72 禁忌の掟参
「どうやらその様子だと、人間が妖術可能なことは知っているみたいだね。もしかして綾杜君にでも聞いたのかな。
——僕と風間先生はね、
唇に薄らと刻まれた笑みは、何処か風間に似ていて。
「綾杜君は弱く無い、強い人だよ……それに、卑怯なやり方で私をここへ連れてくるような真似はしない」
「あは、何それ。卑怯とか卑怯じゃないとか、そんなきれいごとはどうだっていいよ。ていうか、卑怯で冷酷な男と付き合ってた君に言われたくないかな」
吐き捨てるような薄笑いが、夢叶の
「さて、今遊馬君が色々と話したけど、此処までで何か不明な点はあるかな?」
緩く腕を組んだ風間が、首を傾げる動作を見せる。円眼鏡の奥で怪しく光る
「禁忌の掟壱というのは……」と呟くと、「やっぱり、詳しい内容については聞いて無いんだね」と椿が言った。爽やかでは無い笑みを浮かべる男へ視線を投げた風間が、再び彼女へ顔を戻しては口角を持ち上げる。
「へえ、そうか。
え、という顔を作ると同時に、風間から借りたうつくしい
「まさか……妖術か何かで、風間先生がその記述を消したんですか」
微かに双眸を揺らした夢叶が問い掛けると、「お、良い線だねぇ……と言いたいところだけど全くのはずれだよ」と、可笑しそうに首を横に振った。
「まあ貸したのは他でもない僕だし、何も知らない君はそう推測するよね。でも残念ながら僕では無い。君に禁忌の掟を知られたくないと誰よりも思っていたのは他でもない——
唐突に
「禁忌の掟は全部で
「どうして……」
自分に知られたくないのか。
静かに積み重なる緊張が、容赦なく内側を揺らしていく。するとそんな胸中などお見通しだとでも言うかのようにして、風間が薄らと弧を描いた。
「その理由は考えるまでも無いよ。でもどうやら君は何も知らないみたいだからね——とりあえず先ずは、禁忌の掟壱について教えてあげる」と口にした束の間。組んでいた腕を解放させた風間が、徐に指先を
——禁忌の
人間は
契りを結べるのは最大三回まで。それ以上はできない。
整然と続く文章に、夢叶は声も無く眸を揺らした。
——神明希人が、人殺しだからだよ。
——
以前神秘の森で、椿が苦しそうに話してくれた光景が
「僕達が禁忌の掟壱を契ったのは十二年前。遊馬君が契った理由は君の想像通りだよ。神君が彼の両親に酷いことをしなければ、
「風間先生は一体どうして……」
「僕はね、逢いたい人が居るからだよ」
——恋愛ってきれいだけど、人を愚かにもするよね。愛が深いと、哀しみも寂しさも深いものになる——でも、それでもまた逢いたいなんて想ったりしちゃうんだから、本当に愚かだよ。
静かに金色の眸が見開かれると同時に、以前大学の研究室で聞いた話が脳裏を過ぎる。その時偶然眼にした一枚の写真が、夢叶の中でそっと微笑みを浮かべた。
少ししてゆるりと紅文字へ視線を戻しては、「さ、次は理由の核心である
——禁忌の掟
九尾の狐が扱う
声を失くしたように夢叶がただそれを見つめる中、同じく文章を追っていた椿が微かに眉を顰めた。
(明希人君の
押し寄せる切迫感に、夢叶の鼓動がぶるりと震えた。血の気が失せるようにみるみる
くすりと笑みを浮かべた風間は、白宙に並ぶ紅文字へと指先を伸ばした。雨が上がるようにして、
「……じゃあまさか、
「お、数字については一応知識があるみたいだね。でもその心配は無用だよ。九尾の狐を殺すとね、ほんの一時的にだけど殺した者にも同じ数字が与えられるんだ。僅かな刻とはいえ、その間に君を殺すことには何の造作も無い——それから神君の鉄扇を持っているかどうかについてだけどね、僕の手元には無いよ。
恐ろしい事実と妙な含みを持たせた口調に、夢叶の眉間に深い皺が生まれる。
金色の双眸が強く見開く。息を呑む音は微かに震えていた。
「ごめんね。君に謝らないといけないことがあるんだ。
驚きと苦しさから顔を歪めた夢叶に向かって、椿がすっとその画面を突きつける。そこには今と同様、白薔薇の蔓に手足が縛られている自身の姿が
「酷い、こんなこと……そもそも私は、もう明希人君の恋人じゃないです。それに明希人君なら、この映像が罠だって冷静な眼で疑う
うんうん、と風間が
「そうだねぇ。神君は賢いから、この映像が
そう言った彼の表情は捉え処の無い笑みではなく、寧ろ優しいものであった。虚を衝かれるように、金色の眸が波打つ。束の間、風間の顔ばせは何処吹く風の如く、へらりとした
「そうだ。書き忘れていたけど、禁忌の掟参を叶えるためには条件があってね。『
だからその条件を
ばらばらに離れていた
「……自分の願望のために、誰かの
「正論だね。そんなことはもちろん始めから
それは
言い終えるや否や風間は、下へ垂れている手で何かを払うような仕草を見せた。すると、夢叶の眼前にある白い地面から、
「さて、神君が到着する前に、あの日のことについても話さないとね」と呟かれたそれに、「あの日……?」と夢叶が訝しげに眉を顰めた。そんな彼女へ二つの
「
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