第14話 弟子入り試験――③

 <コメント>

 誰かバニーちゃんを助けて!


 そのコメントはすぐに他のコメントによって押し流されてしまった。


 どうして大量のコメントからラピスがそれに気づけたのかは分からない。

 偶然か、彼女の性格によるものか、あるいは――憧れのあの人の配信では、その『助けて』というコメントがよく流れるからか。


 とにかくいち早くそれに気づいたラピスは、足を止めた。


「~~~~~っ!」


 空を舞うエメラルド・バードと、それを追いかける参加者。

 そしてその反対、赤髪の少女――バニーが落ちていった方角を交互に見る。


 しかし迷ったのは一瞬だった。


「先にこっち!」


 ラピスが集団から離れ、バニーが落下した方へと駆けてゆく。


 少しすると、バニーという少女の視聴者と思しき人たちのコメントが目立つようになってきた。


 <コメント>

 おい、バニーちゃんやばくね?

 誰かー! バニーちゃんを助けてあげてー!

 ダメだ、周りの奴ら全然気づいてくれない!


(コメントが……でも大丈夫。まだ手遅れじゃない……!)


 バニーの危機を伝えるコメントが、まだ彼女が生きていることを示している、とラピスは足の回転を速める。

 しかし命が危険にさらされているのには変わりない。


 ずっとオルティナの配信を見てきたラピスは、人命救助における『速さ』の大切さを知っている。

 だから尊敬する彼女に少しでも近づくため、ラピスはずっと敏捷性を鍛え上げてきた。


 足の速さには自信がある。

 疾走する彼女は、やがてモンスターの群れに囲まれる赤髪の少女を発見した。


「カロロロロ……」


 バニーを取り囲むのは骸骨の人型モンスター――スケルトンだ。

 死んだ探索者が化けて出た、などと冗談めかして言われる彼らは、人体標本のような骨だけの体にボロ布をまとい、錆びた武器を手にしている。


「っ……こいつら! あっち行け! 炎弾!」


 バニーが魔法を唱え、握りこぶし大の火球を撃ち出す。

 ゴウ、とスケルトンに命中したそれは、しかし倒すには至らず、多少怯ませた程度だった。

 肉を持たず骨だけの体である彼らには、火属性の魔法は効果が薄い。

 加えて、彼女は今ガス欠状態だった。


空を飛んださっきので魔力が……やっぱりぶっつけ本番は無理があったかなー。あはは……」

「カロ……カカロロロ……」


 スケルトンがじりじりと包囲を狭めていく。


 助けを求めようにも、他の探索者たちはエメラルド・バードに夢中だ。

 そうでなくても、ほとんどの者は迷宮区で他人を気にかける暇などはない。


 迷宮区では探索者になにがあろうと、全ては自己責任だ。


 だからそんな中、率先して人を助ける者が居るとすれば。

 それは余程の変わり者か――それに憧れたお人好しくらい。


「下がってください!」

「えっ……?」


 凛とした声が響く。

 ラピスだ。

 どうにか間に合った彼女は、スケルトンの背後からその胴体を斬りつけた。


「はぁぁぁっ!」


 鋼鉄の塊が勢いよく叩き込まれ、スケルトンの体が砕け散る。

 呆気にとられるバニーをよそにラピスは間を置かず2体目へと斬りかかった。


 袈裟切りに、スケルトンは剣を合わせることすら許されず、その体を粉砕されていく。


 ラピスとバニーはともにランク2に分類される探索者だ。

 それは駆け出しを卒業し、中層に挑む権利を与えられた者であるということ。


 しかし一口に中層へ行く資格があると言っても。

 実際に中層へ行ったことはないバニーと、そこでモンスターと命のやり取りをしたラピスとでは、


「ふっ――!」

「カロロロ……!」


 同じランクではくくれないほどの差が存在する。


 一振り一殺とばかりに、ラピスは瞬く間にすべてのスケルトンを葬った。


「え……すごっ……」

「大丈夫ですか!?」


 呆気にとられるバニーの元へラピスが駆け寄る。

 心配そうな瑠璃色の瞳に、バニーは「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」と両手を振ってみせた。


「いやぁ、落ちた時に足をくじいちゃってさー。ホント、参っちゃったよ……」

「足を……。そうでしたか。治癒ポーションはありますか?」

「それがそのぉ、飛ぶときに邪魔だから荷物を置いてきちゃって……」

「でしたらこれを使ってください」


「え!? いやいや、流石にもらえないよ!

 助けてもらったのにポーションまでなんて……」

「でも歩けないと困りますよね?

 私も安全な場所まで付き添う時間はありませんし、どうぞ使ってください」

「本当にいいの? あ、ありがとう……」


 神対応じゃん、と感激した様子でポーションを受け取るバニーに、ラピスは背を向けた。


 こうしている今にも、エメラルド・バードが誰かに捕まえられてしまうかもしれない。

 急いで追いかけなければ、と一歩を踏み出した瞬間、


『終了~!』

「え……」


 あちこちに浮遊していた撮影用ドローンから、司会の男の声がする。


『たった今、エメラルド・バードが捕まったぜぇ!

 つうわけで表彰式だ!

 参加者は全員、開始地点まで戻ってきてくれよなぁぁぁ!!』


「そ、そんなぁ……」


 ラピスの全身から力が抜ける。

 ようやく、ようやく掴んだ弟子入りのチャンスだったのに。


 意気消沈する彼女に、バニーが申し訳なさそうに謝った。


「その、ごめんね! ウチを助けてくれたせいだよね……」

「あっ……」

「謝ってすむことじゃないけど……本当、ごめんなさい!」


 勢いよく頭を下げるバニーに、ラピスが首を左右に振る。


「……謝らないでください。

 確かに優勝できなかったのは……すごく、残念ですけど。

 それでも――人の命には代えられませんから」


 これ以上落ち込めば、バニーは助けられたことをずっと気にするだろう。

 そう思ったラピスは今にも泣きたい気持ちを抑え、気丈に微笑んだ。


「せっかくですし、一緒に戻りませんか?

 またモンスターに襲われるかもしれませんから」

「あっ……うん」


 その表情に何も言えず、バニーは黙ってラピスの隣を歩いた。


 やがて他の参加者たちも口々に不満を言いながら、スタート地点へと戻ってくる。

 そこには開始の時にはなかった小さな演壇が設置されていて、そこで表彰を行うようだった。


「それじゃあ栄えある優勝者から、一言もらおうかぁぁ!」


 司会の男に促され、エメラルド・バードを捕まえたという探索者が歩み出る。


 一体どんな人だろう、とその人物を見たラピスは「……え?」と言葉を失った。


「はぁ……まったく世話の焼ける……」


 小声でそんなことを言いながら演壇に上がったのは、瑠璃色の髪をなびかせる美しい少女。

 オルティナが、仏頂面で壇上に立っていた。

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