第26話 お母さん

「なによ.....」


 お母さんは冷たい視線で俺を睨めつけた。


「あ.....いや.....」


 前のお母さんとは全く違うその容貌に俺はヒヨってしまった。


「用がないなら出ていきなさい!! 邪魔なの!!」


 お母さんが怒鳴りつけながら、ベッドの横にあるサイドテーブルに乗っていた本を投げつけてきた。


 飛んできた本は俺のお腹辺りに直撃した。


 その瞬間俺はエイミーとリューネの姿を思い出した。

 沢山涙を流したふたりの気持ちを。


 俺は大きく息を吸い込んだ。


「……お母さん!! 今までのお母さんに.....戻ってよ!!」


 初めての反抗だった。いつもは優しいお母さんだったが今は違う。


「今までのお母さん……? なによ。私の気持ちなんてこれっぽっちも分からないでしょ!! エイミーもリューネもグラリスも!!」


 お母さんは怒鳴り返してきた。息を切らしはぁはぁ、と荒い呼吸をするお母さんに俺はまた大きく息を吸い込み、叫ぶ。


「分からないよ!! 分かるわけないよ!! でも.....でも!! お母さんだって分からないでしょ!! 僕やエイミー、リューネの気持ちなんて!!」


 それを聞いた瞬間お母さんは、はっと息を飲んだ。


「エイミーがどんな気持ちで毎日ご飯を作ってくれてるか!! リューネがどれだけ悲しんでるか!! お母さんだって辛いかもしれないけど.....僕たちだって同じなんだよ.....」


 話してる途中、涙がこらえられなかった。さっきまで、俺もお母さん見たいだったと思う。でも、エイミーに言われて気が付いた。リューネの涙を見て決心した。このままじゃダメなんだ。


 お母さんからの返事は来ない。

 俺は涙で視界が滲んであまりお母さんのことが見れなかった。





「僕.....魔剣学校に行くよ」


 長い沈黙を抜け、涙を拭い、俺はそう告げた。

 それを聞くと、今まで開かなかったお母さんの口が開いた。


「.....お金はどうするのよ」


「そんなの僕が何とかする」


「何とかするってグラリスあなたはまだ8歳でしょ.....」


「じゃぁ.....どうすればいいの!!」


 また沈黙が続いた。




 沈黙に耐えきれなくなり俺は最後の言葉を告げた。


「お母さんが変わらないなら.....僕が全部何とかするから」


 そう言って振り返りドアノブに手をかけた。

 俺は諦めることにした。今すぐ元に戻すことを。


 でも、いつかは。俺がもっと強くなってお父さんも超えるときには。


 ドアを開けて外に出ようとしたその時だった。


「少しは.....少しはお母さんも.....頼ってよ.....」


 その瞬間だけは、今までのお母さんだった。

 でも、こんな姿見た事なかった。

 お母さんが弱音を吐く姿。そして、涙を流す姿。


 俺はお母さんのその言葉に驚きを隠せなかった。

 すぐに振り返る。


「お母さん.....」


「私は.....あなたたちの.....親なの.....違う.....?」


 俺は何も考えずお母さんに飛びついた。


「確かにお父さんは強かった……でも私はそうじゃない……」


 お母さんは俺を抱きしめながら震えた声で話を続けた。


「でも……グラリスやリューネの親よ……違う……?」


「そうだよ.....お母さんだよ.....大好きな.....お母さんだよ.....!」


「.....ごめんねグラリス.....こんな頼りないお母さんで」


「そんな事ない! お母さんは俺の中で世界一のお母さんだよ!」


 親子揃って泣きながら長い時間を過ごした。

 か細い手で俺の頭を撫でるお母さんは温かかった。


 昔お父さんによくお母さんとの馴れ初めを聞かされていた。

 あの時はめんどくさいなと軽く流していた。


 でも、どれを思い出してもそれは何の変哲もない思い出だった。


 好きな人との大切な思い出。お母さんの失ったものはでかい。


 だから次は俺が。そして、僕も。




 もう大切なものを失わないように。

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