男性恐怖症なのに縁談を持ち込まれました。
ありま氷炎
男性恐怖症なのに縁談を持ち込まれました。(アリー視点)
とうとう、この時がやってきたのだわ。
「アリー。よい縁談も持ってきたの。この人ならあなたは絶対に気に入るから」
イヴォンヌ姉さんが差し出した釣書を私は直視できなかった。
だって、怖いもの。
「本当に、大丈夫だから」
そう言われたけど、私は怖くて見れなかった。
五歳の時に、私は母のお姉さんの嫁ぎ先に引き取られた。
それまでお父さんと暮らしていたけど、お父さんは私をいつも殴ってきて、怖くていつも家の隅で泣いていた。
ある日、お父さんが知らない男の人を連れてきて、その人は私を部屋に引きずって行った。それから。
記憶はそこで途切れている。
気がつくと、私は知らない家にいた。
数人の人がいて、男の人が近づいてきたら、私は急に怖くなって叫び出してしまった。
それから、その男の人はいなくなって、女の人が私に説明してくれた。
女の人はルネという名で、私のお母さんのお姉さんということだった。
ルネさんは私のお母さんになってくれると言ってくれた。
お姉さんもできた。
お姉さんの名前はイヴォンヌ。
私のとても優しいお姉さんだ。
男の人に怖くて近づけなくなった私は、女の人に囲まれて育った。
遠くから見るくらいなら大丈夫なので、距離をとってからルネさんの旦那さんに挨拶をする。いつかもっと近くで挨拶をしたいと思っているのだけど、十年たった今も、私は男の人が近づくと恐怖に支配され、悲鳴をあげてしまう。
記憶にない、思い出そうとすると吐き気がするのだけど、多分、私はあの時に何かされたのだと思う。
イヴォンヌ姉さんはいつも私の面倒を見てくれた。勉強を見てくれたり。エミリーも私とよく遊んでくれた。エミリーは私と同じ年の女の子で、イヴォンヌ姉さんの友達だ。
かなりお転婆な子で木登りが大好き。かけっこも。私よりも早い。力も強い。将来は騎士になるって言ってた。エミリーのお母さんも騎士だから、母娘(おやこ)ですごいねぇというと照れていた。
十四歳になって、エミリーはあまり屋敷に来なくなった。
騎士団に入学できたらしいけど、きてもすぐにいなくなってしまう。
急に背が伸びて、びっくりした。
私が近づくと、なんだか逃げるので追いかけようとしたら、イヴォンヌ姉さんに止められた。
イヴォンヌ姉さんは婚約者がいて、十八歳になったら結婚するって言ってた。
そうなると、私は家を出て行ったほうがいいと思ってる。
従姉妹ではあるけど、私は本当の妹じゃない。
かと言って男の人は怖いから結婚もできない。
働くと言っても、私ができるのは家事と縫い物くらいだ。
お屋敷は立派で使用人もいるけど、自分でできることはしたいと教えてもらった。
でも、外で働くとしたら、男の人に会わないといけない。だから、私は修道院で働かせてもらおうと思っている。そのことを話したら反対された。
そしてイヴォンヌ姉さんは、縁談の話を持ってきた。
嫌でたまらない。
だけど、私は、この家に引き取ってもらった。どうして、私は男の人が苦手なのに勧めてくるのかわからない。よっぽどいい人なんだろう。だけど、私は男の人に近づけない。ルネさんの旦那さんと話をすることができるようになったけど、二メートルくらい離れていないとだめ。一メートルくらい近づいたら、汗がたくさん噴き出してきて、心臓が痛いほど鼓動が早くなる。悲鳴をあげそうになるから、口を両手で塞ぐ。
だけど、イヴォンヌ姉さんが言うのだから、きっといい縁談。
私は、男の人と結婚しないといけない。
☆
「アリー、緊張しないで。大丈夫だから」
顔合わせの日がやってきた。
イヴォンヌ姉さんがなぜか張り切ってドレスを作ってくれた。
そのドレスを身につけて、化粧をしてから、広間に向かう。
心臓がドキドキして、汗が体中から噴き出してきた。
「どうしたの?アリー。緊張しているの?どうして。ずっと会っていなかったから?」
イヴォンヌ姉さんは何を言っているの?
行きたくない。会いたくない。
どうしても結婚しないといけないの?
いい人って言っても男の人。
私は怖い。とても怖い。男の人が……。
「アリー?アリー?!」
ああ、ここはどこ?
見覚えが……。そうだ。ずっと前に住んでいた家だ。
痛い、殴られた?血が出ている。
「大人しくしろ!可愛がってやるから」
男の人は裸だった。
気持ち悪い。
何?これ、何?
私も裸?え?服が破られている。
「嫌!いや!誰か助けて!お父さん、お父さん!」
「あいつはこねぇよ。あいつが俺を呼んだんだから。金を払った分は楽しませてもらうぞ」
「いや、いやああああ!」
気持ち悪い手が私に触れる。
「その子を離せ!」
大きな声がして、たくさんの人が入ってきた。みんな制服を着ていた。
「大丈夫?助けるのが遅くなってごめんなさい!」
女の人が私をぎゅっと抱きしめた。
とても温かくていい香りがした。
「ここは……」
目を開けると、そこは私の今の部屋だった。
ああ、あれが私が忘れていた記憶。
だから、私は。
悪寒が全身に走り、ベッドの上で自分を守るように丸くなった。
大丈夫。もう大丈夫だから。
そう言い聞かせていると落ち着いてきた。
昔のこと。
昔のことなんだから。
あれは忘れていいこと。
もう忘れていいことなんだから。
「……イヴォンヌ姉さん?エミリー?」
次に目を開けると、そこには見知った顔が二つ見えた。
「ごめんね。アリーが嫌だって思わなかったから」
「アリー。ごめん。私なら、僕なら大丈夫かと思って勘違いしてた」
「エミリー?」
エミリーは壁際の、私よりかなり離れた位置に立っていた。
「エミリー?髪が短い。髪を切ったの?」
「え?」
「服も、どうして男の人の服を着ているの?背もいつの間にそんなに高くなって」
エミリーと会うのは何ヶ月ぶりだろう。
随分印象が違う。
しかもなんで男装しているんだろう。
「もしかして、アリー。見合い相手の釣書見ていない?」
「見てない。だって男の人だもの」
渡されたけど、見るのも怖くて開けなかったから。
「そうか、そうなんだ。だったら」
「エミリアン、待って。ちょっと待って。あなたは部屋を出て。私が話をするわ」
「うん。わかった」
どういうこと?エミリーをなんでエミリアンって呼んでるの?
エミリーが部屋を出ると、イヴォンヌ姉さんは椅子をベッドの横に置いて座った。
「まず、体調はどう?まだ寝ていたい?」
「ううん。大丈夫。久々にエミリーの顔も見られたから元気になった」
「そう。だったら、ちょっと話をしても大丈夫ね」
「うん」
「あのね。エミリーは実は男なの」
「えええ??」
「気が付かなかった?」
「気がつかないよ。だって、とても綺麗で、男の人のわけないよ」
「それが、本当に男なの」
「イヴォンヌ姉さん。冗談にしてはひどいわ。なんでエミリーが男の人じゃないといけないの?」
「えっと、そこ?うーん。アリー。エミリアンがどんなに綺麗でも、あれは男なの」
「嘘、絶対に嘘。ありえないんだから」
「だったら、服を脱がせて確認してみる?」
「ううん。必要ない。ない」
「どうして?」
「だって、恥ずかしいじゃない」
「女の人って思ってるなら、いいじゃない」
「女の人でも恥ずかしいじゃない」
「あなた、私の裸、全然平気よね?エミリーはダメなの?」
「エミリーはだめ。家族じゃないんだから」
「家族ね。アリーが家族って思ってくれて嬉しい。ね、アリー。エミリアン、エミリーの事は好き?」
「うん」
「だったら、一緒に暮らせる?」
「うん。エミリーと一緒に暮らすなんて夢みたいよ」
「エミリーが男の人でも?」
「エミリーは男の人じゃない!」
「ああ、そこに戻るのね。うん。とりあえずそこは置いといて。アリー、しばらくエミリアンと暮らしてみない?」
「うん。いいよ」
なぜかイヴォンヌ姉さんにそう提案されて、受け入れた。
部屋に入ってきたエミリーがその話にとても驚いていて、私の方がびっくりした。
☆
「アリー。僕が怖くない?」
「怖くないよ。エミリーはエミリーだもん」
「エミリアンって呼んでくれないかな?」
「うん。いいよ」
エミリー、ううん。エミリアンと暮らし始めた。
ずっと会っていなかったから嬉しかった。一緒にお茶を飲んだり、散歩したりとても楽しかった。
エミリー、エミリアンはずっと男装しているんだけど、動きやすそうで羨ましかった。
私もしたいって言ったら、却下されたんだけど。
「アリー。僕、来週から騎士団に戻らないといけないんだ」
「そうなんだ。寂しくなる」
「あの、僕の家で一緒に暮らさない?」
「いいよ」
「そんな簡単に」
「だって、イヴォンヌ姉さんは結婚しちゃうし、いつかこのお屋敷を出ないといけないと思っていたから」
「……僕と暮らすには、僕と結婚しなきゃいけないんだけど。大丈夫?」
「女の人と結婚できるの?」
「やっぱり、アリーは僕のことがまだ女の人に見えるんだ」
「うん」
「そっか」
そこでエミリアンは黙ってしまった。
どうしたんだろう?
エミリアンは私を連れて行ってくれないのかな?
どうしてエミリアンは、男の人って思われたいの?あんなに怖い生き物、気持ち悪い生き物に。
「アリー。僕を見て」
そう言ってエミリアンはシャツのボタンを外し始める。
「どうしたの?エミリアン。だめだよ。だめ!」
「アリー、僕は男なんだよ」
「いや、やめて。エミリアン!」
気がつくとそう叫んでいて、エミリアンはボタンを外す手を止めた。
「嫌だ。エミリアン。どうして、どうして?」
「ごめん、ごめんね。アリー」
エミリアンがぎゅっと私を抱きしめる。
温かくて、とてもいい香り。
それはあの時の香りと同じだった。
私は、本当は、知っていた。
エミリーが女の子じゃないってこと。
だけど、エミリーがあんな怖い生き物と一緒だと思いたくなかった。
だけど、エミリー、エミリアンは私を助けてくれた人と一緒だった。
とても優しい人。
その人は、エミリアンのお母さんだって教えてもらった。
ちょうど近所を見回っていて、私の悲鳴に気がついたみたい。
助けてもらって、あの地獄から救い出してくれた。
このお屋敷でも、私はとても優しくしてもらった。
ルネさんの旦那さんのことはまだ怖いけど、優しいって知ってる。
「アリー。僕は女の子でいいよ。だからたまに会ってくれる?」
「ううん。私は毎日エミリアンと過ごしたい。だから結婚して」
「アリー!?」
「エミリアンが男の人でも、私はあなたが好き」
「アリー!」
私を抱きしめる腕の力が強くなって、息ができなくなる。
「エミリアン!」
怒声がして、彼の力が弱まった。
「イヴォンヌ、邪魔しないでくれるかな」
「あなた、アリーを殺すところだったわよ!」
「え?」
「うん。息が止まりそうになった」
「ごめん。アリー」
「いいよ」
「よかったわね。エミリアン。おめでとう。アリーもよかったのかしら?」
「うん」
あの時の、お見合いの相手はエミリアンだった。
だからイヴォンヌ姉さんがいい人って言ったんだ。
でも、あの時知らなくてよかったかもしれない。
今だから、私はエミリアンが男の人でもいいやって思えるもの。
「結婚式、一緒にする?」
イヴォンヌ姉さんがそんなことを聞いてきた。
「嫌だよ。なんで一緒に」
「私は一緒がいいな。ね。いいでしょ?」
「アリーがそう言うならいいよ。仕方ない。もう、相手は帰国するんだよね?」
「うん。来月」
「そっか、じゃあ、来月結婚しようか?」
「うん」
「何言っているのよ。二人とも。準備とかあるでしょう?」
イヴォンヌ姉さんはかなり慌てていて、私とエミリアンはおかしくなって笑い出した。
Fin.
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