第11話 放課後アディショナルタイム

 すべての授業が終わり、帰りのホームルームも終わり、放課後へと差し掛かる。

 いつものように荷物を纏めて、廊下が混まないうちに教室を出ようと立ち上がったところで、ポケットに入れてある携帯が震えた。


 なんだ?

 こんな時間に通知が来るなんて珍しいこともあるもんだなと思い取り出して画面に指を滑らせると、三上さんからの通知だった。


『一緒に帰りませんか?』


 は?

 画面を見て固まっていると、再度通知が来て、次のメッセージが表示される。


『では、いつものベストスポットで待っています』


 待っていますって……。

 おい……返事聞く気ないのかよ……!





 少し待って廊下の人波が落ち着いたところで、いつもの場所に向かう。昼飯以外の目的で向かうのは何気に初めてだな。


「悪い、遅れた」


「遅かったので来てくれないのかと思いましたよ」


 三上さんは読んでいた本を閉じ、鞄にしまいながら俺をジトーっと見つめる。

 驚いて画面を五度見くらいしてたら出遅れたんだよ。


「急だったからびっくりしたんだよ。てか、返事聞く気なかったじゃねーか」


「ふふ、そうでしたか?」


 俺に断るという選択肢を与えない強かな立ち回り。どこまで計算してやってるんだか分からんが、結局こうしてここに来てしまった以上、三上さんの手のひらってわけか。


「しかし、なんだって急に……。というか俺にばっか構ってて大丈夫か? 三上さんにも友達付き合いとかあるだろ?」


「そうですね。なので、桐島さんと帰ろうと思いました」


「……そうかよ」


「そうです」


 恥ずかしげもなくそういうことを言う。

 こんなボッチを構うだなんて物好きだと思うが、三上さんが好きでやってることなら別に文句はない。


 自分の気持ちに正直に。

 三上さんがしたいと思ったことだ。それに……俺だって嫌じゃない。


 それにしても……友達か。

 まさか俺の第一友達が高嶺の花になるとは……何が起こるか分からないもんだ。


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない。それより、行こうぜ」


 少しだけ顔が緩んでしまった気がする。

 俺はそれを誤魔化すように三上さんに背を向け、彼女が立ち上がるのを待って歩き始めた。







 校門を出て、なぜか家とは反対方向に歩き出した三上さんに俺は恐る恐る声をかける。


「あのー、三上さん? そっちは逆方向ですけど、もしかして迷子?」


「迷子ではありません。寄り道です」


 さいで。

 また突拍子もない。


 しかし……寄り道か。

 なんというかこう……青春っぽい気がする。


「今更ですが、桐島さんは部活には入ってないのですね?」


「ああ、三上さんは?」


「私も入ってません」


「そうなんだ。三上さん、運動神経よさそうだし、なんかもったいないなー」


「……ああ、そういえば体育の時……。授業中に余所見はいけませんよ?」


「自習だったんだよ。それに、そっちだって手を振ってただろ」


「そういえばそうでしたね」


 授業中に余所見をしていたのはお互い様だ。


「そういう桐島さんはどうなんですか? 部活動に興味はなかったのですか?」


「一人暮らしだからなぁ。部活動で遅くなると色々大変そうだから、部活動所属が強制じゃないここにしたんだよ」


 学校によっては全生徒部活動の参加が強制されるところもあるが、この学校は自由だ。

 訳あって一人暮らししている身としては、部活動強制参加で疲れ、生活リズムを崩して学業も疎かになるというのは避けたかった。


 間違って運動部なんか入ってみろ。クタクタになって帰宅して、飯を用意しようとしたところで力尽きる自信がある。なんならそのまま寝落ちとかして、課題もやらない。遅刻もしまくる不良生徒に成り下がる未来まっしぐらだ。


「桐島さんは一人暮らしだったのですね」


「ああ、早く慣れたいもんだな」


 ようやく慣れ始めてきたところだが、初めは環境の変化などで風邪をひいてしまい、おかげで入学式も休むはめになってしまった。


 今までみたいに起こしてくれていた親はいないし、朝起きるのにも一苦労なんだよな。


「この歳で一人暮らし……偉いですね」


「親の方針なんだよ。ま、確かに一人暮らしに慣れておいた方が大学生活とかでは役に立ちそうだけど……高校一年から放り出さなくてもいいだろ」


「どうでしょう? いい経験になるとは思いますが……大変そうだというのも否めませんね」


「……悪い。愚痴るつもりはなかった」


 早口でまくし立てる俺に三上さんは困ったように反応した。

 不安をぶつけるみたいな形になって申し訳なく思う。


「せっかく家も近いことですし……困ったことがあればなんでも頼ってくださいね?」


「……ああ、そうさせてもらうよ」


 優しい口調で、俺の顔を覗き込む三上さんの心配そうな表情が、温かくて心に染みた。


「しかし、一人暮らしだとは知らずに連れ回してしまってすみませんでした」


「別にいい。むしろ助かってるよ。どうせ帰ってもボッチだ。たまにはこういう日があってもいいだろ」


 俺のボッチを脅かす唯一の知人にして友人。

 元々遠慮なんてなかったんだ。思うがままに脅かせばいいさ。


「せっかくの寄り道だ。辛気臭いのは無しにしよう。それで……どこに連れていってくれるんだ?」


「向こうの通りに新しくクレープ屋さんができたみたいなので行ってみたいです」


「クレープか。いいな」


「お昼はパンをたくさんご馳走してもらったので、クレープは私がご馳走しますよ」


「そりゃ楽しみだ」


 そんな学生らしい会話を楽しみながら、家とは逆方向に突き進んでいく。

 そんなボッチを脅かされた放課後も、悪くないと思った。

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