第10話 弟子入りはお断わり――⑤
宣言通り、ラピスは次の日もオルティナの元へやってきた。
「お願いします! 私を弟子にして下さい!」
「無理」
きれいなお辞儀をするラピスに対して、オルティナは一言そう返すと扉を閉める。
「また明日も来ます!」
扉越しにそんなセリフが聞こえ、足音が遠ざかっていく。
次の日も似たようなやり取りが行われ、ラピスは「また明日来ます」と言い残して去って行った。
次の日も。
「お願いします! 私を弟子にして下さい!」
「無理」
その次の日も。
「美味しい料理が作れます! よろしくお願いします!」
「無理」
さらにまた次の日も。
「今ならなんと! 何でもする券が10枚付いてきてお得です! お願いします!」
「無理」
ここまでくると流石のオルティナでも分かる。
彼女は本気で自分のことを慕っているのだと。
しかしそれを嬉しいと思う機微はオルティナにはない。
(いつまで続くんだろう……)
どうすればこの連日の家庭訪問が終わるのだろうかと頭を抱えるオルティナ。
これが嫌がらせであれば――もはやそれに近かったが――1発2発殴って無理矢理に事態を収めるところだが。
全て好意からくるものであるからタチが悪い。
何よりオルティナを悩ませるのが弟子入りという内容だった。
ラピスが自分を師として仰ぐ理由も、その人選が割と真っ当なものであることもオルティナは理解している。
だから問題なのは『どうして駄目なのか』を論理的に話せない彼女自身。
けれどそれも無理からぬことだった。
それほどオルティナにとって弟子とは……師弟関係とは、特別なものだ。
そんなことを上手く伝えられないまま、明日も明後日もラピスはやってきた。
そうして10日が過ぎた頃。
オルティナはたまらず家を飛び出し、行きつけの酒場へ避難した。
「んくっ、んくっ……はぁ……」
小さな酒場のカウンター席で、オルティナがグラスをあおる。
昼間は料理が美味しい食堂として人気の店だが、夜になると席数を減らして落ち着いた雰囲気のバーのように様変わりする。
その静かな空間が彼女は好きだった。
特に近頃は嵐のような少女に絡まれているからなおさら。
すでに閉店時間が近いということもあり、客は少なくカウンター席にもオルティナ一人。
そうして孤独を楽しんでいた彼女に、昔からの顔なじみである店主が意外そうな顔で話しかけた。
「それにしても、珍しいわねぇ。
ティナちゃんが迷宮区にも行かずにウチで時間を潰すなんて。
しかもお昼前から1日中ずーっと」
「んくっ……別にいいでしょ。私の勝手なんだから」
「そうだけどぉ……。
流石に半日以上居座られると何かあったんじゃないかって、お姉さん心配になるわ~」
くねくねと筋骨隆々の体を揺らす店主。
お姉さん、と言っていたが彼は生物学的にはれっきとした男性である。
しかし心は乙女であった。
そんな酒場の店主――マカに、オルティナはうっとうしそうにしながら、
「なんでもない。ちょっと……今日は家に帰りたくないだけ」
「あらっ! あらあらまぁまぁ。
まさかティナちゃんがアタシのことをそんな風に思っていたなんて……」
「うん?」
「『今夜は帰りたくない』だなんて。
でもごめんなさい。アタシの好きなタイプは可愛らしい男の子だから……。
ティナちゃんも十分可愛いんだけどねぇ」
「何を変な勘違いしてるの……」
モテる女は罪ね、と困ったように両手を頬へ当てるマカに、オルティナが目元をひくつかせる。
「私だって女の人をそういう対象として見たことないから。マカなんてお断わりだよ」
「あら。あらあらまぁまぁ……」
「……今度はなに?」
「うふふ、いいえーなんでも。ティナちゃんのそういうところ、アタシ大好きよ。
はいこれ、お姉さんからのサービス」
「……? ありがとう……?」
何故か上機嫌のマカが差し出してきたおつまみを、戸惑いながら受け取る。
オルティナとしては思っていたことをそのまま口に出しただけだ。
サービスを受けるような心当たりはなかったが……まぁもらえるものはもらっておこう、と口に運ぶ。
うん、美味しい。
「アタシがあげておいてなんだけど、今日はお料理それで最後にしておきなさいね」
「どうして?」
「どうしてって……もうすぐ日付も変わる時間よ? 夜に食べ過ぎると体に良くないわ~」
「別にそんなことないけど」
「ダーメ。せっかくのキレイなお肌が荒れちゃうわよ。
……でもまぁ安心したわ。食欲があるのなら、体調が悪いわけじゃないのね」
「……私が迷宮区に潜らないのがそんなに気になる?」
「当たり前よ。
アナタはあの人が……ヴァイオレットさんが残した、大事な忘れ形見なんだから」
「………………」
「あらアタシったら。この話はしない約束だったわね」
ごめんなさい、と謝るマカだが、オルティナには分かっている。
彼女は誠実で約束を違わない人物だ。
だから今のやり取りもきっとわざとで、こちらの身を案じて釘を刺したのだと。
それがマカなりの優しさだと気づいているから、オルティナはぽつりと呟いた。
「ねぇ、マカ。
あの人は……師匠は、どうして私なんかを弟子にしてくれたのかな」
「えっ……ちょ、ちょっとなあに急に?
アナタ本当に大丈夫? 自分からヴァイオレットさんの話をするなんて」
「なに……悪い?」
「いいえぇ、まさか。アタシとしては大歓迎だけど……」
「だったら別にいいでしょ。それで、どう思う?」
「なんで弟子にしてくれたのかって?
うーん……そうねぇ。ティナちゃんが可愛かったから?」
「……ま、じ、め、に」
オルティナが切れ長な瞳を吊り上げてマカをにらむ。
それに苦笑するマカは、グラスを拭く手を置いて真剣な面持ちで答えた。
「もちろん、他にもっともらしい理由はあるでしょうけど。
でも根っこの部分では本当にそれが理由だったと思うわよ」
「……本気で言ってる?」
「えぇ。ティナちゃん、あの頃毎日のようにヴァイオレットさんの所に通っていたでしょう? それが嬉しかったんだと思うわ」
「うっとうしい、じゃなくて?」
「ふふ、そう思う人も居るかもね。
けど自分を慕ってくれる人の存在は、なんだかんだ言っても嬉しいものよ。
特にヴァイオレットさんは、ずっと一人で暗い迷宮に潜るような人だったから」
「………………」
「まぁ、それ以上にティナちゃんの熱意に根負けしたのかもしれないけど。
あの頃のティナちゃんてば、それはもう熱心にヴァイオレットさんのところに行っては『弟子にしてください!』って頭を下げて……可愛かったわねぇ」
「そ、その話はいいから!」
「えぇ~、いいじゃない。滅多に話題に出さないんだから~」
「ダメ! この話はもうおしまい!」
照れ隠しにグラスをあおろうとして、中身が空なことに気づく。
無言でマカを見ると「これが最後よ?」と果実を絞った甘酸っぱいジュースを注いでくれた。
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