不在の神(1) -ナツメ視点-

 片付けを済ませ空を見上げれば、星が出ていた。

 俺の対面に、夕食時と同じくカサハさんとミウさんが座っている。ルーセンさんは、俺と二人の中間に。アヤコさんは先にテントに戻った。「この先の『予言』を確認する」と言って。

 俺は何とはなしに、すぐ隣――彼女が座っていた場所に目を遣った。


(今日の『予言』も迷いなく書いてましたね、あの人)


 本当に未来が見えているかのように、アヤコさんはサラサラとペンを走らせていた。彼女が見ているのは未来とは逆の過去――記憶であるはずなのに。

 今日もまた、その行為についてどうってことがないように話していた彼女を思い出す。その後にあった遣り取りのことも。


(あれは不意打ちというものです……おかしな態度を取っていなければいいのですが)


 粉をかけたつもりが流されたと思えば、俺の顔が好きだと言った彼女。俺をよく知っている彼女だから、失言に対するフォローのつもりもあったかもしれない。しかし、まったくの嘘を言っているわけでもなさそうだった。

 俺に脈が無いというより、彼女の場合はそれ以前の問題――誰かと情を交わすこと自体、想定していないように見える。逆を言えば、そこさえ認識させてしまえば、彼女の気持ちをこちらに向けさせる見込みはありそうだ。


(距離の近さで親密さが上がるというのなら、俺の顔が彼女の好みというのは有利ですね)


 好みの顔なら気安くしていても、度が過ぎない限りは不快に思うこともないだろう。

 前にした約束もある。『俺たちのことで忙しい貴女を、俺が見ることにします』、何ともそれらしい理由を考えた当時の自分を、よくやったと褒めてやりたい。あの時点で既にアヤコさんが興味深い対象となる予感はあった。そしてその予感は、確信に変わっている。


「今日は二回魔獣に遭遇したけど、あいつらいつ見ても黒いよね~。見えにくいし、夜には出ないで欲しいなあ」


 声の主――ルーセンさんは、いつの間にか寝転がる体勢になっていた。反射的に彼を見た俺同様、カサハさんたちもまたルーセンさんに目を向けていた。

 おそらくこれが、『物語』再開の合図だろう。俺はアヤコさんの件はいったん保留にし、『ナツメ』の役割に戻ることにした。


「魔獣の数は大分減っているように感じた。深刻な事態でない限り俺が一人で対処するから、お前たちは寝ていていい」

「団長格好いい! 僕は惚れちゃうね」

「茶化すな」

「そういやカサハが言うようにこの辺りは魔獣の目撃情報が激減してるけど、逆にセンシルカの街周辺では増えたみたいだね。カサハ、自警団から何人か応援に出しているんだっけ?」

「今は七割は出しているな。それでも手が回らなくなってきたと聞いている」

「……水道のホースみたいなことになっているんでしょうか?」


 カサハさんとルーセンさんの遣り取りを見ていたミウさんが、誰に言うでもなく呟く。


「ミウ、ごめん。僕にはその例えがわからない」


 それを拾ったルーセンさんが、俺も疑問に思ったことを彼女に尋ねた。

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