【百合作品】 リフル・パーネンスは追いかける

右助

第1話 これがリフルの始まり

 少女リフル・パーネンスが子供の頃の話だ。

 リフルはいつも遊んでいる山にいた。くたくたになるまで遊んでいた彼女の前に、魔物が現れてしまったのだ。

 熊に似た魔物グレイベアー。その腕と牙はあらゆる物をなぎ倒し、引き裂く。

 なんということだろうか。この少女の運命はここで潰えてしまうのだろうか。


「た、たすけて……」


 グレイベアーが真っ直ぐリフルへ向かう。人間の子供の柔らかな肉を喰らうために!


「にげなさい! 《ライトニング・ストライク》!」


 聞こえてきたのは凛々しい少女の声、内容は雷撃の呪文。

 強烈な雷がグレイベアーを貫いた。魔物の胸部は焼き焦げ、感電し、痙攣している。

 唖然あぜんとしているリフルは急に引っ張られた。


「なにしてるの!? はしりなさい!」


 リフルの手を引っ張ったのは銀髪の少女であった。

 緊急時なので、必死の形相を帯びている。


(すっごいきれーなこ)


 非常時だと言うのに、リフルは何故か強くそう思えてしまった。

 少女に引っ張られるまま、なんとか安全なところまで逃げ切ったリフル。

 死の恐怖と、助かった安堵から、地面にへたり込んでしまった。


「もう、なさけないわね。ほら、おみずのみなさい」


 水筒を受け取ったリフルはそれをグイと飲み干す。

 次の瞬間、銀髪の少女は声を上げた。


「ぜんぶのんでいいなんていってない!」


「ええ!? そうだったの!? おいしいおみずだったからつい……」


「もう!」


「たすけてくれてありがとう。あなたのなまえは?」


「わたくしはフランジーヌ・ダルタンクラインよ。たすけられたあなたのなまえは?」


「わたしはリフル・パーネンスだよ! ありがとフランちゃん!」


「! フランジーヌよ! あだなでよんでいいなんていってない!」


 そう言うフランジーヌの顔は少し赤かった。


「……ふ、フランちゃんかぁ。フランちゃん、フランちゃん」


 フランジーヌは少しだけ初めてのあだ名を口に出していた。リフルの耳に入らないように。


「? なにかいった?」


「いってない! さぁリフル、おれいは?」


「いったよ?」


「ちがうわよ。おれいはおかねよ」


「ええ!? ないよぉ!」


「ならたいほよ」


「そんなぁ! ひどいよフランちゃん!」


「ひどくない。たすけられたらおれいはぜったいなのよ」


 確かに、と子供ながらにそう思ったリフル。だけどパーネンス家は裕福ではない。

 こんなに綺麗な子に対して、とても満足のいくお礼などは出来ないと思った。

 いや、一つだけあった。それは小さな子どもの他愛のない思いつきである。



「じゃあ、こんどはわたしがフランちゃんをまもってあげるね」



「あなたがわたくしを? そんなによわそうなのに?」


「うん! ぜったいにわたしはフランちゃんをまもれるくらいつよくなるよ。ほら」


 そう言いながら、リフルは拳を突き出した。


「フランちゃんもまねして!」


「? こう?」


 その意味が分からないでいるフランジーヌはそのままリフルの真似をしてみる。

 すると、リフルは優しくフランジーヌと拳を合わせた。


「これはね、やくそくのしるしだよ」


「これが? へんなの」


「えへへ。おぼえやすいでしょ」


「……まぁそうね。じゃあやくそくよ。やぶったらゆるさないんだから」


「うん! ぜったいだよ! フランちゃん!」



 これが、リフル・パーネンスとフランジーヌ・ダルタンクラインの出会いだった。

 


 ◆ ◆ ◆



 それから時が流れ、リフルは王立ハイボルス学園に通える年齢となった。

 王立ハイボルス学園は貴族の子供が多いエリート学園だ。その中には彼女――フランジーヌ・ダルタンクラインも通う。


「ようやく来た」


 正門前でリフルは思わず涙ぐんでしまった。

 何故なら平民であるリフルは本来、絶対来られないところだ。

 だが、彼女は勉強と鍛錬を重ね、平民でありながら定期的に募集している中途入学試験に合格してみせた。


「フランちゃん、約束を果たしに来たよ」


 リフルは早速、フランジーヌを探すことにした。

 とは言っても、どこにいるのか皆目見当がつかない。そこでリフルはまず、聞き込みを行うことにした。


「あの! フランジーヌ・ダルタンクラインさんはどこですか!?」


「はぁ!? 貴方みたいにみすぼらしい方がフランジーヌ様に何の用なのよ!? 全く畏れ多い……!」


 生徒たちは皆、フランジーヌの名を出した途端、厳しい物言いとなる。

 だがリフルは諦めない。彼女との約束を果たすために、リフルは今まで頑張ってきたのだ。


「うーん。どこだろうフランちゃん」


 あれからリフルは学園内をさまよっていた。王立ハイボルス学園の敷地は広大で、とても一日で回れる広さではない。

 ふとリフルはひときわ大きな大木に目がいく。あそこから眺めたら、探しやすいのではないだろうか。

 そこからのリフルの行動は素早かった。

 動物のように、リフルはあっという間に大木へと登った。


「あれ?」


 座りやすそうな枝に、誰かが座っていた。よく見えないが、その人にも話を聞こう。

 そう思ったリフルは一気に枝へたどり着いた。


「どなたですか? 珍しいですわね――!?」


「え――!?」


 先客と目が合った。

 リフルの目に飛び込んだのは、銀髪と碧眼。それには良く見覚えがある・・・・・・・・


「え!? 貴方もしかして!?」


「! 人違いですわ! きゃっ!!」


 動揺は人を危険に陥れる。

 無闇に動いてしまった銀髪の女生徒が枝から落ちる。

 リフルもすぐに飛び降りた。

 女生徒を抱え、リフルはそのまま地面へと着地する。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……助けを求めたつもりはありませんわよ」


 ゼロ距離。

 リフルと女生徒は互いの顔を確認する。


「ひ――」


 リフルは確信を持っていた。そもそも顔とか声で覚えている、などとそういう話ではない。魂が覚えているのだ。



「久しぶり、フランちゃん」


「……どなたですか? わたくしのことをあだ名で呼ぶだなんて、傲慢にも程がありますわよ」



 久しぶりの再会はとてもとても冷たいものだった。

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