終末戦士ババア ~異世界でも無双するそうです~

宮松真夜

ハムストリングスってごついよねの章

第1話 ババア、異世界へ行く

 トヨタ ミチコの朝は早い。午前5時に起床し、コップに注いだ水を一呑みする。XLサイズくらいにもなるランニングウェアに着替え、キャップと厳ついスポーツサングラスを身につけると外に出る。


 町は依然として静寂に包まれ、冷たい空気が肌を伝うもミチコの体からは尋常ではないという言葉では済まされないほどの湯気が出ている。ミチコが走り出すと、まるでミチコ自らが濃い霧を作り出しているかのように周辺の空気は一層白くなる。


 いつものミチコのルートは、2つの町の周りを何周かほどし、そこから少し遠くの運動公園まで往復し、そして家まで走って帰ると言った感じだ。その距離は約20kmと、ハーフマラソンとほぼ同じ距離で毎朝こなしている。町の人からは、冬の季節になるとミチコが走った跡の道には湯気によって濃霧のうむが発生するので、「ホワイトアウト通り」なんて呼ばれていることもある。


 ミチコはランニングが終わると同時に、腕につけているザップルウォッチのタイマーを止め、タイムを確認する。


「今日は1時間4分26秒かい?まあまあじゃのお。」


 日本での60歳以上のハーフマラソンの平均タイムは2時間程だ。しかし、ミチコは御歳おんとし76歳と高齢ながらも毎年開催される地域のマラソン大会では、この町にある高校の全国経験者でもある陸上部のエースといつも競り合いをしており、当たり前のようにミチコが1位を掻っさらっていく。今までに、他校の陸上部のエースが何人もミチコに挑むも、虚しく敗北を迎える。そのことから、周りの高校から「怪物殺し」という2つ名もつけられ、陸上部内で打倒ミチコという目標を掲げ、厳しい練習メニューを組んでいるとかいないとか…。


 そして、今日は待ちに待ったボディービル大会。ミチコは年1回開催されるこの大会のために、常日頃からパンプアップを図っていた。ブチブチと筋肉が悲鳴をあげようとも、ミチコは筋肉が応援してくれているんだと思い込みながら筋トレに励んでいた。


 軽く50kgのダンベルを数十回と片手で上げ下げを繰り返し、前もってミチコの夫が作った特製プロテインを喉にごくりと通していく。


「やっぱり爺さんのプロテインは格別じゃのお…。」


 補足をしておくと、ミチコの夫である トヨタ マサカズは世界で活躍する人気レスラー「ホープ・ド・マスク」の本名であり、3年前に日本を発って現在はアメリカで活躍している。そのため、ミチコは一戸建ての古家で一人暮らしをしているが、街の人の援助もあって普通(?)の生活を送れている。


「おっと…もうこんな時間じゃ。早く会場に向かわないとね…」


 ミチコは、昔夫と撮影した写真を横目で見ながら家を出る。それが、彼女が最後に見た夫との思い出だった。


 会場にて…


「4番!どでかい山岳地帯でも肩に宿してんのかいッ?」


「4番!なぁに荒川よりも極太いハムストリングスつけてるんだいッ!」


「4番!僧帽筋にアルプス山脈が連なってるよぉ〜!」


「4番!筋肉の割れ目はマリアナ海溝にも負けないよぉー!」


「あのお婆さん達の掛け声独特すぎない?」


「常連だからね…あのゴリゴリマッチョ婆さんの友達だって聞くし…」


 ちょうどボディービル大会に来ていた男子高校生は、ミチコがポージングを決めている時に、その友達である4人のお婆さん達の掛け声が聞こえてきて少し困惑している様子だった。そこに、1人の老人が通りかかるとその男子高校生の隣の席に腰掛ける。


「わかっとらんな若造…最近ではこの大会はミチコさんと観客席の婆さん方のワンマンライブだ。それだけを見に来る人もそう珍しくは無い。しかし、ミチコさんがどんなにムキムキになろうとも…マサカズの嫁さんになろうとも…わしの思いは60年前からかわっとらんのでのぉ!4番!バキバキな君をそれでも愛そうッ!!」


「そこの観客!あんたのメンタルは超合金か〜?」


「ヨボヨボな爺さん!冗談は三途の川で吐いてきなーッ!」


 そうしている間に早くも時間が経過し、結果発表となっていた。当然、友達のお婆さん達を含め、毎年見に来ている人にとっては想定しえる結果であった。


「第16回 坂崎市ボディービル大会の優勝者は…4番!トヨタ ミチコさんです!おめでとうございます!」


 ミチコはマッスルポーズの形をしたトロフィーを受け取ると、観客席に向かって手を振る。


「やっぱりミチコさんが1番じゃわーい!」


「きゃー!ミチコさーん!今年もボリューミーな胸板だよぉー!」


「さぁ、今年の大会で5連覇となりましたが、今の心境を教えてください!」


 ミチコは司会者から向けられたマイクを手に取ると、一言だけ話す。


「みなさん、どうもありがとうねぇ〜」


 感謝の言葉ながらも、会場に来ている一部の人にとって、それは余裕だと言わんばかりの圧のようなものを感じていた。司会者はミチコから自分へマイクを返してもらうも、ミチコの握力によってマイクが使い物にならなくなってしまったので念の為に常備していたもう一本のマイクを取り出す。


「これにて、ボディービル大会の全日程を終了します。大会に来てくださった皆様、そして出場してくださった選手の方々…本日はお疲れ様でした!お帰りの際は忘れ物に気をつけてください。」


 大会が終わると、ミチコは友達のお婆さん達と近くのカフェへ行くこととなった。


「今日もかっこよかったねぇ〜ミチコさん。」


「じいさんのプロテインのおかげじゃのお。これのおかげでいつも頑張れるんじゃ。」


「美人でマッチョなミチコさんはやはり敵無しじゃな!アハハハ!」


 婆さん達はたわいのない話で盛り上がっていた。しかし、1人の友達の婆さんがとある異変に気づく。


「それにしてもあのトラック…こっちに向かってきてないかい?」


 ミチコが友達の指さした方向へ振り返ると、タイヤがパンクし、猛スピードで今にも歩道の方へぶつかってきそうなトラックが迫って来ていた。


「避けろ!そこの婆さん達!」


 運転手は車窓から顔を出し、大声でミチコ達に警告をする。しかし、ミチコは動じなかった。


「ミチコさんっ!あんた何やってるんだい!早く避けるんだよっ!」


 ミチコはニヤリと笑っていた。元より、彼女の異常性はマッスルボディを手に入れた時から筋肉とともに備わってしまったのかもしれない。


「ごめんねぇ、やよい婆さんや…ワシは自分の限界が知りたくなったッ!!」


 ミチコは受けの姿勢をとり、トラックが衝突する寸前で足を力むとトラックのスピードを自身の力で減速させようとする。


「おい何やってんだ婆さん!!あんた死んぢまうぞ!?」


「老体だと思って舐めてもらっちゃあ困るよ?運転手の兄ちゃん。少しはあんたが重症を負わずに済むじゃろう?任せておくれ!」


 キュン……


 運転手は、ミチコの意思に惚れ込んでしまった。だが、そのことは今はどうでもよい。


 ミチコは歯を食いしばり、トラックを止めようと尽力していると妙な感覚が全身を伝う。


「これは一体…なんじゃ?」


 誰も知る由がなかった。まさか、ミチコのパワーとトラックの衝突によってがどこからともなく生み出され、トラックのスピードが減速していくとその運動エネルギーはこの場では処理しきれない程に膨張していくと…


 本来、こういった事は現実では起こりえない話である。しかし、突如として出現した異世界にだけ存在する原子が運動エネルギーに反応し、超常現象を引き起こしていたのである!


「体が…光に包まれていきおる…」


「ミチコさん!一体何が起きてるんだい!」


 周囲に光が照らされ、人々の視界が遮られる。


「ミチコさぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 友達の婆さん達は必死にミチコを呼びかけるも応答がない。そして、気がつくと歩道に乗りかかるように停止したトラックだけが残っており、そこにはもうミチコの姿はなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 とある世界にて…


「マイロス!回復はまだか!?こっちは体力の消耗が激しいんだぞ!」


「僕だって魔力の消耗が激しいですよ!もう少し耐えてください!」


 冒険者パーティーの4人は、ギルドからの緊急依頼でアズラの崖に出没した黒の竜の討伐へと赴いていた。緊急依頼なので、他の冒険者パーティーもこの4人と同じく討伐に同行していたが、竜の圧倒的な力によってほとんどのパーティーは壊滅し、残る4人も苦戦を強いられていた。


「うぉぉぉ!!ロックスラッシュッ!!」


 戦士ダルディロは竜の脳天をめがけて斧を叩きつけるも、ダメージを与えている様子がない。それどころかピクリとも動じず、真っ先にダルディロに噛み付く。


「ぬわぁぁ!?」


「ダルディロ!!」


「俺がダルディロを竜から引き離す!」


 魔法使いラスターは、魔力を消費して氷の剣を複数生成し、竜に向かって放つ。しかし、この攻撃も竜には通用しない。


「まじか…どれだけ硬いんだよこいつはっ!?」


 竜は首を何度か左右に振ると、ラスターの方向へとダルディロを口で投げつけ、2人は岩山へと衝突し、気絶してしまう。パーティーの1人である剣士レインは竜を前にして動けずにいた。


 どうする俺…マイロスの魔力はもう枯渇しかけている…魔法瓶も1本しか残されていねぇし…ダルディロやラスターも戦闘不能だ…くそっ!何グズグズしてんだよ!こういう時にこそ覚悟を決めなきゃならねぇだろ!


「レインさん!魔力の補充が出来ました!今すぐ回復を…」


「待てマイロス!その魔力はダルディロとラスターの回復に使え!中級の回復魔法を2回分…まぁ動けるほどには回復できるだろ?」


「それじゃあ…レインさんはどうするんですか!?」


「早く回復してやれ!今はそれがお前の役割だ!」


 剣を構え、土を踏み込むと脅威的なスピードで竜へと迫っていく。


「随分と余裕そうな顔してんじゃねぇか…今からその面…ズタズタにしてやるよ!」


 レインは自分の間合いにいる竜を見ると、剣を上に向けて魔力を溜め込む。


「エクストリーム…」


 竜は危険を感じたのか、鉄をも焼き切る程の炎をレインに向けて吐く。それと同時に、レインの剣は稲光るとその剣先は竜へと突き立てられる。


「レインブレ…」


 その時、どこからともなく周囲一帯が謎の光に包まれ、レインと竜はその光と共に発生した衝撃により吹き飛ばされる。


「うわぁぁぁ!!」


 (一体何が起こったんだ…?)


 レインが光の発生源を見ると、そこには図体の大きい人影が立っていた。


「びっくりしたねぇ〜…なんだったんだい…今のは?」


 レインは目を疑わざるを得なかった。この世界では見たこともない服装…そして何より、このようなムキムキなお婆さんをレインは生まれてから17年もの間、今まで見たり聞いたりしたことがなかったのだ。


「誰だよ…あんた…」


 ムキムキなお婆さんは不思議そうな顔で、声の主であるレインを探しながらこう言った。


「誰って…ワシはトヨタ ミチコ…ただのしがない婆さんじゃよ。」


 (いや、誰ぇぇぇ…)


 後にレイン…いや、人々は知ることとなる。このトヨタ ミチコという人間の底知れぬ異常性…そして、この世界にとっての救世主となるのか…はたまた、ただの狂戦士となるのか…その行く末を…

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