて居る故か。この町の名前は魔都。ここに生者、人間は

暮らしていない。最近、何が原因か分からないが館の外をうろつくゾンビのように

自我を失ったアンデッドたちが増えているらしい。生者がいないから今まで

気にすることは無かった。


「外、見てみろ。チェーンソーを持ったあのゾンビ、アイツだって自我が

あったんだぜ」

「あったの?そんな風には全然…」


チェーンソーの刃が回転する音が鳴る度に驚く。


「お前のように外から人間が迷い込む事はあり得ないはずなんだがなぁ…」

「そうだよ。私からすれば、問題はそっちだよ。キースが私を保護したの?」

「あぁ。本当に数時間前だ」


魔都に昼は無い。太陽は現れない。ずっと夜が続く場所。人間のユニからすれば

体内時計が狂ってしまう。生活リズムも狂う。上手く時計を活用するしかない。


「一人で外に出ようとか思うなよ」

「思わないよ!?」


自我の無い怪物が跋扈する場所を土地勘も無いユニが独りで歩けばすぐに襲われる。

キースは彼女がそう答えるのを予想していたうえで注意したらしい。聞けば彼は

長く一人で生活していたらしい。話し相手が欲しかったのかもしれない。


「混血は珍しいからな。他と違うのは疎外される理由さ」


そう語る彼は寂しそうに見えた。


「それは否定しないよ。ちょっと考え方が違うからってすぐに除け者にする人が

沢山いるから。でもさ、私はちょっと嬉しいかな」

「嬉しい?」


意外な言葉が出て来て、キースはその単語を繰り返した。


「だってさ、ヴァンパイアにもゾンビにも、外の世界では会えないんだよ!

怖い物見たさって奴」

「…ビクビクされるよりはマシか。良い奴もいるけどな。今はほとんどいない

だろうが」


暫くはキースに世話になる事になった。彼もそれを良しとしている。一度拾った

以上、無責任な事は出来ないらしい。本当に信頼できる良い人に助けて貰えた。

何かを聞く度にキースは真剣に答えてくれた。彼が持つ知識を頼りに彼はユニを

元居た場所に返す方法を考えている。


「…何の音だ」


キースの鋭い聴覚が異様な音を感知した。その音、聞き覚えがある。何かを

切り落とす音。そして悲鳴。只事では無い物音にキースが真っ先に動き、そして

眠っていたユニも飛び起きた。


「何?何の音!?」


キースの部屋を覗くも彼はいなかった。だが館の外からチェーンソーと思しき音が

聞こえる。出入り口となる扉の覗き穴から奥を見る。今まさに囚人ゾンビが

チェーンソーを振りかぶっている。慌ててユニは扉から逃げる。同時に

チェーンソーの刃が扉を破ってしまった。二人組の男のゾンビ。金髪のゾンビが

走り出した。背後にゾンビの雄叫びを受けながらユニは階段を駆け上がった。


「キース、キースは!?兎に角、後ろのゾンビを撒かないと!」


館の内装はある程度頭に入っている。木造の扉は当てにならない。なんとかして

ゾンビたちの足を止めさせなければユニは走り回らなければならないのだ。

死が迫る中、ユニの脳は今までにないほど回転している。突如として館に侵入

してきたゾンビたちから逃げるユニ。そしてユニが追われているとも知らず

別件で手が回らないキース。ユニが頼れるのはキースだけだ。今、館内に侵入

しているゾンビはユニを追いかける金髪のゾンビと黒髪のゾンビ。扉を破壊し、

ゾンビは辺りを見回す。威嚇するようにチェーンソーを唸らせるも嗚咽も悲鳴も

聞こえない。が、彼女はこの部屋に身を隠している。金属のクローゼットの中に

体を隠している。決して声も物音も出さぬように、息を殺して…。



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