商材発見
親の許可をとってようやく初めて港街へと出かける。
領都コルディヤは海に面していて、下町となるのが港町だ。
漁村もあるにはあるが、そちらには今日は行かない。
この領地の主な特産品は塩、それと外国からの珍品だ。
外国との貿易で、この領地は潤っているが問題も多く持ち込まれる。
貿易品の中には危険な薬物などが珍品に紛れて運ばれてくるので、しっかりと取り締まっている。
その取り締まりに関わっているのが、商人ギルドと冒険者ギルドだ。
二つのギルドが確認することで、危険物を国内に持ち込ませていない。
もちろん、定期的に監査の人員を入れ替えることで不正も防いでいる。
代々の領主のおかげで大きな問題は今のところ発生していないようだ。
冒険者ギルドには、ピュムの正式なテイムの報告をしにいく。
並行して、スライムの一般的な印象と市民の食事事情の調査をするつもりだ。
スライムの印象にはあまり期待していないが、庶民の食事事情には期待している。
屋敷から港町までは護衛に守られながら馬車で移動だ。
偉ぶりたくはないのだが、安全面を考慮すると馬車での移動が必要になる。
それに屋敷からギルドまで距離があるため、歩かなくていいのはとても楽ちんだ。
領都内は道が舗装されているので、馬車内部はあまり揺れない。
揺れたとしても、座席のクッションが十分に衝撃を吸収してくれる。
舗装されていない道のことを考えると、馬車もまだまだ改良の余地はあるな。
つらつらと考えごとをしていると、冒険者ギルドに到着したようだ。
御者が馬車をギルドの裏手に預け、安全を確認してから馬車を降りた。
護衛を連れて、ピュムと一緒に冒険者ギルドに入る。
護衛がいることで身分が高いとわかるのか、変に冒険者に絡まれることもない。
すんなりと受付に辿り着き、用件を伝える。
「こんにちは、テイムした魔物の報告にきました」
「お待ちしておりました。領主様から事前に報告と連絡を受けていますので、準備は整っています。まずは、こちらの書類に記入を。それから担当の者から簡単な試験を受けてもらいます」
「はい、わかりました」
了解の返事をして書類を見たが困った。
テイムした魔物の種族と書いてあるのだが、スライムと書くだけでいいのかな?
一般的なスライムからは、すでにかなり離れてしまっているんだけど……。
うーん、わからないけれど、いったん書くだけ書いておくか。
必要事項を記入して、受付のお姉さんに返して質問する。
「あの、書類に魔物の種類とあったんですけど、スライムとだけ書いてよかったんでしょうか?」
「はい。なにか問題がありましたか?」
「たぶんですけど、うちのスライムは進化しているんですよ」
「大丈夫です。それもこれからの試験で危険かどうかも含めて確かめます」
おっと、ピュムが危険かどうかも試験で調べられるようだ。
どんな試験なんだろう?
お姉さんが書類を確認して、試験担当者に報告にいった。
しばらく待つと試験官がきた。筋骨隆々といった身体つきのおじさんだ。
「よお、俺が試験官だ。そのスライムが試験対象か?」
「はい。よろしくお願いします」
「ふむ。パッと見で、普通のスライムではないってのはわかるな」
「そうなんですか?」
一般的なスライムを俺は知らないが、このおじさんはそれを知っているようだ。
おじさんの説明によると、一般的なスライムはもっと薄い青色だと言う。
それに、ピュムと比べてもっと小さいらしい。
たしかにピュムと出会った当時は、今と比べると色はもっと薄かったし、大きさもずっと小さかった気がする。
「とりあえず、そのスライムの特徴を教えてくれるか?」
「えっと、魔法が使えて、言葉を理解してくれて、それに人のことをよく見ていて、物事を自分で学習しますね。あ、あと計算もできますよ!」
「なんだそりゃ? もうスライムって枠を超えてないか?」
「俺もそう思います……」
いくらなんでも賢すぎるってことは、それくらい俺にだってわかるよ。
なにが原因でここまで賢くなったんだろうか? こればかりはまったくわからん。
「まあいい。とにかく試験をしたいから、裏の修練場に来てくれ」
「はい。ピュム、行くよ」
「ぴゅぃ!」
ギルドの奥にある修練場は、ただただ広くなにもない土地だった。
すみの木箱の中には、木剣などの安全な練習用の武器が乱雑に置かれていた。
修練場のあちこちを確認していると、木箱から木剣を取りだした試験官のおじさんがいきなり斬りかかってきた。
急なことで身体が反応できず、委縮してしまった。
そんな俺を護衛が守ってくれるかと思ったが、ピュムが素早く俺の前に飛び出して守ってくれた。
「っ!?」
「やるじゃないか、スライム。しっかりとご主人様を守れた。いい仕事をしたな」
「ありがとうございます。ピュムも、俺を守ってくれてありがとうね」
「ぴゅぃぴゅぃ!」
「テイムされた魔物、従魔が主人を守るのは当たり前のことで、時に主人を手伝い、時には癒す。そんな関係が理想の従魔だ」
「ぴゅっぴゅーぃ!」
「ピュムがそれくらいできる。って、……たぶん言ってます」
「ほお? 従魔との意思疎通も出来ているのか。信頼関係も十分のようだな」
「はい」
「だが、この先もその信頼関係が続くとは限らない。進化したスライムがお前よりも実力が上だと思ってしまえば、お前のことを簡単に裏切るぞ」
ピュムが裏切る未来。そんな未来は訪れないと思いたい。
そんな可能性の話で不安になっていると、ピュムが俺の胸元に飛び込んでくる。
抱きかかえたピュムからは大丈夫、安心していいよって気持ちが伝わる。
「ぴゅぃぴゅぃ♪」
「ピュム……。そうだな、ありがとう。俺もお前を信じてるよ」
「お前たちなら心配はないな。いつかお前がテイマーとして大成するのが楽しみだ」
試験官のおじさんが俺たちを認めてくれた。
俺はピュムを抱え直して礼を言う。
「まっ、それはそれとして、そのスライムの能力を確認させてもらうぜ?」
「はい!」
「ぴゅぃ!」
その後、試験管にピュムの能力をひとつずつ見せる。
いつの間にか、水と氷の属性魔法を使えるようになっていたピュム。
俺以外の人の言葉も理解できる。
無理な注文でなければ、お願いする形にはなるが、言うことを聞いてくれる。
最後に計算能力を見せて、今わかっているすべての能力を披露し終えたピュム。
試験官のおじさんは少し悩んでいたが、合格を出してくれた。
悩んでいた内容も教えてくれた。「人間じゃないのが惜しい」と。
たしかにピュムと言葉を交わせたら楽しいだろうなとは俺も思う。
そんな俺たちの会話をピュムはジッと見ていた。
冒険者ギルドでの用事を終えて、俺は港の市場に歩いて向かう。
もう陽はだいぶ高くなり、早朝に釣りあげて売れ残った魚がお昼ご飯に向けて調理される時間になったようだ。
あちこちで魚のいい香りがする。この時間は煮込んだ魚料理が多いようだな。
網の上で焼いたものはあるが、そこまで多くない。
そして、俺がなによりも残念だと思ったのは……。
「醤油がない、味噌がない! 塩味一辺倒!!」
わかっていたことではあるんだけど、調味料が塩しかないのだ。
胡椒や砂糖はこの世界にもあるにはあるのだが、それなりに高価なのだ。
その代わり、ハーブは割と一般的だ。
けれど、使われるハーブの種類も少なく、ニオイ消し程度にしか使われていない。
「魚の出汁が出ているだけに惜しい……!」
俺は仕方なく、よくわからない魚の塩焼きだけで満足することにした。
漁師飯のような食事に期待していただけに落胆が大きい。
本来の目的の市場調査は悲しいけれど、すぐに終わってしまった。
仕方がない。気持ちを切り替えて、スライムの調査に移ることにした。
事前調査でわかっていることは、水辺にスライムが生息しているということだけ。
海辺にもいると思って砂浜にきてみたが、どうやら当たりのようだ。
薄青いスライムがぷよぷよと海に浮かんでいた。
波に流されて、浜に打ち上げられたスライムもたくさんいる。
浜に打ち上げられたスライムを俺は持ち上げてみた。
捕まえたスライムはぷるぷると震えて、俺から逃げ出そうと嫌がっている。
もう少し観察していると、スライムに水を吐きかけられた。
「しょっぱ、くないっ!? えっ、なんでだ?」
スライムに海水を吐きかけられたと思って、しょっぱさに身構えたけれど、ただの水だった。
さらにスライムの表面からざらつくものを感じて、スライムを落としてしまった。
白い粉? もしかして、これって――
ニオイを確かめても違和感はないから、粉を舐めてみる。
「しょっぱ! やっぱり、これ塩だ。それも高級なタイプの!」
実はこの世界の塩にはやや砂が混じっていて、やや粗悪なのだ。
たぶん製法自体が前世と違うんだろうな。
我が家では料理人たちが丁寧に塩をふるいにかけて、砂を除去している。
そこまでしても、使う塩にはまだ砂が残ることがある。
塩に砂が残ってしまうと、完成した料理には砂が入ってしまう。
これはこの世界では避けられないらしい。
食事中に口の中で砂がジャリッとするのが俺はとても苦手だ。
たぶんだけど、この世界の住人はみんなが同じ感想を持っていると思う。
これはビジネスの香りがするぞ。この世界の塩に革命が起こせる!
まだまだ問題点は多いけど、それさえ乗り越えればいけるはずだ。
護衛に時間を確認してもらって、時間がまだあるみたいなので、このままもう少しここで実験することにした。
実験がうまくいくことを願って、俺は海辺のスライムたちを見つめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます