第16話 弟子入り試験――⑤

「それじゃあ、ラピスちゃんの試験合格と弟子入りを祝って……かんぱ~い!」

「か、かんぱ~い!」

「……………………」


 マカが音頭を取り、ラピスがグラスを合わせる。

 その横で、オルティナは頭を抱えて黙りこくっていた。



「いや~、それにしても。すごかったわよ、ラピスちゃん! お姉さん感動しちゃった!」

「あはは……ありがとうございます。

 でも、エメラルド・バードを捕まえられたのは、ほとんどバニーさんのおかげですよ」


 ラピスが謙遜交じりに苦笑する。


 そう、オルティナがエメラルド・バードを逃がした後。

 ラピスはバニーと協力することで、無事にエメラルド・バードを捕獲しイベントで優勝を収めたのだった。


「バニーさんが私を抱えながら、火属性魔法で飛んでくれたおかげで捕まえられたんです。

 私は飛んでくる妨害の魔法なんかを弾いてたくらいで、特に大したことはしてませんよ」

「空中で攻撃をさばけるだけでも十分すごいと思うけど……そうじゃなくって。

 大切な試験だったのに見ず知らずの人を助けに行った。

 それは間違いなく『大したこと』よ。胸を張りなさいな」

「お、オルティナ様の背中を目指して修行してきましたから! えへへ……」

「んまぁ、聞いたティナちゃん?

 良かったわねぇ、こんないい子がお弟子さんになってくれて」

「…………ない」


 ずっと黙っていたオルティナが、感情のない瞳でグラスを見つめる。

 そして一気に中身を飲み干した。


 ごくごくと白い喉が上下して、空になったグラスをカウンターテーブルに叩きつける。


「ぜんっぜん、よくない! もう、どうしてこうなるわけ!?」

「お、オルティナ様……!?」

「あらやだ、ティナちゃんったらまだ昔と同じでお酒弱かったのね……。

 いつものジュースにしてあげるべきだったかしら」


 たった1杯で顔を真っ赤にしたオルティナが、キッとラピスをにらみつける。


「……もう一度だけ聞くけど。本当に私の弟子になりたいの?」

「は、はい! オルティナ様に弟子入りして、立派な探索者になりたいです!」

「……なら、まずその"様"ってのをやめて。私は……そんな大層な人間じゃないから」

「いえ、そんな! オルティナ様は私にとって憧れの存在で――」


 初めてオルティナから名を呼ばれ、ラピスがびくり、と驚きに硬直する。


 オルティナは酔いのせいで潤んだ瞳に真剣な色をにじませ、こぼすように言った。


「貴女は……私みたいにならないでね」

「えっ? それは――」


 どういう、と続けようとしたラピスの前で、オルティナの体がゆっくりと傾いてく。

 そのまま力尽きたように、カウンターテーブルの上で眠りに落ちてしまった。


「あらあら。

 本当にお酒だけはダメねぇ、ティナちゃんは。今度謝らないと……」

「あ、あの……マカさん。今の言葉はどういう……」


「うん? そうねぇ……ティナちゃんなりの合格祝いってところかしら」

「えぇっ!? そうなんですか……?

 てっきり『私みたいな凄腕探索者になるのは諦めろ!』的な意味かと……」

「うふふ、素直じゃない子だからねぇ。

 あとは……この間も少し話した"事情"ってやつよ」


 マカがブランケットを取り出し、オルティナに掛けてやる。


「……実はね、ティナちゃんにも昔はお師匠様が居たのよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「ええ。でもティナちゃんは、自分のことを弟子として未熟だって思っているみたいでね。

『私みたいになるな』って言うのは、そういう意味じゃないかしら」

「そう、だったんですね……」


「詳しいことは、きっといつかこの子が自分からアナタに話してくれると思うわ。

 だからそれまで待っていてあげて?」

「……はい、もちろんです!」


 いい返事ね、とマカが微笑む。


 それを見てラピスは不安そうに聞いた。


「でも……私で大丈夫でしょうか?」

「あら、どうかしたの?」

「オルティナ様は、とても素晴らしい探索者です。

 それなのにご自分のことをその、良くない弟子だと思っているなんて……。

 それじゃあ私は、いつかオルティナ様に認めてもらえるのかなって、不安で……」

「あぁ、それなら大丈夫よ」


 マカはラピスの頭に手を置き、優しい笑みを浮かべる。


「アナタ、昔のティナちゃんにそっくりだもの。

 だからきっと、この子みたいな立派な探索者になれるわ」

「マカさん……」

「そもそも、未熟者だなんて思っているのは本人だけだしね。そうでしょう?」

「そう……ですね。はい、その通りです!」


 ラピスの目に強い光が戻ったのを見て、マカがうんうん、と頷く。


「ところで……オルティナ様が昔の私と似ているって言っていましたけど、本当ですか? とてもそうは見えないんですけど……」

「あら、興味ある?

 昔のティナちゃんはね~、ラピスちゃんみたいなお師匠様大好きっ子だったのよ?」

「えっ、そうなんですか!?」

「そうよ~。今よりずっと素直で可愛くてね。それで――」


 マカとラピスが楽しそうに昔話に花を咲かせる。

 その横で、オルティナはどこか居心地悪そうにすやすや寝息を立てていた。

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