第34話 いじめられっ子の少年

「よ、グラリス。起きたか?」


 あれ……? これは?


 俺の目の前にはお父さんがいた。


 お、どぅ……


 声が出ない。出せない。

 目の前に大好きなお父さんがいるのに……


「……はっ!!」


 夢か……久しぶりに見たな……お父さんの夢……


 修行が始まってから一度も見たことなかったが今日に限っては魔力を使いすぎたみたいだ。


 精神的にも疲れて……って!!


「お、お金は!?!?」


「お兄ちゃん何そんな焦ってんだよ。汗ダラダラだよ」


「えっと……君は……あ!! 盗人少年!!」


「ぬ、盗人って言うなよ!」


 俺は少年に運ばれて盛られた土を枕に寝かされていた。動かすだけで悲鳴をあげている身体にムチを打ち、俺は起き上がった。


「そんなことより返してもらうぞ……ってなんで盗人の君が僕の前にまだいるんだ? 俺が倒れたの絶好のチャンスだったんじゃ……」


「……流石に助けてくれたお兄ちゃん見捨てるとか出来ないよ……」


 根はいい子なのかもしれないな。きっとなにか事情があるはずだ。

 さっきいじめられていた感じ、俺も似た境遇だったしな。話くらいは聞いてあげよう。


「えっと……まぁ、それはありがとう。僕の名前はグラリス。君は?」


「ブ、ブレイブ……」


「ブレイブって言うのか〜。良い名前だな!」


 俺はそう言ってわしゃわしゃ少年の頭を撫でた。子どもの扱いは分からないがお金がかかってるんだ。


 撫でられたブレイブは少し照れた顔をしながら俺の手を振り払った。


「良くなんかないよ……僕は……臆病者だから……」


 ブレイブ。勇敢な……か。


「うーん。そんなことまだ分からないだろ! 俺だって最近やっと魔獣討伐できるようになったんだぞ。前まではすっごく怖かったんだ」


 俺は最近の修行の話をした。

 ブレイブは少し、いや、かなり目をキラキラさせてその話を聞いていた。


「でさ、ひとつ聞いていいかな」


「な、なに……」


「どうしてお金が必要なんだ?」


 ブレイブは露骨に引きつった顔になる。


「……お母さんを医者に見せるために……」


「お父さんは?」


「……」


 やべ……ダメな事聞いちゃったかな……?


「いないよ。死んだ」


 お父さんが死んだ。なんとなく、いやとても親近感が湧いた。


 お父さんの死をこんなにも早く体験する子どもなんてそうそういない。

 こっちに来てからお父さんを失い、生前もお父さんという存在に触れてきていなかった俺は、少年のその言葉の重さをずっしりと感じた。


 俺が言葉を詰まらせているとブレイブがまた口を開く。


「お母さんが寝込んでるせいで僕はいじめられてるんだ。お父さんもすぐ死んじゃったから」


 いじめ。その話を静かに聞き続ける。


「僕はもういじめなんて嫌だ。だから早く治ってもらうんだ」


 ブレイブは地面にある砂をいじりながら話を進める。


「お父さんなんて弱いくせに冒険者なんかやっちゃってダンジョンで行方不明になって……そっからお母さんが一人で働き始めて……僕も手伝うって言ってるのにあんたは遊んでなさいって……」


 ブレイブの目からは涙が溢れかけていた。

 それでもまだ話は続く。


「僕には友達なんかいないのに……それで今起き上がれないくらい寝込んじゃって……そしたらそれがあいつらに行き渡ってバカ親だって……」


 ブレイブはもう涙をこらえきれていなかった。

 俺は静かに彼を抱きしめていた。


「もう話さないでいいから」


 彼の境遇は俺に似ていると思った。

 この世界の俺にも、あの地獄みたいな世界の俺にも。


「それってさ。本当にいじめられたくないからなのかな」


「え……?」


「そのお金はさ、お母さんのために盗んだんじゃないのか?」


 ブレイブは俺の胸の中で黙り込んだ。

 少しの沈黙を挟みブレイブはアンサーをした。


「……分かってないよ」


 それは明らかだった。怒りの表情。


「いてっ!」


 俺は突き飛ばされ手尻もちを着いてしまった。


「お兄ちゃんなんかに分かるわけないよ! この気持ち! お父さんは僕たちを置いて勝手に死んで! お母さんだって……」


「僕も!」


「……!」


 俺はブレイブの話をさえぎって立ち上がった。


「僕も昔お父さんがいてね」


「その言い方って……」


「そうだ。僕のお父さんももう亡くなってるよ。それも冒険者のお父さんだ」


 驚いた顔をしたブレイブはどんな表情をすればいいか分かっていなかった。


「そんでもってお母さんは元々身体が弱くてね」


 俺はブレイブの目の前まで歩み寄り目線を合わせ頭にポンッと手を置いた。


「それでも僕は幸せだった」


 俺はニコッと笑って見せた。


「お父さんが亡くなってからは少しやんちゃしちゃったけど……それでもお母さんもお父さんも大好きなのは変わらなかった」


 ブレイブの目から再度涙が溢れ出す。

 両手で涙を拭うその少年にもう一言、声をかける。


「今すぐ素直になれとは言わない。でも……きっとお母さんもお父さんも君のこと、ブレイブのことが大好きだったはずだよ」


「僕は……僕は……」


 その時だった。


「ワンッワンッ!! グルルル……」


 後ろから小さな犬が走ってきた。


「……パーナー!」


 その犬はブレイブと俺の間に割って入り俺を威嚇していた。


「あ、えっと……僕は悪い魔剣士じゃないよ……」


 俺は両手を上げて後退りをした。


「パーナー! その人は僕を助けてくれた人だよ!」


 ブレイブがパーナーを持ち上げてよしよしと撫でる。

 キョトンとした顔でブレイブを見つめくぅーんと鳴き始めた。


「えっとその犬は……」


「この子はパーナー。僕の唯一の友達だよ。帰る時間になるといつも迎えに来てくれるんだ」


 この世界で初めてちゃんとしたペットのような動物を見た。

 ここでは獣使いビーストテイマーとやらが存在するらしい。


 まぁ聞いての通り動物を仕えさせ戦う人のことだ。

 彼もその獣使いビーストテイマーに該当するのかな。


 ってあれ? 帰る時間……?


 やばい。俺はあることを思い出した。

 日は落ちかけている。














「グラリスのやつ……一体どこにいるって言うのじゃーーー!!!!」

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