第5話:陸の覇王の神殿にて⑤




 通路を抜けて、裏手にある庭園と薬草園も抜けて、無事に神殿の敷地を脱出して。さらに行った先にある森から続く山道を登りかけたところで、先を進んでいた騎士が唐突に足を止めた。リオノーラもつられて立ち止まり、そういえばと思い至る。この人、どこまで案内してくれるんだろう。そろそろ戻らないと、勤務中に抜け出したことに気付かれるのでは。

 「あの、騎士さん、もうこの辺りでいいので――むぎゅっ」

 「お静かに。……うん、追手が来ていますね。やはり気付かれていたか」

 「え゛っ!?」

 いたって冷静に分析した相手に、そっと押さえられた手の下で呻いてしまった。あれか、さっきのあれなのか!?

 「御心配には及びません。神殿からかかった追捕なら、十中八九私の顔見知りです。どうにか説得してみますので、姫君は先に行かれてください」

 「え、いや、でも」

 「大丈夫です。さあ、お早く」

 おろおろしている間に、道脇の木立の中にそっと誘導されてしまった。そこでようやく複数の足音と、鎧のこすれる金属音が耳に届く。あわてて戻ろうとしたのと、道の側がまぶしい光に照らされるのがほぼ同時だった。

 「第三位聖騎士パラディン、アスター・キャンベル卿! 貴殿に問おう、そこで何をしている!!」

 「――ずいぶんと乱暴な誰何ですね、第五位聖騎士オリバー・トリスタン卿。何事ですか」

 真っ向から落ち着き払って言い返してきた騎士、改めアスターに、ざっと二十人ほどの追手の先頭にいたごつい青年――話の流れ的にオリバーなのだろうが、とにかく神経を逆なでされたようだった。ただでさえ太い声を張り上げて言い募ってくる。

 「何事も何もなかろう!! 陛下直属という栄誉に預かった聖騎士でありながら、他国の斥候にたぶらかされて手引きするとは許しがたい!!」

 「全くの事実無根なのですが。直属がどうのというならば、常日頃の貴方のような軽挙妄動こそ慎むべきでしょう。我らの言動は陛下の名誉に直結しますので」

 「う゛っ、……そ、その陛下が仰ったんだ! 大体後ろめたいことがないのなら、何ゆえ儀式のさなかに隠し通路など通った!?

 紛らわしい言動は厳に慎め、関係者が動揺したせいで勇者召喚が失敗したらどうする! あれの贄に王家の子女は限られておるんだぞッ」

 (……は?)

 後半は極秘の案件なのでさすがに声を落としていたが、すぐ近くに隠れているリオノーラにはしっかり聞こえた。思わずジト目になったのとほぼ同時に、アスター青年の方もぐっと顔をしかめる。隠す気もないのだろう、心底不快という声色で、

 「オリバー卿。それはこの度選ばれたリオノーラ殿下ならば、贄にしても問題ない、というように聞こえるのですが」

 「本当のことだろうが! 王家遠戚から養子となった末姫が母、その嫁ぎ先の侯爵家次男坊が父、しかもその両方を亡くして出戻ってきた『末の末の末っ子セブンスチャイルド・オブ・セブンスチャイルド』。後ろ盾もなく身分だけが高い姫殿下なんぞ、貴族社会では一番扱いが面倒な代物だぞ!?」

 「……卿、今の言葉を訂正なさい。口さがないにも程がある」

 「ええいもう、話の腰を折るな! しかも身体が弱く寝付いてばかり、子を産むことすらおぼつかんのでは降嫁も出来まい。だったらせめてうら若く美しいうちに、国のために勇者を呼んで散ってこい、という神々の思し召しだろう!!」


 ぶちっっ。


 多分オリバー本人も、そこそこの家柄の貴族なのに違いない。冷え冷えとしたアスターの声を遮って、完全なる上から目線で言い放たれた瞬間、リオノーラは何かが切れる鈍い音を聞いた気がした。いや、確実に聞いた。

 (こいつ、本人が聞いてないと思って……!!)

 先に行くかどうかは置いといて、この場はアスターの顔を立てて任せるつもりだったが、気が変わった。

 被ったフードを払い落とし、髪に挿していたスティックを勢いよく引っこ抜く。細剣のように尖った切っ先で、オリバー含めた追手集団を指し示して――


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